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成人年齢引き下げで、18~19歳のAV被害が増えるリスク 立法的解決が急務

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
高校生(写真:アフロ)

■ 成人年齢引き下げで見過ごされている問題がある。

2022年4月1日より成人年齢が18歳に引き下げられることになります。

これに伴う民法改正で、未成年の行った契約は親などの同意がない場合、取り消すことができる、という「未成年取消」を行使できるのは20歳未満でなく18歳未満になります。

民法第5条 未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。ただし、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為については、この限りでない。

2 前項の規定に反する法律行為は、取り消すことができる。

 この法改正により、18歳19歳と言う若年女性がアダルトビデオ(AV)出演被害等のターゲットになることを非常に心配しています。

 20歳未満の未成年者がアダルトビデオ出演に関する契約をしても、これまでは、親などの同意がない契約は、無条件で「未成年だから」ということで取り消すことができました。

 しかし、成人年齢が18歳になるに伴い、18歳、19歳が出演同意をしてしまった場合、未成年だからということで無条件取消することはもはやできなくなるのです。

 この件については、実は2017年から警鐘を鳴らしてきました。しかし、2017年3月には政府がAV出演強要問題を重く見て、関係府庁対策会議を設立して対策を始めたので、5年の間にはAV出演強要問題を救済する法律ができると期待されていたのです。

それから5年が経過しましたが、立法は実現していません。

 一方、法務省では、成人年齢引き下げに伴う政府広報を進めていますが、一律18歳に引き下げるわけではなく、20歳を維持するものもあります。

政府広報 18歳から“大人”に!成年年齢引下げで変わること、変わらないこと。
政府広報 18歳から“大人”に!成年年齢引下げで変わること、変わらないこと。

 これを見ると、飲酒、喫煙、競輪、競馬、オートレース、大型中型免許は、これからも20歳だというのです。

 なぜ、AV、つまり、全裸になるなどして、男優などと性交・性交類似行為をしてそれを撮影され、販売・配信される行為は引き下げてもいいと考えたのでしょうか?

■ AV出演に関する被害とは?

  2016年ころ社会問題になったAV出演強要問題。

 「モデルにならない? 」等と街頭でスカウトの誘いを受けて、モデル、タレントになれると誤信して契約書にサインした結果、AVへの出演を強要される、という深刻な被害が相次いでいるという問題です。

 国際人権NGOヒューマンライツナウは、2016年3月この問題に関する調査報告書「ポルノ・アダルトビデオ産業が生み出す、 女性・少女に対する人権侵害 調査報告書」を公表しました。 調査の結果、若い女性たちが、AVに出演するという意識がないままプロダクションと契約を締結した途端、「契約だから仕事を拒絶できない」「仕事を断れば違約金」「親にばらす」等と脅され、AV出演を強要される事例が後を絶たないことが判明しました。

 こうして強要されて撮影された動画がひとたび販売されると、その動画は、インターネットを通じて半永久的に拡散され続け、女性はずっと苦しみ続けます。誰かにばれることを恐れて結婚も仕事もできずに家に引きこもり続ける女性や、そのことを苦に自殺した女性もいます。過酷な撮影で精神的に傷つき、心の傷に苦しみ続ける被害者も少なくありません。若い女性の無知や困窮に乗じて、意に反する性行為を衆人環視のなかで強要され、その一部始終を撮影されて販売され続ける、女性に対する暴力であり、深刻な人権侵害です。

 「強要」といっても、犯罪が成立するような実力を伴うケースもあれば、若い女性が多数の大人に取り囲まれて断れない、というような場合もあります。政府の調査でもこうした被害が広範に広がっていることがわかりました。

 

内閣府の2016年調査では、 モデル等の勧誘に応じて契約した人のうち、契約時に聞いていない・同意していない性的な行為等(※)の撮影を求められた経験がある人は、約4人に1人(26.9%)に及び、契約時に聞いていない・同意していない性的な行為等の撮影を求められた人のうち、 求められた行為を行った人は、約3人に1人(32.1%)に及ぶとされ、多くが10代から20代であったとされ 、若い女性を取り巻く深刻な女性に対する暴力と認識されています。

■ 適切な法律がない中、被害者救済ができない現状

 ところが、AV出演強要などAVに関わる被害については、適切に被害者を保護する法律がありません。

 政府答弁は、「強要はあってはならない」と繰り返していますが、そのための方策は被害防止の広報、啓発がメインです。

 「強要」といっても、勧誘は巧妙であり、大人が取り囲んで有形無形に圧力をかける、説得する、契約を盾に高額の違約金がかかるとほのめかすなど、立場の違いや未成年の脆弱さを透けこむような方法がとられるため、強要罪などの犯罪が成立するような事例ばかりではありません。

 内閣府が「主な被害事例」として紹介する事例 はたとえば以下のようなものです。

●モデルの仕事だと言われ事務所に行くと、アダルトビデオの撮影だった。断ることができず、撮影に応じた。その後、ネット上でビデオが販売されてしまった。

●食事をおごってくれたり、悩みを聞いてくれたので、嫌だと思った仕事も受けなければいけないのかと思うようになっていった。

●知らない撮影現場に連れて行かれ、「無理です」と言っても、誰も聞いてくれず、自分が首を縦に振らない限り何も変わらない状況で、出演せざるを得なかった。

 だまして撮影現場に連れていき、突然撮影される場合もありますが、突然の密室での出来事であるため、強要された証拠は多くの場合、残りません。

 ですので、刑事事件として対応するのも難しい状況が続いてきました。

 出演契約の詐欺・強迫による取り消しも同様に困難です。

 政府答弁では、「未成年取消が亡くなっても、悪質な事案は、民法の詐欺や強迫の規定により取り消すことができる」といいますが、詐欺や強迫があったことを裏付けるためには証拠が要求されます。未成年取消よりハードルが極めて高くなることは明らかです。

 さらに、難しいのは、AVを取り巻く構造です。

 以下は典型的な関係図ですが、AVはスカウトなどからスカウトされ、プロダクションに所属して、制作会社などに派遣されて撮影され、メーカーから作品が発売されます。

 仮にスカウトから「モデルにならない」と騙されても、プロダクションで大勢の男に囲まれてプロダクションとの契約に署名させられても、制作現場で監督からひどい目にあっても、メーカーとの出演契約は別契約です。

 詐欺、強迫などによる民法の契約取消は、その事情を知らない第三者には対抗できないことになっています。

 最近の法改正で、AV出演も消費者契約法が適用されることになったとされていますが、不適切勧誘等を問えるのはスカウトやプロダクションに対してであり、メーカーに対してこれを主張し、作品の販売・配信を停止することはできません。

 政府も対策をしていないわけではないのでしょうが、被害実態を知らないために、実際には効果のない施策に終わってしまい、被害者は救われないのです。

■ なぜ、未成年取消が重要だったのか?契約解除では駄目なの?

 こうして、民法の詐欺、強迫による取消も、消費者契約による取消も難しく、また、「第三者」だと主張するメーカーには対抗できません。

 そもそも勧誘にひっからなければいい、契約なんてしなければいい、そのとおりですが、若いがゆえにひっかってしまったり、断れなかったら「自己責任」ということで救済の道を用意しなくていいのでしょうか?

 「プロダクションとの契約を解除すればいい」そう、もっともです。意に反してAVに出演させるプロダクションとの契約は、即時解除できるという裁判例が2015年に出ています。私自身が被害者の代理人を務めました。

 しかし、プロダクションとの契約を解除してもその効力は将来に対して及ぶだけであり、すでに意に反して出演してしまったあとで、メーカーに出した出演同意、著作権同意をさかのぼって取り消すことはできません。

 ですので、仮にプロダクションとの契約を解除することができても、自分がすでに意に反するけれど断れなくて出演させられてしまった作品の販売・配信停止を求めることは極めて難しいのです。

 配信停止の仮処分などを裁判所に求めても、それが認められるというニュースはあまり聞いたことがありません。非常に難しいのです。

 そして、被害者は、苦しむことになるのです。

 メーカーに対する出演同意の法的な性質は、「実演家」による録音録画の許諾、という性質を有します。

 著作権法91条2項は、実演家が「録音」「録画」の許諾をした場合、実演家はその後、その記録物が二次利用、三次利用されても何ら異議を申し立てられないと規定しています(ワンチャンス主義)。

 これが普通の映画だけでなく、AVにも適用されるため、若年者が出演と撮影にひとたび同意すれば、録音・録画を行った事業者は、永遠に利用、再利用、二次利用、編集、譲渡、配信、販売が可能となります。

 これは一度撮影に断れなかったという若者の過ちの結果としてはあまりに過酷なペナルティーではないでしょうか?

 消費者被害などの場合、自己破産や債務整理、個人再生など、この過ちを法的に解決し、立ち直ることのできる制度があります。債務を帳消しにする事も可能です。ところがAVの場合はそうした「帳消し」をいくら望んでもそうした制度がないのです。

 こうしたなか、ほぼ唯一、確実に被害救済できるのが無条件で遡って契約を取り消す未成年者取消の制度でした。相談に来る被害者の方も19歳で撮影していたか、20歳で撮影していたかで明暗が分かれました。未成年者であったことを理由に取り消すと、大手メーカーなどもすぐに販売・配信を停止し、被害者は性行為動画の商業的拡散という最も過酷な体験を逃れることができたのです。

 私は、AVについては20歳から年齢を引き上げて若年層を保護する制度が必要だと考えてきました。ところが、立法的な解決がないまま、かえって年齢が引き下げられ、若年女性が被害にあいやすい状況が作られてしまうことになるのです。

■ 業界は改善したのか?

 こうした主張に対しては、2016年にAV強要が社会問題化して以降、業界が自主的な規制を進め、被害は減ったはずだという反論があります。

 確かに大手AVメーカーは統一契約を作るなどして、コンプライアンスの形は整えられたかにみえます。出演する女性は、出演契約を声を上げて読み上げ、内容を確認して理解した、異議はありません、と述べてサインし、その様子が録画されることになっています。

 しかし、スカウトやプロダクションのところで騙されたり、脅されたりしていたかどうか、そういうことが一切なかったかは保証の限りではありません。自発的な意思で出演すると言っていても、実は陰で脅されてそれ以外に選択肢がなく、読み上げるということもありえます(このパターンは、私には、警察で厳しい取り調べを受けてうその自白をさせられた容疑者が、検察官から録画された取り調べを受けて自白する、という繰り返されてきた冤罪の構図を連想させます)。

 そして、契約には、一度作成されたビデオは5年半は販売されますと書かれています。18,19歳の女性にとって5年半とはどういう期間でしょうか。。。

 この数年間、大手メーカーは、未成年取消というリスクがあるため、あえて冒険をせず、20歳以上になってからAV解禁とする傾向がありましたが、今後はそうした心配もなくなり、18歳からのAVデビューを大手を振って始めると予測されます。

 ただ、以上に書いたのは、あくまで、大手メーカーに関するものです。統一契約書などと関係ない、業界団体に加盟していないAVメーカーもたくさんあります。

 現在急増している男性を被写体とするAVやわいせつビデオについても何ら規制がありません。男性のこうしたビデオはほとんど規制がなく、被害は極めて深刻であるということを知ってほしいです。

 さらに、最近は個人でゲリラ的に女性をだましてAVを作成してFc2で販売するなど新しい手口が広がっています。コロナで困窮してそういうやり方で稼ぐ人間も増える一方、コロナで困窮し、高額バイト(実際はAVと連動している)に応募する若い女性も増えています。

 こうしたことを考えると、18歳・19歳の未成年取消をなくして安全な業界になっています、ということは難しいでしょう。

■ 特例法などの対応で緊急の立法解決を

 このような状況を何とか立法的に解決するため、与野党には超党派で立法的解決を図ってほしいものです。

 急いで特例法などの手当てをし、18歳・19歳の被害を防止してほしい、そして、早急に包括的な被害救済立法を実現し、20歳以上の被害も救済してほしいと願います。

 18歳と言えば高校生です。高校生がAVのメインストリームになれば、18歳より下の年齢から(児童ポルノ法で摘発されない露出方法を考えたうえで)リクルートが始まるでしょう。

 政府は子ども庁を作るなど、子どものための施策に力を入れています。

子どもの性被害と持続期の問題である、この問題について、急いで立法的手当てをして子どもを守るよう、政治の役割に期待します。

●急遽院内集会を開催することになりましたので、議員、メディア、市民の方の参加をお待ちします。

【緊急院内集会】

4月1日からの高校生AV出演解禁を止めてください 

18~19歳の取消権 維持存続立法化のお願い

日時 令和4年3月23日(水) 午後2:00-3:00

会場 衆議院第二議員会館 第5会議室(地下1階)

詳細は https://hrn.or.jp/news/21559/

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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