家庭裁判所で女性が刺され死亡の衝撃。命がけで救いを求めて訪れる被害者たちを裁判所は守れているのか。

■ 家庭裁判所玄関での殺害

 あまりにも衝撃的なニュースだ、いつか起こるのではないかといつも懸念していた事態がついに起きてしまった。

家庭裁判所で刺された女性死亡 離婚調停中の夫を逮捕

20日午後、東京 千代田区にある家庭裁判所の玄関付近で、女性が男にいきなり刃物で刺されて死亡しました。刺したのは離婚調停中の夫で、現場近くの公園で警察官に取り押さえられ、逮捕されました。

20日午後3時20分ごろ、東京 千代田区霞が関にある東京家庭裁判所の1階の玄関付近で、女性が首を刺されたという110番通報がありました。

警察官が駆けつけたところ、埼玉県所沢市に住む■■■さん(31)が首から血を流して倒れていて、意識不明の重体になっていましたが、搬送先の病院で死亡しました。

警視庁によりますと、■■■さんは離婚調停の協議のため裁判所を訪れ、ゲート式の金属探知機の手前で刺されたということです。

■■■さんを刺したのは東京 板橋区に住むアメリカ国籍の32歳の夫で、現場から逃走しましたが、まもなく日比谷公園内にある交番の近くで取り押さえられ、殺人未遂の疑いで逮捕されました。

逮捕された際、折り畳み式ナイフを3本所持し、自分の腕を刺してけがをしていたということです。

これまでの調べで、夫は裁判所の玄関付近に座って待ち伏せ、■■■さんをいきなり切りつけたとみられます。

[NHKニュースより引用])

 (ご遺志がわからないので名前は伏せています)。

 何ということだろう。この夫から逃れて勇気を出して法的手続をとり、家庭裁判所まで来たというのに。。その努力をすべて無にしてしまう凶行を本当に許すことができない。どれだけ無念なことだろうか。ご冥福を心よりお祈りします。

■ 命がけで裁判所に来るDV被害者たち

 日本における配偶者に対する暴力(DV)の被害は非常に深刻であり、国際結婚においてもDV被害はきわめて苛烈な事例を多く耳にする。

私もDV離婚事件を多く取り扱う弁護士であり、東京家庭裁判所はしばしば訪れる場所である。

 私のクライントの女性たちは、DVをした夫から避難し、離れて暮らしていても、いつも恐怖感にさいなまれている。裁判所に申立てを行ったとしても、安心などできない。裁判や調停は、夫の支配から逃れるだけでなく、暴力夫が思うがままに支配するルールとは異なる「表のルール」に夫を引きずり出して、まともな「法の支配」のもとに、裁判所という第三者が、夫婦関係のありようを決定しようとする場所である。親密権で暴力をふるってきた者にとっては挑戦であり裏切りである。

 しかし、法的に問題を解決し、離婚したり、子の親権者を決めるには裁判所に行くしか道がないのであり、「夫を刺激してしまう」と思いつつも解決には裁判所を訪れるしかない。

 こうして法的手続に進むことを決断した女性たちは、夫からの報復を恐れて、命がけで、恐怖におびえながら裁判所に出頭しているのだ。

代理人の弁護士ですら、凶行にあうことがある。DV事件は命がけなのである。

■ いまだ十分とは言えない裁判所による保護・警備

 では、これに対して、裁判所側の対応は十分と言えるのだろうか。

 日本でも2001年にDV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者に保護に関する法律)が制定され、改正を重ねられて、DV保護は裁判所でも意識をされるようになっている。

 DV防止法23条は、職務関係者に対し、以下のような義務を課している。

第二十三条 配偶者からの暴力に係る被害者の保護、捜査、裁判等に職務上関係のある者(次項において「職務関係者」という。)は、その職務を行うに当たり、被害者の心身の状況、その置かれている環境等を踏まえ、被害者の国籍、障害の有無等を問わずその人権を尊重するとともに、その安全の確保及び秘密の保持に十分な配慮をしなければならない。

 裁判所では、調停が申し立てられ、DVが疑われるケースについては、一定の配慮をしてくれている。

 東京家庭裁判所等では、入り口に金属探知機があり、刃物の持ち込み等は許されない。

 また調停申し立ての際には、「進行に関する照会回答書」というアンケート用紙への回答が求められ、裁判所で暴力をふるう恐れがあるか否か、裁判所に配慮を求めることがないか、を聞く。これに当事者が答え、それに即した処理もなされている。

調停が終わった後に裁判所周辺でかち合わないように配慮したり、調停の廊下などでもあわないような措置を調停委員が講じてくれて入る。

 ただし、これは私が代理人としてついた事例であり、弁護士をつけない本人申し立ての事例において、回答書への回答を求める以外に、どの程度真摯に配慮がなされているのか、という点は私自身知ることができない。

 しばしば「DVだと言っても調停委員が取り合ってくれません」と訴えられた結果、私が女性の代理人に就任した後、依頼者から「先生についてもらって裁判所の対応がガラリとかわりました。本当に良かった」等と言われた経験がある。

 そういう例を聞くと、代理人についてよかったと思うが、裏返せば、代理人がついていない場合はいかに無理解な取り扱いがされてきたのだろうかと想像するのも怖くなる。ことは人の生命・身体の安全という取り返しのつかない問題である。弁護士費用の支払い能力の有無で、身辺の安全に対する取扱いが異なるということはあってはならないはずだ。

 そして考えさせられるのは、今回は、その家裁に入る前、金属探知機の手前で起きた凶行という点である。

 果たして防ぐ方策はなかったといえるのか。

 東京家裁のビルには、東京簡易裁判所も、東京地裁の破産部も入っており、金属探知機のある当事者入口はひとつしかない。

 当然、時間帯によっては金属探知機の前で人々が行列をなしており、DV被害者であろうと何ら優先されず、無防備な状態で待たされている状況である。この行列の中に置かれた女性たちには何の特別な保護もない。そうした一番無防備な状態の被害者が今回は狙われた。

 明日からもまた、この殺人事件を知りながら、命がけで、何の保護もないまま、女性たちが恐怖のおびえながら家裁に行かなければならないのかと思うと、胸が痛む。そして、東京家裁は全国のなかで、まだ対応が良いほうかもしれない。全国ではどれほどDV被害者のケアや保護がなされているのだろうか。

 警察も何もしていないわけではない。以前、ある女性の破産事件で、DVをしていた夫(そこから逃れていたが、離婚まではできなかった)が連帯保証している債務があり、夫の名前が債権者名簿に掲載されたことがある。

 私の事務所にその女性を「ぶっ殺してやる」との脅迫電話がきたため、裁判所と警視庁に相談し、債権者集会当日に警備がついてくれたことがある。

多数の警察官がきて警備に対応して下さった。ただし、警備は裁判所内に限られていて、裁判所の外までは及ばなかったため、当事者は恐怖に駆られていたことを記憶している。

 実は、裁判所の中でなく、裁判所の外に恐怖は潜んでいる。裁判所の隣の日比谷公園など、身を隠すには適した場所だったろう。

裁判所の外にも常時充実した警備体制を確立しない限り、こうした悲劇は防げない。

裁判所に救いを求める被害者がこれ以上裁判所で犠牲になることがないように、裁判所には警察と連携し、警備体制を抜本的に見直してほしい。

■ 保護命令という仕組みが活用されているのか。

 被害者が保護されていない、と認識する背景には、近年、裁判所がDV保護命令に後ろ向きになっていることもある。

 被害者に近づいてはならない、という裁判所の保護命令が発令されると、暴力に対する一定の歯止めにはなるのだが、昨今では、危険な兆候が明らかなのに保護命令を発令しないということが弁護士の間でも話題になっている。

 近年、警察へのDV相談は、7万件を上回り過去最多となっている一方、裁判所による保護命令の発令は約1800件と減少傾向にあり、認容されないケースも相当数に上る。

 今回犠牲となった方が保護命令を申請されていたかはわからない。

 しかし、なかなか保護命令が出ない現状を知って、申請すら無駄だと思う被害者もいるだろう。

 DV防止法の根幹となる施策である保護命令制度の実施状況がこのような状況なのである。被害者はまだまた保護されていないのだ。

■ 悲劇を繰り返さないために。

 今回の件は、とても身近なところで起きた凶行であり、自分のことのように戦慄させられ、自分の依頼者の命が奪われたのと同様にとても悲しいし悔しい。二度と同じ悲劇を繰り返してはならないし、この死が無駄に終わってはならない。

 政府は通常国会で、児童虐待対策と併せてDV防止対策にも真剣に取り組む姿勢だとされている。

 DVは児童虐待の単なる派生論点ではない。女性たちの生き死にに関わる問題として、女性たちをどうさらなる被害から保護するのか、施策の拡充を期待したい。