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職場・取引先・就活・・セクハラ等の対策は法改正で進むのか。衆院審議での論点・今後の課題など。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

■ 国会で、セクハラ・パワハラに関する法律改正が行われたことをご存知ですか。

 職場や就活、取引先によるセクハラ等のハラスメント。こうした問題への対応を強化しようと、4月に国会で、女性活躍推進法等の改正案が審議され、4月25日に衆議院で法案が可決されました。

 日本経済新聞は委員会採決について、以下のとおり報じています。

衆院厚生労働委員会は24日、職場のパワーハラスメント防止義務を新設する女性活躍推進法などの改正案を賛成多数で可決した。(略)

フリーランスや就職活動生らへのセクシュアルハラスメント防止に向けた対策を求めるなど17項目の付帯決議も全会一致で採択した。

野党4党派がセクハラ対策などは不十分だとして提出していた対案は衆院厚労委で否決された。野党が求めるハラスメント禁止の法制化を検討する内容は付帯決議に盛り込んだ。

委員会で可決した法案は企業にパワハラ防止措置を義務付ける。相談窓口の設置や処分規定の策定、相談した人のプライバシー保護などを想定する。

出典:日本経済新聞

 法案はとてもわかりにくいですが、こちらからみることができます。

 厚労省の説明資料のほうがわかりやすいと思います。→厚労省資料

 衆議院では4月16日に参考人質疑が行われ、私も参考人として参加させていただきました。

法案審議に入った途端にほぼ大詰めという状況で、指摘したことの多くは法案本体に生かされませんでしたが、論点を知っていただきたいと思い、発言原稿を紹介させていただきます。

 私の発言のもとになっているのが、6月に採択される予定の暴力とハラスメントに関するILO新条約です。

 草案は、以下から見ることができます(英語ですが)。

 ILO新条約草案 

 国際スタンダードのハラスメント対策からみると日本の課題が何かが浮かび上がってきます。

(以下、発言内容)

■ 世界の#MeTooと日本

 世界では#MeToo運動が展開され、多くの女性が性被害を語り、女性の声に応えた法改正も進んでいます。

 一方、日本ではどうでしょうか。日本ではセクハラ・性暴力被害は深刻であるのに、女性たちの声が抑圧され、ポジティブな変化がみられません。

 日本ではじめて#MeTooの声をあげた女性、伊藤詩織さんは過酷なバッシングの結果、海外で生活することを余儀なくされています。

アイドルグループNGT48の山口真帆さんは、被害者であるのに公衆の面前で謝罪をさせられ、いまや孤立した状況に置かれています。

 被害にあった事実を表に出しただけで、命や仕事も失う危険を感じる、バッシングに晒されるという恐怖、これは、日常的にセクハラ被害にあっている女性たちに大きな萎縮効果を与え、被害にあっても誰にも相談できない状況を作っています。

 私のところにようやく相談に来られた被害女性たちも多くが脅えています。

 女性にとって生きづらい社会を克服するために、国は抜本的なセクハラ対策を推進する必要があります。

■ 法案に「セクハラ禁止」を明記すること

 一年前の財務省セクハラ事件以降、女性たちはずっとセクハラをなくすための法改正に期待していました。

しかし、上程された政府提出法案への失望が広がっています。

 まず、なぜ、セクハラ禁止条項がないのでしょうか。

他の均等法の条項には「差別をしてはならない」という規定があります。

それと同様に、「セクシュアルハラスメントをしてはならない」と明記することがなぜできないのでしょうか。禁止を明記していただきたいと思います。

 国連女性差別撤廃委員会は2016年、日本に対し、「職場でのセクハラを防止するため、禁止規定と適切な制裁規定を盛り込んだ法整備を行うこと」を勧告しています。

■ ILO暴力とハラスメントに関するILO条約

 また、今年の6月にはILO総会で、暴力とハラスメントに関するILO条約が採択される予定です。資料に条約案と和訳をつけています。その5条は国の責務として、

・暴力とハラスメントを法的に禁止する。

・執行および監視のための仕組みを強化し、確立する、

・被害者が救済及び支援を受けられるよう確保する、

・制裁を設ける、と明記しています。

 世界の圧倒的多数の国が支持する大切な条約の誕生に当たり、国際社会の趨勢に逆行してこれを批准しない、という残念な選択肢をとるべきではありません。

この条約を批准し、そして批准を見越して、これに即した法整備をすべきです。

 2020年にはオリンピック・パラリンピックを控え、日本が差別とハラスメントにどう向き合うか、世界が注目しており、本法案、そしてILO新条約への対応は日本の信用にかかわる問題です。セクハラ、そしてパラハラについても禁止規定を導入すべきと考えます。

■ 現行法でこぼれ落ちるセクハラ被害者

 二点目に、現行法制ではこぼれ落ちてしまうセクハラ被害者がたくさんいることに国は向き合うべきです。

 昨日、マスコミ関連の労働組合が主催、当団体が協力した院内集会には、約200人が集まり、各界の登壇者から、深刻な被害実態が次々と語られました。報告のあった被害事例は、メディア、流通、保険業、教育実習、映画演劇、司法修習、介護、訪問看護、地方議員、性的マイノリティ、フリーランス、就活中の学生にも及びました。

セクハラを通り越してレイプ被害も多数あると報告されました。

 特に、横行する就活セクハラは非常に悪質です。資料にあるとおり、大林組、住友商事の社員が就活中の女子学生に性暴力を行い、逮捕されたことが報道されています。しかし、これは氷山の一角と思われます。ビジネスインサイダーが就活生約600人にとったアンケートでは半数がセクハラ被害にあつたと回答しています。また、メディア関係労組が行った428人の女性労働者を対象とするアンケートでは74%の女性がセクハラ被害にあったと回答し、「死にたくなる」などの心情を訴えています。しかし、ほとんどの被害者が誰にも相談せず、被害届もださないまま泣き寝入りをしています。

 なぜなら、彼女たちの多くが均等法の枠組みからこぼれ落ちているからです。取引先や就活生、インターン生に対するセクハラ防止の配慮義務は均等法に明記されず、救済制度もありません。

 先程のILO新条約案は、2条で、「就職志望者、実習生」が労働者に含まれると明記し、4条には「クライアント、顧客、サービス事業者、利用者、患者」も被害者および加害者に含まれる、としています。

 均等法も同様に対象を広げて、広く事業に関わるすべての関係者がセクハラから保護されることが必要です。そして、企業にはこうした外部者にも救済へのアクセスを保障することを義務付けるべきです。

 ※ ここで引用した集会については、小川たまかさんがヤフー個人に詳しく紹介されています。

■ SOGIハラへの対応

 三点目に、いわゆるSOGIハラへの対応が必要です。

 性的マイノリティに対するハラスメントは深刻な問題であり、近年、アウティングに伴い大学生が自死されています。命に係わる問題であり、法の隙間で保護されないということがあってはなりません。ILO条約案の7条には、女性労働者のほか、脆弱なグループが条約の対象とされ、性的マイノリティが想定されています。

 国際基準に基づき、今回の法改正で、性的マイノリティへのハラスメントが許されないことや事業主の義務が法律に明記されるべきです。

■ 女性活躍推進法

 四点目に、女性活躍推進法についてです。この法律の公表義務は大変重要だと認識しています。今回公表を求める対象事業者を広げるとともに、公表すべき事項も拡大すべきです。

 具体的には、セクハラに対する企業としての方針、セクハラに関する規則等の定め、救済窓口を明記して公表することを義務付けるべきだと考えます。

■ 救済制度

 五点目に、調停等の救済手段です。いずれも活用は比較的少数にとどまっていますが、私が知る限り大変評判が悪いです。

 二次被害にあった、期待外れ等の声を耳にします。ユーザーからの評価をしっかり聞いて制度を改革する必要があると考えます。

 

■ 制裁・処罰の強化を

 最後に制裁です。セクハラに対する対応が不適切な事業所については、企業名公表のみならず、刑事罰などの制裁を科すべきです。

また、行為者本人に対しては、懲戒解雇等の労働法上の制裁に留まらず、レイプに相当するセクハラ行為が厳しく処罰されるべきです。

 最近、実の娘を性虐待し続けた父親が準強制性交等罪に問われ、無罪となりました。

その背景には日本の性犯罪の構成要件、例えば抗拒不能、または暴行脅迫といった要件があまりにハードルが高すぎ、むりやり性行為をされたケースの多くが不処罰に終わる現状があります。

 ピンク色の冊子は当団体が10か国の性犯罪規定を調査した結果ですが、諸外国は同意に基づかない性行為を禁止する法制を次々と成立させています。日本はこうした世界の趨勢に遅れ性被害が救済されません。

 隣の韓国では、業務上優位にある者が威力や偽計を用いて性交した場合5年以上の懲役となっています。また、被害者に不利益な対応をした雇用主は3年以下の懲役刑とされています。日本でも同様に、刑法を抜本的に改正し、意に反する性行為を行う加害者を処罰するとともに、均等法の制裁も強化する必要があります。

※ ここで参照した冊子はこちらです。

■ 最後に

 今日もセクハラによって苦しみ、夢を断念し、職場を去ることを余儀なくされ、未来を絶たれる女性たちがいます。若い女性たち、そして未来ある子どもたちが苦しまないように、今こそ実効性のある法規制を導入することを訴えて、私の話を終えたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

 以上ですが、4月16日の参考人質疑全体はこちらから見ることができます。

 私以上に大変詳しい専門家が多数参加され、様々な議論がされましたので、お時間があれば、是非ご確認ください。

■ その後の法案審議

 衆議院では、内閣提出法がそのまま採択されましたが、以下の付帯決議が採択されました。

女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律案に対する附帯決議

 政府は、本法の施行に当たり、次の事項について適切な措置を講ずるべきである。

一 一般事業主行動計画の策定等や情報公表の義務が拡大される常用雇用者百一人以上三百人以下の中小事業主に対し、十分に配慮するとともに、行動計画の策定支援、セミナー・コンサルティングの実施等、支援策を講ずること。

二 雇用の分野における男女平等の実現に向けて、全ての企業を対象とした事業主行動計画の策定を恒常的な制度とするよう検討すること。

また、計画の策定に当たっては、労働者の過半数で組織する労働組合又は労働者の過半数を代表する者の意見を聴くよう周知徹底すること。

三 事業主の情報公表項目について、男女間格差の結果指標である「男女の賃金の差異」及び「セクシュアルハラスメント等対策の整備状況」を加えることについて、労働政策審議会で検討すること。

四 特例認定制度の認定基準については、管理職に占める女性労働者の割合の全産業での統一化等、真に女性が活躍している職場が認定されるように検討すること。

五 二〇二〇年までに指導的地位に占める女性割合三〇%の目標の達成に向けて、女性活躍推進の取組が進むよう、事業主に対する支援を強化するとともに、女性活躍推進法及び厚生労働省の「女性の活躍推進企業データベース」を国民に幅広く周知すること。

六 ハラスメントの根絶に向けて、損害賠償請求の根拠となり得るハラスメント行為そのものを禁止する規定の法制化の必要性も含め検討すること。

七 パワーハラスメント防止対策に係る指針の策定に当たり、包括的に行為類型を明記する等、職場におけるあらゆるハラスメントに対応できるよう検討するとともに、以下の事項を明記すること。

1 自社の労働者が取引先、顧客等の第三者から受けたハラスメント及び自社の労働者が取引先に対して行ったハラスメントも雇用管理上の配慮が求められること。

2 職場におけるあらゆる差別をなくすため、性的指向・性自認に関するハラスメント及び性的指向・性自認の望まぬ暴露であるいわゆるアウティングも対象になり得ること、そのためアウティングを念頭においたプライバシー保護を講ずること。

八 事業主に対し、パワーハラスメント予防等のための措置を義務付けるに当たっては、職場のパワーハラスメントの具体的な定義等を示す指針を策定し、周知徹底に努めること。

九 パワーハラスメントの防止措置の周知に当たっては、同僚や部下からのハラスメント行為も対象であることについて理解促進を図ること。

十 セクシュアルハラスメントについて、他社の事業主から事実確認等の協力を求められた場合に、事業主が確実かつ誠実に対応するよう、必要な措置を検討すること。

十一 フリーランス、就職活動中の学生等に対するセクシュアルハラスメント等の被害を防止するため、男女雇用機会均等法に基づく指針等で必要な対策を講ずること。

十二 セクシュアルハラスメント等の防止措置の実施状況、被害者の救済状況、ハラスメントが起こりやすい業種、業態、職務等について実態調査を行い、その結果に基づいて、効果的な防止対策を速やかに検討すること。その際、ハラスメントの被害を訴えたことで周囲から誹謗中傷されるいわゆる二次被害に対しても必要な対策を検討すること。

十三 男女雇用機会均等法の適用除外となる公務員等を含めたハラスメント被害の救済状況を調査し、実効性ある救済手段の在り方について検討すること。

十四 紛争調整委員会の求めに応じて出頭し、意見聴取に応じた者に対し、事業主が不利益取扱いを行ってはならないことを明確化するため、必要な措置を検討すること。

十五 セクシュアルハラスメント防止や新たなパワーハラスメント防止についての事業主の措置義務が十分に履行されるよう、指導を徹底すること。その際、都道府県労働局の雇用環境・均等部局による監視指導の強化、相談対応、周知活動等の充実に向けた体制整備を図ること。

十六 国内外におけるあらゆるハラスメントの根絶に向けて、第百八回ILO総会において仕事の世界における暴力とハラスメントに関する条約が採択されるよう支持するとともに、条約成立後は批准に向けて検討を行うこと。

十七 セクシュアルハラスメント等の防止対策の一層の充実強化を求める意見が多くあることから、更なる制度改正に向けて、本法附則のいわゆる検討規定における施行後五年を待たずに施行状況を把握し、必要に応じて検討を開始すること。

 禁止規定を検討すること、ILO新条約の採択を支持し、批准に向けた検討を行うこと、実効性ある救済手段を検討すること、フリーランス、就活生に対する対応がもりこまれ、

 またパワーハラスメントに関する指針策定にあらゆるハラスメントが盛り込まれるように以下の事項が指針に盛り込まれると決議されたことはポジティブに評価してよいと思います。

・顧客・取引先による(対する)ハラスメントに雇用管理上の配慮が求められること。

・性的指向・性自認に関するハラスメント及び性的指向・性自認の望まぬ暴露であるいわゆるアウティングも対象になり得ること

 付帯決議に盛り込まれた点はいずれも今後の課題であり、問題先送りにしてはならない問題が数多く含まれています。

 問題意識があるのであれば、法案に入れ込めばいいのではないか? という感想を持つのですが、それでも、確実に切実な課題の解決に向けて前進してもらいたいと願います。

 

 参議院ではさらに充実した議論が進むことを期待したいと思います。(了)

 参考 日本労働弁護団の4月25日の集会でのアピール  http://roudou-bengodan.org/topics/8223/

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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