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ミキハウス・ワコールの生産委託工場 労働環境改善に向けて方針策定。現地の切実な声に応えられるか。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

■ 女性と子どもを大切にするはず会社の裏側で起きていたこと 

  子ども服や女性用の素敵なランジェリー。日本製の誰もが知るブランドの商品。しかし、いったいどこで(どの国で)、だれがどんな気持ちで作っているか、ということを考えていくと深刻な問題に直面することがあります。

  軍事政権が終焉した後の経済開放政策で、日本の企業進出が続くミャンマー。

  

ミャンマー国際空港。立派になり、土産物も洗練された風情になりましたね。
ミャンマー国際空港。立派になり、土産物も洗練された風情になりましたね。

  東京を拠点とする国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは、2016年8月から調査員をミャンマーに派遣して、現地NGOAction Labour Rightsと一緒に、ミャンマーの縫製工場における労働環境に関する調査を行いました。

  調査の結果、労働者からのSOSの声があがったのが、なんとミキハウス・ブランドの株式会社ミキハウストレード、そして、「ワコール・ブラ」でおなじみの株式会社ワコールホールディングスの子会社及び株式会社ルシアンの委託先工場の労働者でした。

  ミキハウストレードの委託先工場では、ヒューマンライツ・ナウが短期間に調査を行っただけでも、

  労働法に違反する長時間残業の強要、

  低賃金・給与の支払遅延、

  劣悪な労働安全環境、

  雇用契約書の不交付、

  産休を含む女性労働者の保護の欠如

 など、深刻な労働者の権利侵害の訴えが確認されました。

 また、ルシアンの委託先工場においても、

  

最低賃金違反の疑い、

  女性労働者への保護の欠如に関する労働者の訴え、

  食堂が衛生的でなくトイレへのアクセスが制限されている、

  

  などの訴えが確認されました。

  たとえば、ルシアンの委託先工場では、女性労働者から

食堂は、雨が降ると浸水してしまい、また雨が降らなくても鳩が沢山入ってきており、衛生状態が大変悪い状態にある。また、工場内に水筒を持って行くことが許されておらず、工場内の飲料水タンクの水は衛生的でないため、腹痛を起こす人も少なくない

  と言った訴えがあったのです。

  ミキハウスといえば、子どもたちの服をつくる会社、ワコールといえば女性たちが何かとお世話になっている女性の下着の会社。

  女性や子どもたちの幸せを第一に大切にするはずの会社で、女性労働者たちが厳しい労働環境にあり、産休をとることもままならない、という訴えはイメージと全く異なるものでした。

  ヒューマンライツ・ナウでは、事態を重く受け止めて、昨年末頃、両者に事実確認を求めました。

■ 会社側の反応と記者会見

  私たちの問い合わせを受けて、ミキハウストレードは、ヒューマンライツ・ナウの指摘を受けて、第三者機関に調査を依頼し、2017年1月13日付で第三者機関が作成した調査報告書を公表、ルシアンは、2017年1月25日付で、ヒューマンライツ・ナウの指摘を踏まえたプレスリリースを公表し、その後第三者機関の調査を実施しました。

  こうした事実確認も踏まえて、ヒューマンライツ・ナウは2017年1月に記者会見を開催、声明を公表し、ミキハウストレード、及び、ワコール(ルシアン)の委託先工場に対し、調査で明らかになった問題を改善することを訴えました。

  また、ミャンマーのその他の下請け会社、製品委託会社に対し、労働者を保護する国際人権・労働基準及びミャンマー法を明確に遵守するように促進し、労働者の権利侵害の是正に主体的役割を果たすこと等を要請しました。

■ 半年間で何が進んだか。

  さて、この会見から半年が経過しました。

  両者とも、スローなペースではありましたが、ヒューマンライツ・ナウとの対話を重ね、少し前進に向けた動きが出てきました。

  まず、ミキハウストレード社はこの間、CSR調達方針・サプライヤー行動規範の改訂を行い、本年8月10日付でミキハウストレードのホームページ上にこれを公表しています。

  併せて、これまでの改善活動  ・児童労働の禁止についても報告文書をホームページ上に公表しています。

  改定された「CSR調達方針・サプライヤー行動規範」をみると、

  ・強制労働の禁止

  ・雇用の選択の確保

  ・結社の自由、暴力・懲罰・脅迫・ハラスメントの禁止

  ・差別の禁止

  ・適切な賃金

  ・長時間労働の禁止

  ・労働安全衛生の確保

  が盛り込まれています。

  ミキハウストレード社によれば、すでに、主力サプライヤー(仕入れ先)に対し、新しい方針の説明を行い、同意書の提出を依頼した、とされています。

  それだけでなく、グループ企業全体として取り組んでいこう、ということで、ミキハウストレードのグループ会社にあたる三起商行株式会社が、今年9月1日付「サプライヤー人権ポリシー」「CSR調達方針」「サプライヤー行動規範」をホームページ上に公表しました。

   また、同時に公表された「三起商行株式会社 CSR 活動推進」とする文書では、上記三文書が策定されたこと、サプライチェーンにおける重要課題の特定を行っていること、 重要課題の特定後に「CSR 調達基準書」を策定し、取引先向けに「CSR サプライヤー説明会」の開催を 2017年 10月に予定していると公表しています。

   他方、ワコールについては、このような明確なポリシーの公表はまだなされておらず、早急な対応が求められるところです。

   ただ、最近公表されたワコールの統合報告書では、副社長が登場、サプライチェーンも含めた人権・労働環境の改善に努めていくことを宣言しており、今後具体的なポリシーがつくられていくことが期待されます。

■ 今後の課題

  こうした動きは、海外の生産工場で、人権侵害が再発しないよう防止するうえで、当然採用すべきポリシーを策定するという第一歩を踏み出した、ということを意味します。もちろんポリシーがつくられただけで、現場の苦しみが改善されるわけではありません。

  しかし、日本の大きな企業で、生産工場での労働環境、労働者の人権を守るためのポリシーをきちんと決めて、対策に乗り出す企業はまだまだ少数派なのです。欧米の主要ブランドは消費者から、またNGOから問題を指摘され、こうしたポリシーをすでに策定し、実施を進めていますが、日本ではまだまだこうした取り組みが遅れています。

  国連人権理事会は、2011年に国連「ビジネスと人権に関する指導原則」を採択しました。

  この原則によれば、企業には、

 (1)自らの活動を通じて人権に負の影響を引き起こしたり、助長することを回避し、そのような影響が生じた場合には、これに対処し、

 (2)たとえその影響を助長していない場合であっても、取引関係によって企業の事業、製品またはサービスと直接的につながっている人権への負の影響を防止または軽減するように努めること、

 (3)起きてしまった人権侵害を救済すること

 が求められています。

  サプライチェーン上の人権問題に対応して、改善のためのポリシーをつくり、それを実施して労働環境や人権侵害を改善していくことは、グローバルに展開する企業が負う責任だと認識され、国際的には対策がどんどん進められているのです。

  そうしたなか、遅いとはいえ、日本の有名ブランド二社が、サプライチェーン全体での労働環境改善を進めていく方向に足を踏み出したことは歓迎すべきことと言えるでしょう。

  ただ、これが本当に現場で苦しんでいる人々、特に女性の労働者や彼女たちの子どもたちにとって将来に希望を見いだせるような状況に変わるためには、今後本当に実効性のある取組が実現するかを見ていく必要があるといえるでしょう。

  私たちは、まずは以下のことが大切だと考えます。

(1)  委託先工場の経営層に対し、人権遵守・労働環境をまもるという基本方針を理解してもらい、これに従うという同意を得ること

(2)  国内外の製造委託先工場との間で人権ポリシーへの理解を求め、同意を得ること

(3)  サプライチェーンを視野に置いた労働環境改善のアクション・プランとスケジュールを公表して、説明責任を一層果たしていくこと

(4)  2次、3次と遡ったサプライヤー把握を行うとともに、サプライヤー・リスト(委託先工場等のリスト)の公表を行うこと

(5)  「本当に生産現場で起きていること」を正確に把握するために、第三者機関、特に現地の信頼できるNGOや労働組合の協力を得ること。

(6)  生活ができるだけの賃金の保障に向けた検討を進めること

  二社の取り組みがほんとうに適切に実施されるかは、まだ不透明です。

  消費者の皆さんには是非よく監視して、改善を見守ってほしいと願っています。

  話はそれますが、私たちは2015年にユニクロの中国下請工場の過酷労働について潜入調査の実態を明らかにしましたが、当時はNGOからの告発というのは日本ではほぼ初めて、告発受けた側もややぎくしゃくしていました(その後、概ね当方の要望に沿った改善が進められています)。

  しかし、二社の動きをみると、NGOからの指摘を受けて改善へと進むことに、日本社会もやや慣れてきたのではないか、と感じます。そして、サプライチェーン上の人権問題に取り組むことは、クレイジーな、面倒なこと、ではなく、国際社会のトレンドであり、社会的責任を負う企業は当然進めていかなければならない、という認識は広まってきました。

  これも消費者のみなさんの意識が高く、海外で過酷な労働でできたものは着たくない、という心情が大きくなったことも理由といえるでしょう。

■  よりよい社会、未来をつくるために、私たちには選択権がある

  

  翻って考えてみましょう。

  私たちの着る服や食べる物、身の回りの多くのモノが、どこで誰によってつくられているか知っていますか。

 ミキハウスやワコールだけではありません。多くは多くのモノが海外の生産現場でつくられています。

  そして、今でも、児童労働、貧困問題、危険で過酷な労働、環境破壊等、途上国の人々に害をもたらすビジネスは少なくありません。

  そして、そうしたビジネスに日本企業も残念ながら関与しているのです。

  それを見て見ぬふりをしたまま消費している、知らない間に消費している、それが私たちの日常生活です。

  しかし、世界のどこかで、人を犠牲にして利益を得ている日本企業がいるとすれば、その影響はいつま巡り巡って日本でも人が大切にされない結果を生みます。環境破壊や違法な森林伐採は、地球温暖化を始め、地球全体の未来を危うくします。

  見て見ぬふりをすることは、途上国の人々の苦境をつくりだすことに加担するだけでない、自分たちの社会の首を絞めることにつながります。

   こうした問題意識のもと、今、日本でも、消費におけるトレンドとして「エシカル」(倫理的)が強調されています。

   児童労働のリスクのないオーガニック・コットンの認証やリスクのないコーヒー、チョコレートをつくろうとする動き、生産者に公正な価格を保障するフェアトレード、そうした波を受けて、著名ブランドで発生する「過酷労働」「児童労働」にNOを言う不買運動も起きつつあります。

  他社と違う「エシカル」を宣言する新しいブランドの登場も登場しています。

  是非、注目し、エシカルな社会を目指す動きに参加してみませんか。

  消費者は「買う」「買わない」を通じて世界のトレンドを動かす大きな力をもっています。

  公正な社会を選択する鍵は私たち消費者が握っているのです。

 ※ 本日、9月27日、 「エシカルな世界を目指して、私たちにできることは?」と題して、この問題についてトークイベントを開催します。

  日本エシカル協会代表理事の末吉里花さん、エシカル・ファッション・プランナーの鎌田安里紗さんをお迎えして、より突っ込んで、エシカルに関するお話しをさせていただきます。

  

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 もしお時間合えば、事前申し込みの上ご参加ください。あなたも議論に加わって、是非問題解決の一員になりませんか。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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