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安藤美姫選手に対する常軌を逸した集団マタニティ・ハラスメントについて

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

安藤美姫選手が未婚で出産する選択をし、アスリートとしてオリンピックを目指す、父親名は明かさない、というニュースを聞いて、私としては「日本にもこういうアスリートが出てきたんだ」と喝采を送りたい気分だったが、その後の常軌を逸したバッシングにはショックを受けた。一言でいえば、日本はこんなに人権を尊重しない、人の痛みに鈍感な、そして不寛容な国なのか、ということである。

週刊文春のアンケートもあまりにひどすぎ、中止となったが、今もネット上その他でいろいろとしつこく賛否が話し合われている。

安藤選手のFacebookに誹謗中傷があったという。

安藤選手のFacebookには

これまで、いただいたコメントは貴重なご意見ですし、批判的なものであっても消したりしない、という方針で運営してきました。しかし残念ながら、ここ数日、第三者を愚弄したり、汚い言葉を使ったり、さまざまな生き方を選択した女性に対して差別的であったりといったコメントも目にするようになりました。

名誉毀損にあたる場合もありますし、セクシャルハラスメントそのもの、と思うものもあります。他の方から「不愉快な気持ちになりたくないという苦情もいただいておりますため、今後は、建設的なご批判・苦言についてはこれまで通りとしつつ、目に余る表現・内容のコメントについては、予告なく削除させていただくことがあります。ご承知おきください(管理人)。

と書かれている。

だれがどんな生き方を選択しようと、他人にとやかく干渉されたり、責められたり、誹謗、差別されたりすべきではない。

まして出産という選択、新たな命の誕生を責めるというのはいったいどういうことだろうか。

こんな当たり前のことが共有できない社会が怖い。

安藤選手の選択を問うことは、婚外子として生まれる子どもやシングルマザーに対する差別をも助長しかねない。

ネット上では最近、これに限らず炎上騒ぎがひどくなってきているが、日本はどんどん不寛容になっていると思う。

人々がつながってプラスのエネルギーを作り出せるはずの、大手メディアとは違う表現手段として新しい可能性を秘めているはずのSNS、ネットが、社会の不寛容を増幅し、心無い誹謗・中傷となって表れているように思う。健全なネットの使い方になっていないのもとても悲しいことである。

誹謗中傷や批判を殺到させることが、いかに暴力的で、安藤選手や、同様の選択をした女性たちをいかに傷つけることになるのか、想像できないのだろうか。

世界で活躍するアスリートには、世界的視野で考え、自由に行動し、人とは違った生き方をする人にもどんどん出てきてほしいと思う。

それを、狭い自分の経験や常識をもとに批判し、足をひっぱるような言動をすることによって、委縮させることにどんな意味があるだろうか。

また、日本では男性アスリートや男性の芸術家が型破りなことをしても責められずに許されることが多いのに、女性であるがゆえに同じことをしても切り刻まれるように非難される、という女性差別的な側面も垣間見える。

非難をしている人々のなかには、同じ女性、彼女より年配の女性が、因習的・伝統的価値観を押し付けるような批判をしているケースもみられ、見過ごせない。

たまたま見ていた朝の情報番組で、主婦からの投書・ご意見や、街の声というかたちで安藤選手に対する批判的意見が集中していたが、その内容は驚くべきものであった。

「シングルマザーとして子育てをする大変さがわかっているのか」「アスリートなのに、妊娠するなんて自己管理が甘い」「子どもを育てながら競技に集中できるのか。周囲への迷惑を考えないのか」などというあまりにも的外れな意見が多かったからである。

アスリートもひとつの職業である。アスリートが恋愛したり、子どもを産んだり、アスリートと子育てを両立することを否定する発想は、突き詰めれば、女性が仕事を持ちながら、夢を実現しながら、恋愛したり子育てすることそのものを否定する発想に行きつくであろう。

そもそもシングルマザーを選択するには様々な事情があるであろう、その事情も知らずに余計なお世話である。

仮に自分の生き方からみて釈然としない、賛成するといえないとしても、あえて他人の生き方を否定するような見解を言うべきではないし、そんなことを言える資格は(特に身内でも親しい友人でもない以上)誰にもないのではないか。

今回は、ちまたの声をメディアが面白半分に取り上げ、それがネット等にも波及した、という側面があるが、メディアの見識が問われる。

メディアが、差別・ハラスメントにつながりかねない不見識な「ちまたの声」をストレートに取り上げれば、さらに差別・ハラスメントを助長しかねないことを肝に銘じてほしい。

父親は明かさないといっているのにいつまでも父親を探しているが、プライバシーへの配慮がなく、メディアとして程度が低すぎる。

最近ようやく「マタニティ・ハラスメント」が深刻な社会問題として注目されてきた。「マタニティ・ハラスメント」とは、職場で行われる、妊娠、出産をした女性たちに対する心無いハラスメントである。

雇用主からの退職勧奨や解雇予告、不利益取り扱いなど、雇用機会均等法で明確に禁止されている行為のほか、職場の同僚等からの心無い取扱い、暴言、ハラスメント、言葉の暴力もハラスメントとして問題となっており、セクハラ以上に多くの女性が被害に遭っているという。

私も公私にわたりこうした相談を受けることが多いが、妊娠中、出産後という最もデリケートで精神的にも傷つきやすく心身とも負担が大きい時期にこのようなハラスメントを受けることは深く心を傷つけるものであり、女性の出産後の離職の原因にもなっている。セクハラと違い、残念ながら、男性からだけでなく、女性が女性の足をひっぱるようなハラスメントも少なくない。

このような職場環境は、女性が出産をするのにも、女性の能力を発揮して業績をのばすのにも有害であり、仕事と家庭を両立して女性が活躍する可能性を著しく阻害している。

安藤選手に対する一連のハラスメントはまさに集団マタニティ・ハラスメントというべきものであり、このようなことがまかりとおる国では、女性は自由な生き方をしにくい状況に置かれ、このような環境では出生率の向上、女性の活躍を生かした経済成長などは到底望めないであろう。

才能のある女性たち、新しい生き方を選びたい女性たちは息苦しい一億総小姑的な日本を嫌がり、どんどん海外に流出してしまうだろう。

メディア、そしてこのような風潮、空気を作り出してたことに加担してしまった人には、本当によく考えてほしいと思う。

安藤選手にはこんななかでも、是非負けないでがんばっていただきたいと心から応援したい。

また、こんな日本のなかでも若い女性の皆さんには委縮しないで、のびのびと自分らしい生き方を選び取ってほしいと願う。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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