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刑法で性犯罪の規定が全面改定。性や交際のあり方に影響はあるのか?

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
一緒にビールを飲む=性行為の同意ではありません(写真は実際のケースと無関係です)

■ 110年ぶりの刑法改正

 6月16日、性犯罪を厳罰化する刑法改正案が参議院で可決・成立、7月13日から施行されました。

 性犯罪に関する刑法の大幅改定は、なんと、明治時代に刑法が制定されて以来、110年ぶりです。

 性犯罪は被害者の人格を踏みにじる「魂の殺人」と言われるような深刻な人権侵害であり、とりわけ女性に対する性犯罪は「女性に対する暴力の一つ」として、女性に対する暴力撤廃宣言などの国際文書で、根絶に向けた各国の努力が要請されてきました。

 ところが、日本では性犯罪はとても軽く扱われてきました。

 性犯罪に対する日本の取り組みは大幅に立ち遅れでは、明治時代(1907年)に制定された刑法がそのまま踏襲され、性犯罪の防止および被害救済、そして処罰の対応のいずれもが著しく遅れていました。

 こうした中、たくさんの性犯罪被害者は泣き寝入りを余儀なくされてきたのです。

  近年、こうした性犯罪の被害者の方々が声をあげはじめ、法務大臣が見直しの検討を指示、法務省での有識者を交えた検討のすえ、法案が上程され、成立したのです。

  ※ 女性に対する暴力撤廃宣言

1993年12月、第48回国連総会で採択された宣言。女性への暴力は人権の侵害であるとして、これを根絶していくことを国連として宣言、性暴力、人身売買、DV、セクハラ等、あらゆる暴力行為をなくすために国がとるべき、法整備や被害者支援等の施策を明記している。

■ 改正の中味は~ まだまだ浸透していない。

 では、どんな改正なのか。報道はこのようにされています。

性犯罪を厳罰化する改正刑法が十三日、施行された。強姦(ごうかん)罪の名称を「強制性交等罪」に変更、法定刑を引き上げたほか、強姦罪や強制わいせつ罪などで起訴するのに被害者の告訴が必要な「親告罪」規定を撤廃した。被害者らの声を反映し、明治時代の制定以来、百十年ぶりに性犯罪関連規定を大幅に見直した。

出典:東京新聞

 このように聞くと、私たち法律家はそうね、とわかってしまうのですが、

 「若い人にはよくわからない、説明して」という原稿依頼があり、改めて、法律の影響を受ける人たちにわかりにくい議論してきたなあ、と反省しました。そこで、法改正の柱となる点を説明したいと思います。

■ 男性への被害も処罰されることに

 まず、強姦罪の名称が「強制性交等罪」に変更されました。

 これまで強姦の被害者は女性に限定されていたのですが、「強制性交等罪」の被害者には男性も含まれることになりました。

 これに関連して、それまで男性器の膣への挿入に限定されていた強姦罪の対象を「性交等」(膣性交、肛門性交、口淫性交)にも広げました。

 特に注目されるのは、被害を男性に対する被害にも拡大したことです。

 男性から男性、女性から男性に対する性犯罪、性虐待は、これまでもありましたが、なかなか光があたらず、被害者の保護や支援の必要性についても社会的な理解が十分であったとはいえませんでした。そのため、女性の被害者よりもさらに孤立した状況に置かれ、だれにも相談できない被害者が圧倒的でした。 

 もちろん男性に対する性犯罪、性虐待も深刻な被害をもたらすものであり、強姦の範囲に含まれないのは性による差別的取扱いともいえるべき問題でした。そこで男性に対する性交も処罰することとしたのです。処罰対象となる性交行為も拡大し、強制的な肛門性交、口淫性交も処罰対象に入れたのです。

 法改正とともに、社会的にも認識が 広がっていくような啓発・教育活動がこれから必要になってくるでしょうか。

 もちろん、女性に対して、口淫性交を強要したようなケースも「強制性交等罪」にあたることになり、女性の被害として処罰される範囲も広がりました。

同様に、飲酒や薬物の影響などで抵抗できない状況にある人に性行為をする、いわゆる準強姦と言われた犯罪は、「準強制性交等罪」となり、処罰される行為も広がり、男性も対象となったのです。

  また、これ以外に従来どおり、強制わいせつ罪は残っています。

■ 刑の引き上げ 厳しい処罰を

 次に、強姦罪改め、強制性交等罪の法定刑の引き上げです。

 これまでは、強姦罪の法定刑の下限(もっとも軽い刑)は懲役3年ときわめて軽いものであり、初犯(はじめての犯行)の場合ですと執行猶予がつくことがほとんど、というのが現状でした。

 しかし、加害者が執行猶予ですぐに釈放されるのに対し、被害者はPTSDや男性恐怖症、加害者への恐怖心に長く苦しむ例が少なくありません。被害者の視点からみれば『魂の殺人』と言えるほど深刻な心の傷や被害の重大さに見合った刑とはとうてい言えるものではなく、諸外国の例から見ても著しく低いものでした。

 こうした声を受けて、今回の改正では、法定刑の下限を5年に引き上げる改正が実現したのです。

 強制性交の過程でけがをしたり、死んでしまったという結果が出た場合は6年以上の刑となります。

 しかし、個人的にはこれでも軽いなあ、と思います。

■ 「親告罪」規定の撤廃 被害届を出せばよい。

  第3は、「親告罪」規定の削除です。

これまで強姦罪で起訴するためには被害者が

告訴

 という手続をすることが必要でした(こうした犯罪を「親告罪」という)。告訴状というものをわざわざ書いて受理してもらう必要があったわけです。

 なぜそのような面倒なことにしたのかと言えば、性犯罪の被害者の意思とプライバシーを尊重するという根拠があったのです。

 しかし、「告訴」がない事例では犯罪の捜査が進みにくくなります。

  一方、普通の被害者にとって『告訴状』等を準備して提出すること自体ハードルが高いことは、だれから見てもお分かりになるでしょう。(ちなみに、私が弁護士になったころは、「告訴期間」というのがあり、6か月間に告訴しないと、もう犯罪として立件してもらえないというあきれた法制度になっていました。2000年にようやくこれが撤廃されたのです。)

 そこで、強姦や強制わいせつ罪も、窃盗や傷害など、他の犯罪と同様に、「被害届」だけで捜査が進むことが求められてきたのです。

 また、「告訴」が要件であるために、加害者側が「今告訴を取り下げれば解決金を支払うが、告訴を取り消さなければ徹底して裁判で争う」などと強引に被害者にアプローチをして動揺させた結果、被害者が精神的に参ってしまい告訴を取り下げる事例もみられました。

 このように、「親告罪」の規定は、性犯罪の不処罰につながる機能を果たしてきたのです。

 そして、よく考えてみると、たとえ親告罪でなくなったとしても、被害者が協力しない場合に無理やり立件・起訴することはそもそも不可能なはずです。こうしたことを考えると、どうしても親告罪としなければならない理由はないと考えられます。 

 こうした背景から告訴という要件は今回、撤廃されたのです。親告罪の規定は強姦罪のほか、強制わいせつ罪などでも撤廃され、施行前に起きた事件にも原則適用していくことになりました。

■  支配的な地位を利用した性行為は暴行・脅迫がなくても処罰する。

 第4は、親などの「監護者」が、支配的な立場を利用して18歳未満の子どもと性交したり、わいせつ行為を行った場合、暴行や脅迫がなくても強姦罪が成立する、とした点です。

 強姦罪の成立には、暴行・脅迫が要件とされていますが、子どもに対する性的虐待のケースでは、その多くが、子どもに対する支配的な影響力を利用して、子どもが抵抗できないままに行われていることが多いのが実情です。

 刑法下では13歳未満に対する性交は必ず強姦と認定されていますが、これまでは、13歳以上で親族等に暴行等をともなわずに性虐待された場合は強姦罪に問われないことになっていました。

 しかし、それでは、多くの性虐待事例が強姦罪に問われず、不処罰を許すことになってしまいます。

 そこで、性虐待被害者の方々の意見を受けて、暴行・脅迫要件が撤廃されたのです。これは本当に重要な改正・成果だと言えます。

■  いずれも国際的なスタンダードに沿った改正 背景に被害者、女性たちの団体からの強い後押し

 実はこれまでの時代遅れの日本の刑法の性犯罪規定に関しては、国連の女性差別撤廃委員会や子どもの権利委員会等、日本が批准している人権条約機関から、くり返し懸念が表明され、その是正を求める勧告が出されてきました。

 その主な内容が、強姦罪(刑法177条)の定義の拡大、男児や男性に対する強姦を重大な犯罪とすること、近親姦を個別の犯罪とすること、抵抗したことを被害者に証明させる負担を取り除くこと、非親告罪とすること、性交同意年齢を13歳以上に引き上げること、罰則を引き上げることでした。

 国際社会の要請にすべて応えたとはいえませんが、今回の改正はこうした国際社会の声も反映したものだったのです。

 今回の改正については、被害者団体や女性団体等から強い後押しがありました。特に、性犯罪被害にあわれた女性たちや比較的若い世代の女性たちが中心となって、ビリーブ・キャンペーンというキャンペーンを立ち上げ、精力的に世論に働きかけ、ロビー活動を進めたのは、これまでにない新しい女性のムーブメントとして注目されるものといえるでしょう。

 これからもこうした若い女性たちの声がどんどん社会を動かす時代になってほしいなと思います。

■  肝心なことが残されたまま。

 しかし、この間問題にかかわってきた人たちはみな、今回の改正がゴールではないと強調しています。なぜでしょうか。

 現在の強姦罪では、「暴行」または「脅迫」が要件とされ、その程度も、抵抗を著しく困難にする程度の暴行や脅迫でなければならないとされているため、強姦と認定されるハードルはとても高いのが現状です。被害者団体、女性団体はこの要件の見直しを強く求め、法務省の有識者の会合でも議論がされましたが、結局「強制性交等罪」に名前が変わった後もこの点は見直されず、規定は手つかずのままとなっています。

 内閣府の調査(2014年)では、異性から無理やり性交された経験があった女性のうち、被害を「どこにも相談しなかった」人は67・5%、警察に相談した人は4・3%にとどまっています。

 そして、仮に被害相談をしたとしても、起訴され、有罪になる割合は他の犯罪よりも著しく低いのが現状です。

 被害者が訴えられずに泣き寝入りをしてしまう理由、そして、仮に被害者が訴えても加害者が処罰されずに終わってしまう理由の大きなものが、暴行・脅迫要件の立証を被害者側が負担しなければならない、ということにあります。 

 多くの被害者が「その程度のことであれば逃げればよかったではないか」「抵抗が足りない」「ほんとうは合意があったのではないか」「少なくとも加害者は合意があると誤解していた」などの理由で、加害者の不起訴や無罪という不当な結果に涙を呑んできました。

 諸外国では、同意なき性行為を広く処罰する方向で性犯罪の法改正が進んでおり、セクハラによる性行為も犯罪としている国も多いことと比較すると、日本はあまりにも立ち遅れています。

例えば、イギリスでは、同意もないのに性行為をすること、させることは、暴行、脅迫などがなくても犯罪とされています。被害者が「いやだ」と言ったらやめなければなりません。先に進んだら犯罪とされるのです。

 これにより、意に反する性行為は広く処罰され、日本でも問題となっているセクハラ、性接待の強要、AV出演強要なども処罰されるのです。

 これは、No means No Policy(Noは拒絶を意味する)と言われています。「いやよいやよも好きのうち」とは違いますね。

これに対し日本では「いやだ」と言っても強い暴行、脅迫がない限り、意に反する性行為は不処罰で良いという法制度なのです!

  刑法のこうした規定が温存されつづければ、日本の若者の間に、「きちんと相手が同意していない限りむりやり性行為をしてはならない」という文化や意識が育まれず、性的関係において弱い立場の人(若い女性、幼い女性や、抵抗力の弱い人、年齢・地位の低い立場の人)に対して、気に入ったのだから多少無理にでも性行為に持ち込んでもよい、という、人権意識の欠如した性的文化が続いてしまうことになります。

 今回の刑法改正では被害者の声も受けて3年後に規定見直しがされることになりました。暴行・脅迫要件を見直し、意に反する性行為を広く処罰していくことが国会できちんと議論されることが期待されています。

■ 同意のない性行為は許されないというカルチャーを

 しかし、立法任せにせず、望まぬ性行為の被害をなくすために、社会的にも、とりわけ職場や学校でも議論が深められるとよいと思います。

6月21日のNHK朝イチの特集番組について知って私はショックを受けました。 視聴者アンケート結果で出た、以下のような結果。まるで性被害にあうのは、スキをつくった女性が悪いと言わんばかりの男性側の認識が明らかになったのです。

性行為の同意があったと思われても仕方がないと思うもの

2人きりで食事  11%

2人きりで飲酒  27%

2人きりで車に乗る 25%

露出の多い服装   23%

泥酔している    35%

 だったというのです。これでは怖くて女性は何もできませんね! これからの暑い夏、誘われてもビールも飲めません。

 泥酔していたら、それこそ準強姦、犯罪だというのに、どういう認知のゆがみでしょうか。

ビールを一緒に飲む=性行為OKではありませんん
ビールを一緒に飲む=性行為OKではありませんん

  やはり性行為には事前に明確な同意があることを前提とすべきです。

 勝手に同意があると解釈されて性行為に及ぶのは被害者にとって危険この上ないことであり、こうした認識を改めることが急務です。

 先ほど、No means No Policyの法制を導入したイギリスでも、まだ男性の理解を得るのは難しいということで、警察が以下のようなビデオを使って教育をしています。それがこちら。早速日本語の字幕もどなたかがつけてくださってます。

   

 とてもわかりやすいです。なぜ人は、相手が紅茶を飲みたくないと言ったら無理やり飲ませたりしないのに、なぜ性行為を嫌だと言われても、無理やりしてしまい、相手も同意していたとか、相手にスキがあったなどと言い訳するのか?考えてみればつくづくおかしな話です。

  

  さらにアメリカは進んでおり、Yes means Yes(Yesが同意を意味する)というより厳しいポリシーを多くの州が採択しています。

学校教育の中で、学生、生徒に、「相手から明確な同意が得られた時にのみ、性行為に進むことができる」ということをきちんと教育するという政策です。また、学校でキャンパス・レイプの訴えがあった際には、訴えられた生徒を罰するか否か決めるために、「明確な同意を得て性行為したのか否か」を基準にするというのです。

 ガーディアン紙 'Yes means yes' standard for sexual assault moves to California high schools"   

 若い皆さんも、オフィスや身近に気になる人がいる方も、ぜひ、上記イギリスのビデオを見て、相手を傷つけない交際・コミュニケーションのあり方を考えてみてほしいと願います。

 そして最後に女性の方へ! 夏は女性を泥酔させたり薬を使うなどして、性被害にあわせる悪質なケースが多い時期です。性行為を予定していない男性たちと飲酒する場合、席を立つ前にグラスは必ず飲み干して、被害を避けるようにしてください。

※  AV出演強要被害と、刑法の性犯罪規定の改正等についてみんなで語り合うトークイベントを7月28日に企画しました。興味があれば、ぜひご参加ください。申し込みはお早めに!

   

 7/28開催トークイベント「AV出演強要・性被害。私たちの取り組みとこれから」

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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