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ミャンマー・アウンサンスーチーさん一人では民主化は実現しない。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

4月13日からミャンマー(長らく国際的にはビルマ、と言われ、民主化勢力がビルマ、という言い方をしてきた経緯もありますので、以下ではビルマ、とも呼びます)の民主化活動家、アウンサンスーチーさんが来日し、帰国されるまで、さながらスーチー・フィーバーでした。

私が日ごろお付き合いしている、在日ビルマ人のみなさん(多くは民主化運動に参加して迫害され、日本に難民としてきた方々)は、一貫して軍政に対決して、自宅軟禁にも屈しなかったスーチーさんを心から尊敬していて、来日に本当に興奮していました。

私も、ご縁があって、在日ビルマ人とスーチーさんの対話討論集会に参加させていただきましたが、「本当に苦労してきたけれど、そしてまだまだ課題は大きいけれど、軍政が少し緩んでスーチーさんと日本で会える日が来るなんて、みんな、よかったよね」と胸が熱くなりました。はるか日本まで来て長年苦労されてきたビルマ人の皆さんが「今日は人生で一番うれしい日だ」と感動に包まれている様子を見て、とても感動しました。

スーチーさんの話を聞いて、日本やアメリカ等の政治家と全く違うと思ったのは、自国の人々に対して、政策や政治を語らないことです。「どこの国にいてもビルマ人として誇りをもって生きるように」「日本人に見習って人生の計画を立てなさい」「環境問題を語るなら、まず、きちんとごみを捨てることから、自分から始めてください」と、人としての道を説き、それが人々に感銘を与えているようでしたし、私もそのような政治家は日本にいないわけですので、新鮮な驚きを感じました。

民主化を進めるには、国に文句を言うのではなく、まず、一人一人がきちんと生きて、国の民主化にどう貢献できるかを考えてほしい、あなたたちに民主化はかかっている、というメッセージですので、

ケネディ大統領の「国があなたたちに何をしてくれるかではなく、あなたたちが国のために何ができるかをこれからは問うていこうではないか」

My fellow Americans, ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country. My fellow citizens of the world; ask not what America will do for you, but what together we can do for the freedom of man.

という演説を思いおこしますが、人の道を説き、みんながそれに心酔し頼ってしまっている様子に「国の母」「個人崇拝の対象」という印象を強く持ち、アジア型・途上国型のリーダーだ、という印象を強くしました。

みんなが崇拝できるリーダーがいる、ということは、その国の人々にとって幸福なことであるといえるでしょうけれど、同時に大変に危ういものです。

2015年に予定される総選挙で、スーチーさん率いる国民民主連盟(NLD)が多数を取れるか、スーチーさんか大統領になれるかが注目されていますし、それはもちろん重要なことですが、長期的にみるとこのような旧社会主義国型(?) 個人崇拝でよいのか、という気もします。

ビルマの民主化勢力と話をすると、よく出てくるフレーズが「アウンサンスーチー氏だけが正しい判断をすることができる」「彼女の判断に従う」というのです。「それではあなたたちは正しい判断が出来ないの?」と突っ込みたくなることしばしばです。

ところで、今や抵抗運動の象徴ではなく現実的な政治家となったスーチーさんは軍部と接近し、少数民族の弾圧については発言を控え、大きな反対運動が起きている銅山開発にもこれを認める、という決断をするなど、その判断に大きな疑問がつきまといます。

私の言う、国軍による少数民族の弾圧、というのは本当に戦争犯罪レベルの残虐なもので、

例えば2012年に現地民族団体からいただいた写真報告書をこちらから見ていただくことが出来ます(残虐な写真が多々含まれています)。

http://hrn.or.jp/activity/topic/post-152/

女性、子ども、乳児、老人も含む人々の虐殺、非人道な拷問、授乳中の母親がレイプされ殺害される、など、残虐な戦争犯罪行為が繰り広げられてきました。このような非人道的な弾圧に対し、毅然とした態度を取らないまま、国軍と接近するスーチーさんに対し、少数民族の人たちは本当に複雑な感情を抱いています。

最近ミャンマー(ビルマ)では、中国等外国資本が関わる乱開発の強行に伴う人権侵害、環境汚染に対する反対運動が起き、人権団体は警告を発してきました( 詳しくは http://hrn.or.jp/activity/topic/post-185/)。

2011年には中国国営企業が関わったカチン州のミッソン・ダムの開発が地元の強い反対を受け(スーチーさんも反対し)、大統領によって中止される事態がありました。

ところが、中国民間企業が関わったビルマ北部にあるザガイン管区のレッパダウン銅山問題はこれと異なる経過をたどっています。強制移住、環境汚染などの問題があり、昨年から反対運動が拡大し、大統領によってスーチーさんが調査委員会の委員長に任命されましたが、彼女が率いる調査委員会は、なんと開発を認めるという結論を出したのです。

http://mainichi.jp/select/news/20130314k0000m030029000c.html

その理由は、「国の発展には開発が必要」という極めてアバウトなもので、反対派に自制を求めるというものでした。

ミャンマー(ビルマ)ではこれまでも開発に伴う人権侵害、環境汚染が深刻な事案が後を絶たず、多くの人々が犠牲になってきましたが、スーチーさんの論理では、そうしたあらゆる事案においても「国の発展のために」開発が認められる危険性があります。

軍政にスーチーさんが丸め込まれているのではないか、私たち国際人権団体の多くが懸念を強めているのが実情です。

スーチーさんといえど人間、判断を誤ることもあるでしょう。

問題は、スーチーさんに対するよくいえば崇拝、悪く言えば集団的な依存(他力本願)によって、スーチーさんが語れば、おかしいと思っても疑問を呑み込んで、スーチーさんについていこうとみんなが思ってしまう、という状況です。それでは多様な意見による民主主義とはいえないでしょう。

スーチーさんの献身や国を思う想いはよく伝わりますし、皆さん長年尊敬してきたのですから、「信じていこう」と思ってしまうわけです。

しかし、スーチーさんが軍に接近する中、ビルマ情勢は複雑になってきました。

一人に頼る民主化、というものの危うさが露呈されてしまっています。

私の持論ですが、スーチーさんに代わる若い民主化のリーダーを草の根の中から生み出していくことがこれからのビルマの課題です。

中にはスーチーさんの十分でない対応や現実路線を厳しく批判し、乗り越えていくようなリーダーも必要となるでしょう。

そうでなければ健全な民主主義とはいえないでしょう。

実はスーチーさん自身が、そのことは一番実感しているのではないかと思います。

「あとに続く人がいない」と思っているでしょう。

NLDの幹部は皆さん大変高齢です。

1988年にヤンゴン大学を拠点にして始まった学生運動には多くの学生たちが参加し「88世代」と言われ、彼らがスーチーさんの後に続くことが期待されるわけですが、多くの人たちは難民として他国に逃れたり、政治犯収容所に長期間勾留されてきました。ようやく釈放された人たちも長期拘禁の影響から、まだ、本格的に活動を開始してスーチーさんと並ぶリーダーシップをとる状況にないようです。

その後の世代、といえば、さらに難しい状況です。90年の総選挙結果が否定された後の軍事独裁政権によって、ビルマでは、自由な大学教育の機会が奪われてしまっており、ヤンゴン大学は閉鎖され、「教育の空白」と言われる時代が続きました。2005年頃には、学術団体を結成しようという動きをしていた少数民族のインテリの人たちが、そのようなことを企図したこと自体が国家に対する反逆であるとして逮捕され、懲役100年の刑に処せられる事件もあったほどです。

こうしたなかで、民主化を担う人材、次世代を担う人材の育成が進んでいない状況なのです。

特に「人権」「民主主義」は禁句で、外国の政治や法制度について学ぶこともほとんど許されていなかったため、自由で独立した、国際感覚を備えた将来を担う人材が育成されていない状況です。

人権NGOヒューマンライツ・ナウは、ここ数年間、ビルマ国内ではできない人材育成・人権教育・民主主義教育のプログラムを実施するため、タイのビルマ国境沿いに「ピースローアカデミー」という学校を運営し、ビルマの法律家やアメリカの財団と連携して、将来世代を育てる活動を展開してきました(関心をもっていただける方は、こちらをご覧ください。http://hrn.or.jp/pj/pla/)。

既にこの間、75名くらい卒業生を輩出することが出来、20代後半の若者たちがこれからの民主化を担ってくれると思いますので、引き続き、資金ギャップを乗り越えて、きめ細かく支援をしていきたいと考えています。

でも、これくらいの規模では全然足らないだろうな、というのが実感です。今後は、各国政府や民間ファンドがもっとこの分野に支援を強化していく必要があると思います。ヤンゴン大学の正式再開も含め、国内での自由な教育・人材育成が必要となってくるでしょう。

これまで禁止されていた人権NGOや社会問題に取り組むグループ、法律家ネットワークがこれから結成されていくでしょうから、こうした市民社会への支援も求められてくるでしょう。

いずれにしても、20代~30代の若い世代が中心になって、アウンサンスーチーさん一人ではない、ボトムアップの民主主義を担っていくことが、今後のミャンマー(ビルマ)民主化の行方を決めることになるでしょう。願わくは、日本にもこうした分野の支援で貢献してほしいと思います。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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