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性犯罪「意に反する性交を処罰する」立法提案が「冤罪を生む」は本当か。他の犯罪と比較してみよう。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
昨日のフラワーデモ @東京

■ 不同意性交罪で冤罪が増える?

 19歳の女性を父親が性交していたのに無罪となった岡崎の事件を含め、最近相次ぐ性犯罪の無罪判決。

 これを受けて社会に大きな衝撃が広まり、女性たちを中心に全国各地で #フラワーデモ が開催されています。

 フラワーデモについては新聞各紙でも報道されていますが、性暴力被害について女性たちが思いを語る場として共感が広がっています。

 そして、やはり法律を改正したほうがいい、ということで、私たちヒューマンライツ・ナウは、被害者団体であるSpring、学生・若者の団体Voice Up Japanと三団体で、刑法改正等を求める法務大臣あての署名を開始しました。署名は現在4万以上集まっています。(賛同いただいた皆様、本当にありがとうございます)。

 

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 しかし、私たちの主張に対しては、批判や懸念が表明されています。代表的なのは、不同意性交をすべて処罰すると冤罪が増える、という懸念です。

 たとえば、私も日頃尊敬するジャーナリストの江川紹子さんは、

 「「合意なき性交は処罰」どう考える 被害者支援と防止策は? ご意見募集」として、以下のような疑問を呈されています。

 一方、刑事罰は、国家が個人の権利の一部または全部を強制的に剥奪するものであり、冤罪(えんざい)が生まれないよう、慎重な手続きが必要なのは、性被害の事件においても同じです。同意がない性交はすべて処罰できるようにした時、新たな冤罪(えんざい)が生まれる余地はないでしょうか。

 そういわれてしまうと、確かに、冤罪はやっぱりよくないわよね、、と言って立ち止まってしまう方もいるのではないでしょうか。

■ 他に、「承諾を得ない」行為を処罰する犯罪規定はないのか。

 そこで、刑法には、他人の承諾を得ないで行う侵害行為が処罰になる事例が一切ないのか見てみたいと思います。

 例えば、130条、住居侵入罪はどうでしょうか。

(住居侵入等)

第百三十条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

 

 この「正当な理由なく」ってなんだろう、と思いますが、ごく簡単にいえば、住居の平穏を害す、承諾なく家に入る、等という解釈がされています。

 最近では、平穏の有無よりも、家人の承諾の有無に重きを置く見解(「新住居権説」)が学説の多数のようです(研究ノート「住居侵入罪の保護法益について」など)。

 つまり、家人の承諾なく、他人の住居に侵入した場合、暴行、脅迫、抗拒不能などの要件を必要とせずに、住居侵入罪は成立するのです。

 このことについて疑問を呈する人や、冤罪のおそれについて深刻に憂慮する人を私は見たことがありません。

 なぜ、他人の承諾なく家に入ると住居侵入罪が成立する、という構成要件には何ら疑義を言わず、他人の承諾なく性行為するのを罪にしようとすると大問題にするのでしょうか。

 そして、住居侵入罪の有名な判例は、最判昭和58年4月8日刑集37巻3号215頁です。この判例は、以下のように判断しています。

刑法130条前段にいう『侵入シ』とは, 他人の看守する建造物等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいうと解すべきであるから, 管理権者が予め立入り拒否の意思を積極的に明示していない場合であつても,当該建造物の性質, 使用目的, 管理状況, 管理権者の態度, 立入りの目的などからみて, 現に行われた立入り行為を管理権者が容認していないと合理的に判断されるときは, 他に犯罪の成立を阻却すべき事情が認められない以上, 同条の罪の成立を免れない

 改めて最近の性犯罪に関する無罪判決を見ながら、上記最高裁判例を読むと、ふつふつとこみあげてくるものがあります。

 まず、

『侵入シ』とは, 他人の看守する建造物等に管理権者の意思に反して立ち入ることをいう

 つまり、住居侵入罪では、意に反する行為をしたことで、何の問題もなく、犯罪が成立するのです。

 さらにすごいのは、予め立入り拒否の意思を積極的に明示していない場合であつても, 現に行われた立入り行為を管理権者が容認していないと合理的に判断されるときは  犯罪が成立すると判断していることです。

 つまり、NOと明確に言っていない場合でも、客観的に見て容認していないだろうと判断される事情があれば、犯罪が成立する、と判断しているのです。  

 住居の所有者・使用者はなんと手厚く侵入から保護されていることでしょうか。

 性暴力の被害者の多くが、Noと明確に言っていても、それだけでは加害者処罰をしてもらえず、悲しい思いをしているのと大きな違いがあります。

 なぜ、住居侵入罪では住居の使用者・所有者が容認しないこと、ということが要件でも何ら問題なく、性犯罪ではこれほど全力で否定されるのでしょう。なぜ性犯罪についてだけ、冤罪を問題にするのでしょうか。

 不同意性交罪の導入に強く反対される方は、人間の性的自己決定権は、住居より保護しなくていいと思っているのでしょうか?

 もしくは、他人の家に立ち入るのは原則として許されないけれど、他人と性交するのは原則として許される、という社会通念がある、とでもいうのでしょうか。

 是非伺ってみたいものです。

■ モノよりも保護が手薄な性的自由

 次に、こちらも比較的想像しやすい犯罪、他人から財産を盗ったり、奪う罪についてはどうでしょうか。

 まず、他人の物を奪う、窃盗罪という罪があります。

(窃盗)

第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

 ここで、「窃取」とは何かというと、占有者の意に反する占有の移転 と解されています。

 窃盗も、意に反するだけで犯罪になるのです。

 現行刑法では、性的被害に関しては、他人の意に反する、というだけで性交した者を処罰する条文はありませんが、財物については、意に反するだけで処罰されるのです。

 財産に対する罪は、窃盗罪が一番軽い罪(厳密には、さらに軽い、「遺失物横領」という罪もありますが)と規定され、さらに悪質な罪として、恐喝罪、強盗罪などを規定しています。

(恐喝)

第二百四十九条 人を恐喝して財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。

 恐喝というのは人を脅す、ということです。

 例えば、一週間前に脅された、だから怖くて仕方なく、一週間後に任意にお金を振り込んだ、という場合でも、犯罪が成立します。

 では、一週間前に脅された、だから怖くて仕方なく、一週間後に性行為をされるのに甘んじた、というような事例の場合、日本では性犯罪は成立するでしょうか。悲しいことに恐喝罪に対応するような性犯罪というのは規定がありません。

 岡崎の無罪事例では、前日まで強い暴行を受けていたのに、準強制性交等罪の成立は否定されたのです。

 次に、性犯罪と同等の悪質さを要求されるのが、強盗罪です。

(強盗)

 第二百三十六条 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。

 刑法には、「暴行又は脅迫」に様々なランクがあります。

 強盗罪における「暴行又は脅迫」という要件は、強制性交等罪における「暴行又は脅迫」と並んで、もっとも強度のもの、「再狭義」の穂暴行・脅迫であることを要求されています。

 被害者側が加害者に反抗するのが著しく困難な程度に強い暴行、脅迫でなればなりません(厳密に言えば、強盗罪の場合、被害者の反抗を抑圧する程度、という基準になっています)。

こうして、一番強度の暴行、脅迫がある場合だけ、強盗と同程度の悪質性が加害者にあるときに限って、性犯罪は成立するとされるのです。 高いハードルを越えない限り、無理やり性行為をしても犯罪ではないのです。

 なぜ刑法は、モノに対しては手厚い保護をし、意に反して取った、という行為だけで犯罪を成立させる一方、性暴力に関しては、最も狭い定義の「暴行又は脅迫」がない限り犯罪としないのでしょうか。

 なぜ窃盗や恐喝なみの犯罪類型をつくって、性暴力から人を守ろうとしないのでしょうか。

 性暴力ってそんなに軽い問題、物を盗んだり、家に勝手に入るよりもとるにたらないものだとでもいうのでしょうか。

 女性の権利、尊厳、女性に限らず人々の性的な自由というのもは、なぜ性暴力は、モノよりも刑法上軽く扱われているのでしょうか。

 あってはならないことであれば、もっとも強度の「暴行又は脅迫」などがないとしても、「意に反する」段階から処罰をする、そして暴行・脅迫があれば、悪質性の程度に応じて、罪を重く規定する、それが財産犯の規定の仕方です。

 それと同じ扱いが性犯罪では何故できないのでしょうか。

■ 刑法と手続法

 冒頭に紹介した文書で江川さんは

  

刑事罰は、国家が個人の権利の一部または全部を強制的に剥奪するものであり、冤罪(えんざい)が生まれないよう、慎重な手続きが必要なのは、性被害の事件においても同じです。

 と言います。私も「慎重な手続」が必要だというのは賛成です。

 この場合、慎重な手続き、というのは刑事手続の問題、つまり、警察での不当な取り調べが行われないか、自白の強要がないか、十分な反対尋問権が保障されるか、と言った、刑事訴訟法上の手続の問題のはずです。冤罪が起きるのは多くの場合、こうした捜査または公判において適正な手続きが保障されていない場合です。

 冤罪を生まないようにするために必要なのは「手続」を適正にすることであって、刑法という実体法の見直しに反対するのは、論点がずれているのではないでしょうか。 

 なお、確かに、刑法の構成要件が広すぎると、冤罪を生む、という危険があるのもわかります。しかし、繰り返しになりますが、不同意、という他の犯罪でも認められているのであり、冤罪を生むとすれば、なぜ窃盗や住居侵入ではそれほど心配でなかったのに、性犯罪の場合は突如として冤罪の危険性が大問題として立ち現われるのでしょうか。

■ 真剣な見直し議論を避けないで

 以上から、私は、性犯罪についてのみ、不同意を要件とすると、冤罪が起きる、不明確だ、というのは他の犯罪との関係でもアンフェアで合理性を欠く議論ではないかと思います。

 現行刑法は、明治時代から引き継がれ、2017年に110年ぶりに一部改正されましたが、骨格となる暴行・脅迫を必須の要件とする強制性交等罪の構成要件は明治以来一貫して変わりません。ずっと変わらないものを当たり前のように眺めていると、それが当然のものである、という認知の歪みが起きます。他の犯罪の構成要件と比較してフラットな視点で考えてみる、という通常の思考回路が妨げられてしまいがちになるのはわからないわけではありません。

 しかし、今こそ、「冤罪が」「慎重に」と言ってみんなを思考停止にさせるのでなく、公正な視点で刑法性犯罪規定について再度議論すべき時に来ているのではないかと考えます。これだけ、現行法に怒りや悔しさ、疑問が高まっている今だからこそ、真剣に議論することを避けるべきではないと思います。

 いや、「性犯罪は特別であり、他の犯罪では不同意でも犯罪が成立するとしても、性犯罪だけはそうしてはならない特別の事情があるのだ」ということであれば、そうしたご主張を是非詳しくお聞きして、議論を深めていきたいと思います。

 なお、世界では、暴行・脅迫要件を撤廃して、不同意性交を処罰する法改正が次々に実現しています。諸外国も認知の歪みを乗り越えて制度を変えてきています。

 ヒューマンライツ・ナウが公表した10か国性犯罪規定の調査報告書を是非見ていただければと思います。

 

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 そして、もし私たちの考えに、共感いただけるようでしたら、是非、刑法改正の署名にご協力をお願いします。

法務大臣へ、 性犯罪における刑法改正を求めます。 (了)

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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