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DV離婚7年後の襲撃~ いつまでたっても被害者が安心できない法と制度の不備

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

■ 離婚後7年で元夫に襲撃'''

2013年5月21日朝、神奈川県伊勢原市の路上で、30代の女性がDVを理由に7年前に離婚した元夫に、突然襲撃され、牛刀(刃渡り約18センチ)で首などを刺され、ひん死の重傷を負った。

骨が削れるほどの力で刺され、体内の血液の半分を失ったが、奇跡的に命は取り留めたという。

被害女性は、今年4月になり、毎日新聞の取材に応じ、記事が報道されている。

この記事を読んで改めて日本の法制度の不備が女性達を追い詰めている実情が浮かび上がっている。

彼女がいまも置かれている状況や心情は、日本がDV被害者にとって安全でない社会だ、ということを改めて突きつけるものだ。

平成24年も配偶者・元配偶者による女性への殺人事件は93件におよび、傷害事件は2060件におよぶ。この事件は、特殊な例ではなく、氷山の一角に過ぎない。

http://www.gender.go.jp/e-vaw/data/dv_dataH2507.pdf

伊勢原市の事件の被害女性の記事にはこのような記述がある。

殺人未遂罪などに問われた元夫は昨年12月に懲役12年の判決を受け、服役した。それでも女性は身を隠す生活を続けている。

「事件前と不安は変わらない。次は助からないでしょう。離婚しても7年後に襲撃された。懲役12年だからといって安心できる要素がありますか」

出典:毎日新聞

報道によれば、元夫は離婚した06年、裁判所からDV防止法に基づく計1年間の接近禁止命令を受けたこともあり、女性は地元市役所に住民基本台帳の閲覧制限をかけていたが、元夫は探偵などを使って女性の住所を特定したという。

事件1カ月前、女性は自宅近くでカメラが取り付けられた自転車を見つけて県警伊勢原署に相談したが、探偵業関係者の所有と判明しながら署員は女性に連絡しなかったという。事件前、周囲に不安を訴えたが、警察からは切迫性がないと判断され、その直後に惨事が起きたという。

■ DV防止法の不備

日本には、2001年にDV防止法が施行され、DV加害者が被害者に接近することを禁止することなどを含むDV防止法が施行され、これまでに三度にわたる改正がされた。

しかし、その内容は、未だに女性たちを暴力の被害から守るのに十分とは到底言えないものであり、痛ましい被害が後を絶たない。

◇ デートDV

特に結婚していない若いカップルのいわゆるデートDVの結果、別れてストーカーとなった男性が女性を殺害する事例が最近連続して発生、昨年6月、この問題だけに絞ったDV防止法第三次改正がされた。

しかし、この法改正も、一度でも同棲したことのあるカップルでない限り、DV防止法は適用されない扱いであり、その後にも元交際相手からのストーカー殺人が相次ぐ結果となっている。

同居を要件とすることなく、元交際相手からの攻撃から女性を守るよう法整備が必要だ。

◇ 短すぎる保護命令期間

もうひとつの切実な問題は、保護命令の期間があまりに短いことである。

保護命令の期間は法律上、半年と定められている。

延長をすることはできるとなっているが、延長が1回以上認められるケースはほとんどない。

そして、これは裁判所の扱いによってまちまちではあるものの、保護命令の期間である半年間の間に、加害者から被害者に対して何のアクションもない事例については、再度の保護命令を認めない取扱いをする裁判所が少なくない。

いかに、被害者が加害者からの報復を怖がり、不安を訴えていても、また、別居前のDVの程度が深刻であっても、「何事も起きなかったから」ということで保護命令の延長が認められないことになる場合が少なくないのだ。

半年では離婚手続きすら終らないケースが少なくないというのに、あまりにも短すぎると言わなければならない。

そもそも、DV被害者は、避難をすると居所を隠して生活するため、加害者は容易に居所をつきとめられない。探偵を雇い、数年たって居所をつきとめる、という今回のようなケースを考えれば、半年間何も起きていないから延長を認めない、という裁判所のあり方は非常に問題が大きい。計画的な加害者、冷酷で執念深い加害者の場合、半年どころか数年にわたって女性を追跡し、突然襲撃することもあるのだから、半年何もなければ危機は去った、と考えるのも甘すぎる。

DVの保護命令が発令されると、発令された期間は、警察も様々な援助を被害者にする。

しかし、保護命令期間が過ぎてしまうと、そのような対応は十分にとられなくなる。

特に、相手方の報復を恐れて、住所を転々とし、保護命令を受けた当時に対応した警察が所轄でなくなった場合、警察に不安を訴えてもなかなか対応してもらえないという事態になるのだ。

■ 法改正の必要性

事件を受けて、神奈川県警は、女性や子どもに対する危険情報を集約し、現場で被害者保護や加害者の逮捕にあたる「人身安全事態対処プロジェクト」を発足させたという。

事件が起きた場所の警察は、しばしばこうしたプロジェクトが立ち上げており、それ自体は評価できるが、本来、すべての警察が同様の対応をすべきである。そのためにも、国として、個々の県警任せでなく、一貫した政策・そして法整備をする必要がある。

この点、米国などでは、保護命令期間は極めて長く設定され、生涯にわたる接近禁止命令を認める州も存在する。

日本のDV防止法は、諸外国の法制度や国際スタンダードからみても、被害者保護が十分とは到底いえない状況だ。

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■ 私たちの提言

ヒューマンライツ・ナウでは、2013年6月に、DV防止法の抜本的改正を求める意見書を提出しているが、まだこのうち、デートDVに関する若干の法改正が第三次法改正で実現し、ストーカー規制法改正で若干の是正がされたのみで、いまも課題が多く残されている。

「国際スタンダードに基づくDV防止法等の改正に向けて」(ヒューマンライツ・ナウ)

本報告書は、NPO法人全国シェルターネットの協力を得て行ったアンケート結果も掲載しているが、裁判所の認定のあり方も含め、DV・ストーカーに関する被害者保護の現状に問題点が多いことを指摘しており、是非、真剣に受けとめて、法改正や運用の改善につなげてほしい。 

このなかで、保護命令の期間に関しては、

接近禁止命令の期間制限を設けない。仮に期間制限を設ける場合には、少なくとも1年とし、被害者の再度の申立てがあれば原則として更新するものとする  

と提言している。是非、裁判所の運用をまず見直し、保護命令の延長を認める扱いをし、また、法改正につなげてほしい。

また、私たちの提言の中には

差し迫った危険がある場合には、被害者の申立てに基づき、相手方の事情聴取を行うことなく24時間以内に緊急保護命令が発令できるものとする。

というものがある。諸外国の多くの国で、この「緊急保護命令」制度が認められているが、日本では認められていない。

日本は非常に立ち遅れている。

シェルターネットが実施したアンケートでも、多くの被害者が「保護命令に時間がかかりすぎる」ことに不安の声を挙げている。

相次ぐ凶行を防止するために、警察・裁判所等による保護の措置を早急に認めるため、緊急保護命令制度の導入を真剣に検討すべきである。

「女性が輝く社会」とのキャッチフレーズが躍る今日この頃だが、女性たちの3分の1は配偶者からの暴力の犠牲になっている。

http://www.gender.go.jp/e-vaw/chousa/images/pdf/h23danjokan-gaiyo.pdf

繰り返される悲劇を防ぐために、もっと政府・国会議員・関係省庁・裁判所・警察が真剣に対処し、抜本的な対策を考えてほしい。

女性が暴力に怯えないで暮らせる社会の実現は、人権の基本、とても大切なことである。

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弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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