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19歳の娘に対する父親の性行為はなぜ無罪放免になったのか。判決文から見える刑法・性犯罪規定の問題

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

■ 同居していた19歳の娘と性交 

 3月28日、名古屋地裁岡崎支部は、娘に中学2年の頃から性虐待を続け、19歳になった娘と性交した父親に対する準強制性交等罪の事件で、父親に無罪判決を言い渡しました。

 地裁岡崎支部は、性交については、娘の同意はなかったと認定。一方、性交の際に娘が抵抗できない状態だったかどうかについては「被告が長年にわたる性的虐待などで、被害者(娘)を精神的な支配下に置いていたといえる」としたが、「被害者の人格を完全に支配し、強い従属関係にあったとまでは認めがたい」と指摘。「抗拒不能の状態にまで至っていたと断定するには、なお合理的な疑いが残る」とした。

出典:朝日新聞

 

 実の娘と性交をしても無罪放免という結論には多くの疑問が表明され、「これで無罪なら、どんなケースが性犯罪となりうるのか」と、司法に対する強い不信感が表明されています。 

 このたび、この事件の判決文に接することができましたので、判決の問題点、判決からうかがえる問題点を述べたいと思います。

■ 判決は、性虐待、父親から娘への暴行を認めている。

 まず判決は、以下のような事実を認めています(以下、女性はA、父親は被告人とされています)。

  被告人はAが中学2年生であった頃から、Aが寝ているときに、Aの陰部や胸をさわったり、口腔性交を行ったりするようになり、その年の冬頃から性交を行うようになった。

 被告人による性交はその頃からAが高校を卒業するまでの間、週に1、2度程度の頻度で行われていた。Aは上記の行為の際、体をよじったり、服を脱がされないように押さえたり、「やめて」と声を出したりするなどして抵抗していたが、いずれも被告人の行為を制止するには至らなかった。

 被告人はAが高校を卒業して(略)専門学校に入学した後も、Aに対して性交を行うことを継続しており、その頻度は専門学校入学前から増加して週に3、4回程度となっていた。

出典:判決文

 なんとひどいことでしょうか。

 これに対し、被告人である父親は、性交には娘の同意があったと主張していました。しかし判決文は、

 本件各性交を含めて被告人との間の性的行為につき自分が同意した事実はない旨のAの供述は信用でき、本件各性交以前に行われた性交を含め、被告人との性交はいずれもAの意に反するものであったと認められる。

出典:判決文

と判断したのです。

 父親は中学二年の時から娘を性虐待し続け、父親が未成年の娘の意に反する性行為をした、判決はそのことを認めているのです。

■ 女性が性行為に抵抗できなかった状況

 本件で起訴された事案は、2017年8月と9月にこの女性が父親から車に乗せられて、それぞれ閉鎖的な空間に連れていかれて性交をされたという件です。これらの件では、女性は物理的な抵抗が認定されていません。

 この性交の直前(7月後半から、8月の性交の前日までの間)の出来事として、判決文は以下のように、父親からの強い暴行があったことを認定しています。

抵抗したところ、被告人からこめかみのあたりを数回拳で殴られ、太ももやふくらはぎを蹴られた上、背中の中心付近を足の裏で2、3回踏みつけられたことがあった

出典:判決文

 判決は、この暴力により、女性のふくらはぎなどに大きなアザができたとしています。

 また、裁判では、精神科医が女性の心理状態について鑑定意見を提出しています。判決によれば、鑑定人は

被告人による性的虐待等が積み重なった結果、Aにおいて被告人には抵抗ができないのではないか、抵抗しても無理ではないかという気持ちになっていき、被告人に対して心理的に抵抗できない状況が作出された

と証言しているとのことであり、裁判所はこの鑑定について「高い信用性が認められる。」と認めています。

 

 さらに、まだ19歳の女性は経済的に実父に依存して生活しており、NOとは言いにくい状況に置かれていたとされています。

 判決は以下のように認定しているのです。

Aが専門学校入学後、自身の学費ばかりか生活費についてまで、被告人から多額の借り入れをする形をとらされ、その返済を求められたことで、被告人に対する経済的な負い目を感じていたことからすれば、前記性的虐待がこの間も継続していたことと相まって、本件各性交当時、被告人のAに対する支配状態は以前よりも強まっていたと解される。

出典:判決文

 こうした事情があるのに、なぜ、判決は無罪を言い渡したのでしょうか。

■「抗拒不能」の高いハードル

 判決は、以下のように説明します。

刑法178条2項は意に反する性交の全てを準強制性交等罪として処罰しているものではなく、相手方が心神喪失または抗拒不能の状態にあることに乗じて性交をした場合など、暴行または脅迫を手段とする場合と同程度に相手方の性的事由を侵害した場合にかぎって同罪の成立を認めているところである。そして、同項の定める抗拒不能には身体的抗拒不能と心理的抗拒不能とがあるところ、このうち心理的抗拒不能とは、行為者と相手方との関係性や性交の際の状況などを総合的に考慮し、相手方において、性交を拒否するなど、性交を承諾・認容する以外の行為を期待することが著しく困難な心理状態にあると認められる場合を指すものと解される。

出典:判決文

 確かに日本の刑法178条の2項、準強制性交等罪は、

 

人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、前条の例による。

 という条文で、「心神喪失」または「抗拒不能」がないと成立しません。抗拒不能、というのは抵抗が困難、という意味です。

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 判決はこの条文を本件にどうあてはめたのでしょうか。まず、直前にあった暴行の影響はどうでしょうか。

Aが執拗に性交しようと試みる被告人の行為に抵抗した結果受けた本件暴行における暴力はAのふくらはぎ付近に大きなあざを生じるなど、相応の強度をもって行われたものもあったものの、この行為をもって、その後も実の父親との性交という通常耐えがたい行為を受忍しつづけざるをえないほど強度の恐怖心を抱かせるような強度の暴行であったとは言いがたい。

出典:判決文

 次に、精神科医から、女性は抗拒不能な心理状態だった、という鑑定意見が出ていることについてはどうでしょうか。判決は

Aが抗拒不能の状態にあったかどうかは、法律判断であり、裁判所がその専権において判断すべき事項

出典:判決文

 として、鑑定意見などによって裁判所の判断は左右されないんだぞ、という姿勢を示したうえで、

Aが本件各性交時において抗拒不能状態の裏付けとなるほどの強い離人状態(解離状態)にまで陥っていたものとは判断できない

出典:判決文

 と判断しました。

 さらに、女性が被告人に依存していた関係についてはどう判断したでしょうか。

確かに被告人はAに対して長年にわたり性的虐待を行ってきたものの、前記のとおり、これによりAが被告人に服従・盲従するような強い支配従属関係が形成されていたものとは認めがたく、Aは被告人の性的虐待による心理的影響を受けつつも一定程度自己の意思に基づき日常生活を送っていたことが認められる。

出典:判決文

 としています。

 そして最後のまとめとして、判決は以下のようにダメ押しをして、無罪としたのです。

本件各性交当時におけるAの心理状態はたとえば性交に応じなければ生命・身体等に重大な危害を加えられるおそれがあるという恐怖心から抵抗することができなかったような場合や、相手方の言葉を全面的に信じこれに盲従する状況にあったことから性交に応じるほかには選択肢が一切ないと思い込まされていたような場合などの心理的抗拒不能の場合とは異なり、抗拒不能の状態にまで至っていたと断定するにはなお合理的な疑いが残るというべきである。

出典:判決文

 つまり、女性が被告人に対して抵抗しがたい心理状態にあったとしてもそれだけでは十分でない、

●「解離」という精神状態に至った

●生命・身体などに重大な危害を加えられる恐れがあった

●性交に応じるほかには選択肢が一切ないと思い込まされていた場合

 という極めて高いハードルを課して、これをクリアしない限り、いかに性虐待があっても、親から無理やり性交されても、レイプにはならない、父親は何らの刑事責任を問われない、というのがこの判決の結論なのです。

■ 諸外国では「不同意性交は犯罪」が趨勢になりつつある。  

 このような判断、日本でも愕然とする方が多いことでしょうが、国際的にも仰天されることは間違いないでしょう。

 いま、諸外国では同意なき性行為は犯罪、という法改正が進んでいるのです。

 最近実施した10か国の性犯罪に関する法制度の比較調査の結果、例えば、スウェーデン、イギリス、カナダ、ドイツ、米国の一部の州(ニューヨーク州等)では、既に同意なき性行為をすべて犯罪とする法制度が実現していることが明らかになりました(ヒューマンライツ・ナウ調査報告)。

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 #MeTooの影響もあり、この流れはどんどん進んでおり、さらに法改正を進める国も増えていくでしょう。

 また、不同意以外の何らかの要件を課す国の中でも、日本のように、暴行・脅迫、心神喪失・抗拒不能、というほどの厳しい要件を課すのでなく、もう少し緩やかな要件で性暴力を認めています。

 日本は性犯罪が成立しにくい法規定となっているのです。

 もし、この女性と父親がスウェーデン、イギリス、カナダ、ドイツ等に住んでいたなら、同じ事実認定のもとで無罪など到底ありえなかったでしょう。

 欧米だけではありません。隣の韓国にも

未成年者又は心神微弱者に対し、偽計又は威力により、姦淫又はわいせつな行為をした者は、5年以下の懲役に処する

 という条文があり、未成年は19歳以下とされています。

 台湾にも

「性交するために、家族、後見人、家庭教師、教育者、指導者、後援者、公務員、職業的関係、その他同種の性質の関係にあることが理由で、自身の監督、支援、保護の対象になっている者に対する権威を利用した者は、6ヶ月以上5年以下の有期懲役刑に処する。

 という規定があるのです。

 この女性と父親が韓国や台湾に住んでいたとしても、同じ事実認定のもとで無罪にはならなかったと考えられます。

 日本は改めて性暴力に寛大な国、性暴力のうち広範な範囲が犯罪と認められないことが法律で定められている国、として、他国とはかなり異質になりつつあるといえるでしょう。

   

■ 2017年改正-なぜ抗拒不能の要件は残されたのか。

 日本も何も変わっていないわけではなく、2017年に日本では、110年ぶりの刑法・性犯罪規定の改正がありました。

 その際にもこの「抗拒不能」という要件は「暴行脅迫」要件とともに問題にされ、『不同意性交はすべて犯罪』にしてほしいとの被害者の切なる意見が届けられました。

 しかし、これに先立つ法務省・法制審議会の議論では、この論点は見送りにされました。

 法務省の法制審議会の議論にあたって法務省が委員のために配布した資料のなかに、抗拒不能に関する裁判例の紹介があります。

 この裁判例をみると、かなり緩やかに抗拒不能を認定している事例が少なくありません。

 テレビ局への就職を志望する女子学生が、局の人事担当者と名乗る者から性的関係を迫られ、「断ればここには就職できない」と認識した場合等も「抗拒不能」と認定されている、などの例が紹介されています。

 このような判例のみをピックアップされて見ていると、「ま、実務でも常識的な判断をしているのだから、このままでよいのではないでしょうか」という意見に傾くのも理解できます。事実、法制審議会ではそうだったのです。

 ところが、このような判例に励まされて、被害者の代理人として刑事裁判に臨むと、現実に横行しているのは、あまりにも高い壁です。

 今回の岡崎支部の判例はあまりに極端だと思いますが、それでもしばしば同様の高いハードルが課されているのです。

 そこで、2017年法改正に際しては、衆議院で以下のような付帯決議が採択されました。

 

刑法第百七十六条及び第百七十七条における「暴行又は脅迫」並びに刑法第百七十八条における「抗拒不能」の認定について、被害者と相手方との関係性や被害者の心理をより一層適切に踏まえてなされる必要があるとの指摘がなされていることに鑑み、これらに関連する心理学的・精神医学的知見等について調査研究を推進するとともに、司法警察職員、検察官及び裁判官に対して、性犯罪に直面した被害者の心理等についてこれらの知見を踏まえた研修を行うこと。

出典:衆議院付帯決議

 参議院でも同様な付帯決議が採択されています。

 ところが、今回、精神科医の鑑定になど左右されない、裁判官の専権事項として抗拒不能を決めてよい、という判決が出されたのです。

 裁判官・裁判所は付帯決議など全く意に介していないのではないか、と疑われます。

■ 翻弄される被害者・不平等な正義

 今回の判決を受けて検察庁は控訴をしました。これだけ疑問がある中、控訴審が原審の判断を維持するのか、注目されます。

しかし、もし逆転判決が出ればそれで一件落着なのでしょうか。

 ここで問題にしたいこととして、法制審議会に提出された判例上の「抗拒不能」の判断と、岡崎支部の判決の「抗拒不能」の判断であまりにも「抗拒不能」の範囲に違いがありすぎる、ということがあります。

 これだけ裁判官によって解釈に幅があり、こちらでは被害者が絶望の淵に落とされ、あちらでは行為者が有罪になる、ということで、果たして日本は法治国家として適正に平等に正義を実現しているといえるのか、犯罪と非犯罪の境界線が明確にされているのか、予測可能性があるのか、という点で、深刻な疑問があります。

 そしてひとたびこのように、著しく「抗拒不能」を限定する判決が出てしまうと、その影響は大きく、検察官は起訴するか否かの判断に慎重になり、多くの性犯罪事例で不起訴が相次ぐという効果に跳ね返ります。判決であればこうやって検討することもできますが、検察官が不起訴にしてしまうとまさにブラックボックス、どんなに不当でも社会ではほとんど問題視すらされません。

 私は性暴力にあったのに加害者が起訴されずに悔し涙を飲んでいる女性たちをたくさん見て、相談に乗ってきました。もうこれ以上苦しむ女性は見たくないのですが、現行法がこのままの運用で放置されれば、そうした女性は今後とも後を絶たないでしょう。

 性虐待を今も受けて苦しんでいる女性たち、少女たちが日本国内にはどれだけいることでしょう。彼女たち、彼らにとって、この判決やそれを可能としている法制度は絶望しかもたらさないのではないでしょうか。

■ 今こそ、刑法の再改正を真剣に検討すべき

 2017年の刑法改正から2年もたたないうちに、本件に限らず、多くの人が驚くような性犯罪の無罪事例が立て続けに報道されています。 今回は判決文が入手でき、コメントができましたが、他の事例も、裁判官の解釈への疑問から、そのような解釈を可能としている現行法制度の問題が浮き彫りになってくるような事案かもしれません。

 法務省では性犯罪被害の実態調査を実施するとのことですが、あわせて判例や不起訴事例なども参考にして、不同意性交なのに処罰されない事例としてどのような事例があるのか、それが実体的正義に合致するのか否かについて真剣な検討を進めるべきです。

 そして、暴行・脅迫、心神喪失・抗拒不能の要件を改正することを焦点とする、刑法の再改正について速やかに、真剣に検討を進めるべきだと考えます。(了)

 後注: 2017年の日本の刑法改正の際に『監護者性交等罪』という犯罪が新たに導入され、この法改正後は18歳未満の者に対して、親などの監護者がその影響力に乗じて性交等をする行為は処罰の対象となりました。

 しかし、今回のように19歳の女性が被害者の場合は適用されません。

 また、判決によれば女性は中学2年生の時から性虐待を受けていましたが、日本の性交同意年齢は13歳とされ、14歳以上で繰り返し性交されていたとしても、「抗拒不能」「暴行脅迫」が証拠により立証されなければ、罪に問えなかったものと考えられます。ちなみに、性交同意年齢は諸外国に比較して極めて低年齢に設定され、この点も広く疑問視されています。

追記について: 性交の直前の暴力について、「直前とは?」とのご質問をいただきましたので、本文に追記しました。

 

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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