日本の右傾化は進むのか。総選挙で有権者が問われている。

総選挙の投票が迫っている。

支持を集めていると伝えられる政党の発言を聞いていて、一番心配になり、怖いのは、私の場合、日本の右傾化である。

世界からも心配の声があがっている。そして、右傾化傾向は日本の衰退の現れだと分析されている。

新聞各社から選挙予想も出ているが、私は、このまま流されてメディアが報道する勝ち馬に雪崩をうって投票すると取り返しのつかない方向に進むのでは、と本当に心配している。

核武装とか、国防軍とか、これまで到底議論の遡上にのぼらなかったきな臭い発言がまかり通っている。

特に驚いたのは、石原氏の最近の発言。http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2012121102000109.html

「日本維新の会の石原慎太郎代表は十日、東京都内での街頭演説で、衆院選後に自民党が政権に復帰した場合は、同党に協力して九条を含めた憲法改正を目指す考えを示した。「自民党が(衆院選で)過半数を取りそうだ。そうしたら憲法を変えよう。私たちも賛成する」と述べた。」という。

そして、拉致事件に関連して、九条が自分たちの同胞を見殺しにした」と現行憲法を批判。「あんなモノがなければ(拉致被害者を)返してくれなかったら『戦争するぞ』『攻めていくぞ』という姿勢で同胞を取り戻せた」と述べた。」と言ったという。

侵略戦争や武力による威嚇は憲法だけでなく、国連憲章でも禁止されている。

日本が第二次世界大戦で、アジアに侵略戦争をしたことのもたらした惨禍の反省に立って、二度と戦争を繰り返さないというのが日本の出発点であり、それを根底から破壊するような発言は放置できない。

軽く受け流してはいけないと思う。

では、ラブコールを送られた自民党はどうか。

まず、投票に行く前に、2012年4月に自民党が決めた憲法改正草案を読んでみることをお勧めしたい。

http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf

ここには、天皇を元首とする、国防軍を創設すると明記されているのだ。

さらに、人権については「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」と規定している。緊急事態には立法府によるコントロールが停止される条項もある。

これ、とても残念なのだが、私たち国際人権NGOががよく批判する自由なき独裁国家さながらの憲法である。

これが悪いジョークでなく、本当に議論されることになるのか、ということをよく考えないといけない。

世界とアジアは独裁から自由への流れにあり、アジア諸国(近隣は特別ですが)のなかでもこんな前近代的な憲法は少なくなりつつある。

日本は明らかに逆行しているのだ。

こんな議論が大手をふるえば、日本は欧米と価値観を共有する民主主義国とはみなされなくなり、国際社会で信頼できるパートナーとして信頼を失うだろう。

何より、こんなことが実現すれば、国民にとっては悲惨であり、自由や人権も制限されてしまう。本当にそれでいいの?

国の基本を根底から覆すようなことをムードで決めてしまうのは本当に危険だと思う。

まだ決めていない方、「みんなが投票しそうだから」とメディアの予測や他人の行動に流されるのは最悪。

ではどこに? ということは悩ましい。

しかし、母校早稲田のある憲法学の先生が、今回の選挙について「自分が支持するところを選ぶ、というこれまでのような贅沢な選択の余裕はありません。「よりまし」を選ぶというのでも甘い。私は、「最悪」を避けるために、「より悪くないもの」を選ぶ選択が大切だと思います。」と言っていて、とても共感する。

誰が強いことを言って煽り立てようと、判断するのは最終的には国民である。

閉塞状態が長く続き、国力が衰えると、人々が自信を回復させてくれそうな強いリーダーに惹かれて雪崩を打って支持する・・・なかには「あいつは過激なことを言うけれど、経済は浮揚させてくれるだろう」と計算して支持する人もいるかもしれない・・・これって第二次世界大戦前のヨーロッパの時代状況とよく似ている。その結果、どんなことが起きたのか。

日本はそこまで落ちぶれていないし、私たちも戦争に突入した時代の人たちよりはるかに賢いと信じたい。

選択は私たちの手にあり、今回の選挙を通じて右傾化が進むとすればそれは候補者の問題ではなく、支持した国民の判断だったという事になる。言い訳はできない。

国民の見識が問われている。

それと「最悪」は残念ながら「右傾化」だけでない。

また続きを書きたいが、是非選挙前に論戦で繰り広げられている「最悪」に目を光らせてほしいです。