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AV出演未成年者取消権がなくなった今。現行法での対策では足らず、緊急立法が必要な理由

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
3月23日に開催した院内集会。与野党の議員が詰めかけた。

■ ついに、成人年齢引き下げが施行。懸念されるAV被害

 4月1日に成人年齢が20歳から18歳に引き下げられ、18歳・19歳がこれまで持っていたセーフガード条項・未成年者取消権を行使できなくなりました。

 そこで特に懸念されるのが、AVなど、性的画像・動画に関わる出演契約・出演同意です。

 特に問題は、意に反して出演契約を締結してしまい、出演もしてしまった、しかし、販売や配信されるのはどうしても耐えられない、何とか販売や配信を差し止めてほしいという声です。

 まだ出演する前であれば、年齢を問わず、「契約は解除できます」「断って逃げてください」ということが言えますし、契約を将来的に解除することは裁判でも認められています。しかし、いったん出演し、出演同意をしてしまった場合、遡ってそれを取消し、販売や配信を差し止めるのは、至難の技です。

 唯一救われていたのが未成年でした。3月まで、18歳、19歳は(18歳未満はそもそも児童ポルノとして撮影が禁止されています)未成年でしたので、親等の同意がなければ無条件で未成年者取消権を行使することができました。そうすると、遡って出演同がなかったことになり、販売や配信を取り消すことができたのです。

 ところが、成人年齢が引き下げられたので、18歳19歳は未成年取り消しという手段が使えなくなったのです。

 この問題では、なんとか18歳、19歳の取消権を存続させてほしい、ということで、支援団体が院内集会を開催し、政府に署名を提出、国会でも塩村あやか参議院議員など、複数の議員が連日のようにこの問題を取り上げ、各種報道がされています。

参議院 2022年03月31日 内閣委員会 #02 塩村あやか(立憲民主・社民)

 今回の法改正は一律18歳に引き下げられたわけではありません。

 酒、たばこは若年者保護の観点から、これまでどおり20歳からと法律で決められています。AV出演については若年層の被害がかねてから指摘され、被害者保護の必要性を政府も認識しているのに、18歳・19歳の未成年取消権という保護の「穴」が生まれてしまうのはおかしい、緊急の立法的手当てをすべきではないか、という声が高まっています。

 しかし、なんら対策がないまま4月1日が訪れ、成人年齢は引き下げられてしまいました。

◾政府がまとめた対策パッケージ

 世論の懸念を受け、政府は3月31日、若者向けのAV出演強要に対する被害防止の対策パッケージをまとめたとされています。

新たに成人となる18歳や19歳が、アダルトビデオへの出演を強要される被害から守るため、若者への教育や啓発を強化することなどを盛り込んだ対策パッケージをまとめました。

 その中身は以下のような内容です。

内閣府広報より
内閣府広報より

 対策の第1は、被害を防止する教育、広報、啓発、第2は、「多面的・重層的な被害者保護に係る各種法制度を周知徹底し、運用を強化」、第3は業界団体の自主規制だそうです。

 しかし、これでは明らかに不十分であり、未成年者取消で空いた大きな穴を防ぐことはできません。

なぜ、政府の施策では十分ではないのか?

 なぜ、政府の施策では十分でないのか見ていきましょう。

 まず、第1の教育、広報、啓発、これは政府も2017年以降やっており、4月を集中月間にしています。

 しかし、年に一回、政府広報をやったからといって、すべての若年層に届くのは不可能です。政府広報が行き渡らない若年層に、「政府広報や啓発活動をしっかりみなかったあなたが悪い、だから自己責任」といえるでしょうか?

 次に、第2の、「多面的・重層的な被害者保護に係る各種法制度を周知徹底し、運用を強化」 これはなんでしょう。

政府の対策では「未成年者取消」

 各種法制度の周知徹底、運用強化ということですが、そこで、周知徹底する法律として列挙されているのは、これまでの政府の方針でも列挙されてきた法律です。 2017年から対策をしてきたわけですから、相談機関も弁護士も知っているはずの制度です。

 しかし、契約取消について列挙されている法制度はいずれも、とても行使するのが難しいものばかりです。

・公序良俗(民法90条) アダルトビデオ出演契約が公序良俗に反し無効であるという確定した最高裁判決はありません。逆に下級審では、公序良俗に違反しないという判決も出ています。私もAVの出演を拒絶したところ違約金の支払いを求められた事件で、契約そのものが公序良俗に反するという主張をしましたが、裁判所はその点を明確に判断しませんでした(違約金請求は棄却)。

・詐欺、強迫による取消し

 詐欺、強迫が認められるには、だまされた、強迫されたなどの事実を被害者が立証する必要がありますが、密室で行われた勧誘で、証拠が残っていないのが通常です。多くの場合、未成年者は不意を突かれたり、突然スカウトされ、あれよあれよと出演させられることが多く、とても証拠を残そうなどという精神状態にありません。

 そもそも、民法の詐欺、強迫が認められる事例は大人が騙されたり脅迫された場合でも、取消を認めた判決は非常に少ないケースにとどまります。大人だって難しいのに、18歳、19歳の被害者に対して、意に反してAV出演してしまっても、詐欺・強迫を主張したら取り消せるよ、などというのは何の慰めにもならず、極めて無責任な政府広報と言わざるを得ません。

(支援団体ぱっぷすによるわかりやすいTwitter)

 政府・内閣府はAV出演強要の「主な被害事例」として以下のような事例を挙げています。

・モデルの仕事だと言われ事務所に行くと、アダルトビデオの撮影だった。断ることができず、撮影に応じた。その後、ネット上でビデオが販売されてしまった。

・「モデルになれる」、「君を有名にしてあげる」、「芸能界とパイプの太い人を紹介する」と言われ、アダルトビデオへの出演を求められた。

・食事をおごってくれたり、悩みを聞いてくれたので、嫌だと思った仕事も受けなければいけないのかと思うようになっていった。

・知らない撮影現場に連れて行かれ、「無理です」と言っても、誰も聞いてくれず、自分が首を縦に振らない限り何も変わらない状況で、出演せざるを得なかった。

 しかし、これらの事情では、詐欺や強迫、錯誤の要件を満たすのは難しく、取消しが認められることは厳しいでしょう。

 また、政府は消費者契約法が活用できるとして周知徹底を図ると言います。確かに、不適切な勧誘などがあった場合、消費者契約法の適用により、取り消すというのは一見すると活用できるように思えるかもしれません。しかし、AV被害で不適切な勧誘などを行うのはたいていがスカウトかプロダクションです。被害者が出演同意契約を締結するのはAVメーカーです。

 いくらスカウトかプロダクションから騙されても、第三者であるAVメーカーにそのことを主張して消費者契約を取り消すことは難しいのが実情です。

 これらの規定のハードルは極めて高く、到底、無条件の取り消しが可能な未成年取消権に代わるものではありません。

 現行法ではこの問題は解決できず、18歳・19歳はこれまでより危険な立場に立たされる、そのことは誤魔化しようがありません。

第3の業界団体の自主規制、そもそも業界団体の自主規制は政府の政策ではありませんので、政府の政策に入っているのは疑問です。

 確かに、一部業界団体が、原則として出演年齢を20歳以上とするよう強く推奨することにした、というのは歓迎すべきです。

 しかし、例外はあるそうで、懸念が残ります。

加えて、AV人権倫理機構という業界団体に関係していない独立系のAVメーカーや、個人単位でポルノ動画を制作してFc2等で販売する事業や、男性を被写体とするポルノ動画が広がり、被害が拡大しています。そのため、一部業界団体の自主規制だけで被害が防止できるわけではありません。

このように、現行法を元にした政府の対策では明らかに不十分なのです。

■ なぜAVだけなのか?

 未成年取消をめぐっては、なぜAVだけ問題にするのか?という意見があります。

 確かに消費者被害なども深刻です。

 しかし、性行為や性的姿態というのは極めてプライベートなもので、意に反する出演動画がインターネット上で半永久的に拡散するという被害はあまりに深刻なものです。その拡散はデジタルタトウーとして残り続け、本人がコントロールすることは難しいものです。

 著作権法91条は、演技者が映像作品の出演同意を一度したら、無期限でどんな形で使用されても、二次利用、三次利用、譲渡されても、何ら異議を述べられないし、その都度の承諾は不要としています。一瞬よく考える時間もないまま同意したら一生自分の性行為動画を使われ続け、なんのコントロール権もないというのは過酷な話です。

 この点、大手メーカーからなるAV業界団体は、発売から5年半経過した場合は取り下げできるルールをつくっているようです。

 しかし、意に反するAVに出演後拡散を5年間甘受しなければならないというのは被害者にとって非常に過酷な負担です。18歳で同意したら23歳まで耐えなければならないのです。

 また、そもそもこのルールに関係していないAVメーカーにはこのルールは通用しませんので、一生涯半永久的に拡散が続くことになります。

 金銭の債務を負ったような場合、自己破産をして帳消しにできるなどの制度がありますが、AVの場合、そのようなかたちで、インターネットに残る自分の映像を全消去することができる制度はありません。被害の深刻さが際立っています。

■ なぜ未成年だけなのか?

 そんなに深刻な被害であれば、年齢を問わずに取消権を認めればいいではないか、という意見があります。実は私たちはずっとそのような制度を求めてきました。

 今回国会で議論が深まることで、以下に現行法制度では被害を救えないか、明らかになってきたと思います。それは一歩前進でもありますので、年齢を問わず取消ができる制度の構築ができればと思っています。是非皆さんに理解、応援いただきたいと思います。

■ 結論

 以上から、未成年者取消権がなくなったあと、現行法では、18歳・19歳に対し、これまでと同じような保護がなくなり、現行法の他の規定では今あいてしまった若年被害者保護の「大きな穴」を埋めることができないことが明らかです。

 国会では、超党派での議員立法で18歳19歳のAV出演契約nに関する取消権を残す特別時限立法の提出を目指す方針が議論されています。

 子ども・若者を性的搾取とで来る性暴力から守る施策ですので、政争の具にせず、超党派でいまこそそのような立法を実現するよう、与野党に求めます。そして、政府もこれを容認し、推進する立場を明確にすべきです。今週、来週の各党の本気度を見守っていきましょう。(了)

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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