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トルコ軍がシリア北東部クルド人支配地域に侵攻 6つの問い

伊藤めぐみドキュメンタリー・ディレクター
トルコ軍による攻撃を受けたシリア北東部の町ラスアルアイン(写真:ロイター/アフロ)

◆今何が起こっているのか?

10月9日、トルコ軍がシリア領内のクルド人支配地域に侵攻し攻撃をはじめた。

トルコ当局は「平和の泉作戦」と名付けて軍事作戦を開始し、ツイッターで10日に181箇所に空爆、地上戦などで攻撃したと発表している。シリアのテルアビヤドとラスアルアイン近郊の4カ所から越境し、コバニやカミシリなども攻撃をした。死者数についてはトルコ側、クルド側の双方の主張は異なっており、トルコ国防省はクルド人戦闘員277人が死亡したと発表し、一方でクルド側(シリア民主軍、SDF)はトルコ兵とトルコの支援を受けたシリア兵士(自由シリア軍系)が262人死亡し、自陣営からは22人の兵士と数十人の一般市民が殺されたとしている。

すでに攻撃開始から3日間ですでに10万人が避難民として家を追われている。220万人が住む地域に攻撃の可能性があり、インターナショナル・レスキュー・コミティー(IRC)などのNGOは最大30万人が避難民となる可能性を指摘している。

◆なぜトルコはシリアのクルド人地域を攻撃するのか?

トルコが主張する目的は2つある。1つは国境地域に「テロの回廊が構築されることを防ぐ」ため。「シリア民主軍」(SDF)を構成するクルド人武装組織「クルド人民防衛部隊(YPG)」を攻撃するためだという。

トルコは長年、国を持たない世界最大の少数民族と称されるクルド人に対する弾圧を行って来た。トルコ国内のクルド人武装勢力、クルド労働者党(PKK)を「テロ組織」と認定しており、そのPKKと同じ組織だとするシリアのクルド人武装勢力YPGを攻撃することで、クルド人勢力を抑えつけようとしているのだ。

イスラム国掃討作戦でYPGはこれまでにない力を持つようになっていた。地上部隊を送りたくないアメリカをはじめとする有志連合国はYPGと協力関係を結んでシリア民主軍(SDF)という部隊を構成し、武器や資金などを提供してきてイスラム国の掃討作戦を実施してきたという経緯がある。トルコは力を増したクルド人を押さえつけたい狙いだ。

トルコの2つめの目的は、シリア内の国境沿いの地域に460キロ、幅32キロの「安全地帯」と名付ける場所をつくりトルコにいるシリア難民を送り返すという計画のためでもある。

トルコ国内に溢れるシリア難民を帰還させるためであり、また1つ目の目的とも関連して、トルコとシリアの間の地域からクルド人を追い出すことで、クルド人の勢力を削ごうというものなのだ。

「安全地帯」に帰還させられるシリア難民はアラブ人で、多くがその土地出身者ではない。「帰還」させた際、その対象地域に住んでいた人々の大規模な追放と土地の収用が行われることも予想されている。

◆なぜ今、攻撃が始まったのか?

予兆はすでにあった。

これにはトランプ大統領の判断が大きく影響している。先述の通り、アメリカ政府はシリア内のイスラム国などに対する掃討作戦のため、米軍を駐留させクルド人武装勢力YPGなどともに、シリア民主軍(SDF)を構成していた。しかし、シリアでの戦争はまだ続いているものの、イスラム国との大規模な戦闘が終わったため、昨年の12月にトランプ大統領がシリア領内のクルド人支配地域から米軍を撤収する予定であることを発言していた。

10月6日にトルコのエルドアン大統領とトランプ大統領の電話会談が行われ、エルドアン大統領におそらくうまく乗せられた形で、トランプ大統領から米軍は撤退、同時にトルコによる軍事作戦に関与しないという発言をしていた。この決定は突然のことで共和党内からも中東情勢を不安定にすると批判がなされたほどだ。

翌日7日に米軍は撤退し、その直後の9日にトルコ軍はシリア内に侵攻した。

◆シリアにおけるクルド人の状況とは?

シリアのクルド人は周辺国のクルド人の状況と比べると、アラブ地域に同化しているという見方もある。

しかしシリアでは長年、クルド人に国籍が与えられず、外国人として扱われる事態が起きていた。1960年代にシリア政府はアラブ化を進めることで国内の統治を強化しようとした。ハサカ県で人口統計をとった際、多くのクルド人を不法滞在している「外国人」あるいは「無戸籍者」などとみなしたのだ。外国人や無戸籍者とされたクルド人は、国内での移動の自由、選挙権、私有財産所有、公務員就労資格、公立学校入学資格などを奪われた。

また1970年代半ば、ハサカ県、ラッカ県、アレッポ県の国境地帯に居住していたクルド人約10万人が、形式的にはモデル農村都市を作ることを目的として、土地や財産を奪われて強制移住させられた。公共機関でのクルド語も禁止された。

2000年に発足したバッシャール・アサド政権は2011年のアラブの春に始めるシリア国内で始まった抗議デモをかわす狙いもあってクルド人の待遇改善を試みた。2011年に外国人への国籍付与を認める政令を出し、制度的差別解消の姿勢を示したのだ。しかし、アサドの思惑があっての改革であり、実際に国籍取得を申請した人も、国籍を回復した人もそれほど多くなかったという。

2012年にシリア内戦で疲弊したアサド政権はトルコ国境地帯から軍部隊や国家機関を撤退させた。複数あるクルド政党の中でもYPGとその政党クルド民主統一党(PYD)が力を持ち、2014年に西クルディスタン移行期民政局(ロジャワ)として暫定自治政治体が発足した。

シリアの一般のクルド人にとってのYPGの評価については正直、筆者にはよくわからない。イスラム国からの攻撃から人々を守るなど比較的住民の支持も高い組織だとも言われ、評価する声もよく聞く。一方で子どもを徴兵していたり、そもそもYPGを批判する人はその地域に住んでいない可能性もある。

YPGはアサド政権とは消極的な協力関係にあるとも言える。アサド政権の目的は反体制派を倒すこと、YPGの目的はクルドの統治を進めること。目的が異なるため、お互いの存在を黙認している部分があるのだ。

このトルコの攻撃はアサド政権にとって好都合に動くとも言われている。クルドは、トルコよりもましだとしてアサド政権やまたロシア政府に援助を要請するだろう。YPGが支配している地域にアサド政権は影響力を及ぼせることになるからだ。

◆今後、何が起こりうるのか?

すでに述べた通りまずは多くの難民、避難民が発生するだろう。

またイスラム国の活動が活発化する恐れもある。

イスラム国の戦闘員、その家族の多くはクルド支配地域で拘束されている。1万2千人のイスラム国元戦闘員と5万8千人の家族がいる。米軍が撤退し、これまでイスラム国兵士の管理を担当してきたシリア民主軍(SDF)が攻撃を受けたり、戦力が対トルコに向けられ警備が手薄になれば、戦闘員が逃亡する恐れもある。多くのイスラム国戦闘員家族を抱えるアル・ホールキャンプではイスラム国戦闘員の妻らがナイフや石でキャンプの警備を攻撃しているという映像も出回っている。

10月12日にはカミシリで自動車爆弾が爆発した。誰による犯行かはまだわかっていないが、イスラム国の可能性もありうる。

トルコ の攻撃は今に始まったことではない。さらに西にあったクルド人支配地域アフリンはすでに2018年3月、トルコ軍に侵攻され今も、トルコの支配下にある。

◆なぜこの事態を止められないのか?

トルコのこの侵攻に対してヨーロッパ各国には強く出られない理由がある。難民問題だ。エルドアン大統領は、ヨーロッパがこの軍事作戦を「占領」というのであれば、ヨーロッパに難民360万人を送り込むと言っている。

アメリカはYPGに肩入れしたが、もともとクルド人勢力の地位向上を支援しようとしていたわけではない。アラブ人の反体制派が次々と過激派と合流したり、力を持たなかったため、消去法としてYPGと手を結んだだけの理由なのだ。

すでに多くの一般の住民が犠牲になり、このままでは今後も増える続けることになる。

ドキュメンタリー・ディレクター

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程に留学中。

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