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イラクの消防士たち 瓦礫の下の遺体を救う

伊藤めぐみドキュメンタリー・ディレクター
遺体を運び出す消防士と家族

一部 遺体の映像が映ります

「消防士たちはほんとうにナイスガイだったね。でも彼らは地獄を見て来たんだね」

ジャーナリスト仲間の一人、マウリシオが言った。車内は意気消沈していた。その時、私たちは急な取材予定の変更で、2日間寝食を共にした消防士たちにお別れの挨拶もできずに、次の撮影現場に向かっているところだった。彼らと会うことはもうないのだろうか。

イスラム国から解放された街のその後

8月上旬、イスラム国からの解放が宣言されて1か月が経ったイラク北部の街モスルを訪れた。2014年にイスラム国がモスルを占拠して以来、3年間の支配を経て、イラク軍と有志連合軍により街は「奪還」されたのだ。

一時はお祭りムードも漂ったモスルだが、そこに暮らす人たちにとってはこれからが試練の時。民間人の犠牲者は4万人とも言われている。トランプ政権に変わってから交戦規定が緩められ、イラク軍の求めに応じて空爆が行われ、民間人の被害が軽視されるようになったとの見方もある。一方でイスラム国の戦闘員は街を逃げ出そうとした住民たちを捕らえて民家などに閉じ込め、人間の盾として使っていた。イスラム国は民間人の犠牲者を増やすことで、有志連合軍へのダメージを強めようとした。これにより犠牲者の数が倍増したのだ。(関連記事こちら

街の東半分は破壊を免れた建物も多いが、西側の特に旧市街地での戦闘は激しく、90パーセントが破壊された。この街の再建にあてられるモスルの復興予算は10億ドル。中央政府から受け取る予算は7700万ドル。実際の再建には、そのはるか数倍はかかると見られている。途方も無い規模の資金と労力が必要になる。

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遺体を捜索し続ける消防士たち

そんな状況の中で、瓦礫となった地区に毎日、向かう人たちがいる。モスルの消防士たちだ。「Civil Defense Force(CDF)」とも呼ばれている。彼らはボランティアで瓦礫の下に残された遺体の捜索をしているのだ。

ノーベル平和賞の候補にもなったシリアの「ホワイトヘルメット」の名前はある程度知られているかもしれない。だがモスルで働く彼らは根っからの地元の消防士たち。イスラム国の支配が始まる前では公務員として働いていた。イスラム国が来てからは、イスラム国の戦闘員に、もし逃げたり、拒否をしたりすれば殺されると脅されて空爆された武器庫や戦闘員の使う建物の片付け作業を行わされていた。

そしてイスラム国の支配から解放されてからは、消防士たちは自らの意思で、民間人の犠牲者たちを救出する仕事を続けることを選んだのだ。別の地区で戦闘がまだ続いている時は、消防士たちはイスラム国のスナイパーの攻撃をかいくぐりながら、瓦礫の下の生存者を探しては救出していた。時にそれは命がけの行為だ。戦闘が終わった今、その危険は去ったものの、仕掛爆弾などの危険にさらされながら遺体の捜索を行っている。

実はイスラム国の支配が始まって以来、消防士たちの給料は支払われていない。しかも解放された今も、給料はストップしたままだ。イスラム国支配下で逃げられずに街にとどまった人たちは、イラク政府からイスラム国の協力者の可能性があるとみなされるため、協力者ではないという証明がなされるまで給料は支払われない。犠牲者であるにもかかわらず、二重の苦しみを味わっているのだ。

破壊された建物の下には数えきれないほどの遺体が残されている。遺体の総数は、誰にもわからない。すべて救出し終わるには少なくとも10月、11月いっぱいはかかるだろうと消防士たちが教えてくれた。

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消防士たちの素顔

夏には50度近くになるモスルの炎天下での作業。砂埃もひどい。消防士たちは、1日の作業を終えてへとへとになって消防署に帰ってくる。

消防士の一人、ムハンマドはスキンヘッドで鋭い目をしているが、その容貌からは想像できないほど優しく、お茶目な人だ。自分の数年前のまだふさふさ髪がある頃の写真を見せながら、「本当、ここ数年はイスラム国のせいで疲れ果てちゃって、頭もこんなになって、一気にふけちゃったよ、はははは」そう笑って聞かせてくれる。しかしそんな彼は10歳になる息子を失っているのだ。イスラム国の支配地域から逃げ出そうとする時に、病院の建物に陣取っていたチェチェン人のイスラム国スナイパーに射殺された。ムハンマド自身も足も撃たれている。「やつらは笑いながら撃っていたんだ」。こちらをじっと見つめて話してくれた。

アブドラは62歳になる消防士。小さな息子たちがお茶汲みなど消防署に手伝いに来ていた。息子から家族の話を聞こうとすると、隣にいた消防士がこっそり教えてくれた。「お母さんは死んじゃったんだ」。あとでハッサンが話してくれたところによると、亡くなった直接の原因はガンだが、イスラム国の下での生活のストレスも影響したと感じているようだ。治療に行くのも一苦労だった。ある日、イスラム国が夫や息子が政府の仕事をしていると言って責め立て、恐怖を感じた彼女は階段から落ちてしまうということもあった。

28歳のハリッドは消防署の中のムードメーカー。「フィアンセがいるんだけどさ、とっても面白い子なんだ。でも彼女は旧市街地に救助に行くのは危ないからやめてって言うんだ。だから仕事の詳しいことは秘密にしてる」。ハリッドはずっと冗談を言いながらも、流暢な英語で他の消防士たちの代弁をしてくれた。「2004年頃に、日本政府が寄付した消防車があったんだ。イスラム国が持っていったり、壊したりしたから今はないんだけれど。外国の消防士たちにもこの状況、見て欲しいな。なぜこの仕事をするかって?消防士の仕事は他の人にはできないからね。僕らがやらないで誰がやる。でも日本とか海外からの支援も必要なんだ」。

もう会うこともないかもしれないと思っていた消防士たち。その後も彼らはしょっちゅう、SNSで捜索現場の写真を送ってくれた。ボロボロになった布をまとった遺体の一部、亡くなった女の子が大切にしていたであろう粉塵まみれのクマのぬいぐるみ、広大な破壊跡でイラク軍兵士の遺体を捜索する向こうに見えるチグリス川…。親しげな挨拶とともに送られてくるその写真からは、「ちゃんと見てね。ちゃんと知っててね」と呼びかけられているようだ。

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消防士の1人が送ってくれた写真
消防士の1人が送ってくれた写真
ドキュメンタリー・ディレクター

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程に留学中。

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