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ドメスティック・バイオレンス・ 女性の3人に1人が夫の暴力を受けている。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

私が日頃取り扱っているケースのなかで、ドメスティック・バイオレンスの案件は大きな割合を占める。

内閣府の調査によると、女性の約3人に1人は配偶者から被害を受けたことがあり、約10 人に1 人は何度も受けているという。

http://www.gender.go.jp/e-vaw/chousa/images/pdf/h23danjokan-gaiyo.pdf

しかし、そのうち、4割はどこにも相談していないという。そして、暴力を受けても半数の女性が離婚を選択しない。その理由の一番は、子どもがいるから、子どものことを考えて別れられない、という。

私のところにくる人たちは最初のハードルを越えて、別居・離婚に踏み出した人たちがほとんど。離婚したら経済的にもちろん大変かもしれないけれど、たった一度しかない人生なのに、一生涯、暴力や恐怖に支配されて生活をする、一番大切な家、そして家庭で、毎日脅えて暮らさないといけない、ということでは取り返しがつかない。

それに、第三者が介入しないまま何のサンクションも受けないでいると、DVは既成事実化し、密室の中でどんどんひどくなる。早く、そんな支配された人間関係から自分を解放して、まずは別居してほしいと思う。離婚条件は、子どものこと、今後の生活のことを考えて、じっくり詰めていきましょう。

私の経験から見て、DV被害者は、誰にも相談しない理由はさまざま。自分で選択した結婚を失敗に終わらせたくない、自分が暴力を受けていることを人には悟られたくないという心情、自分が受け止めてあげないと相手は生きてゆけないという共依存関係、周囲からDVを二人で隠そうとする共犯関係、暴力をふるう時以外は優しい人だからいつかは変わってくれるという幻想、他人に相談して相手を刺激したらとんでもないことになるという恐怖などから、親にも相談しないし、だれにも悟られないようにするケースが少なくありません。

いじめと似ていて、自分が深刻な被害を受けているのに、そのことを誰にも言えなくなる。密室で暴力をふるわれていると、自分自身それに値するような価値のない人間のように思えてしまい、自分のことを親兄弟にも隠すようになる。

そういうスパイラルに入ってしまう前に、なんとか私たち支援者の声が届くとよいと願わずにいられません。是非周囲の人、例えば親兄弟や友人が、些細な変化、例えばおどおどするようになったとか、家に縛られたり隠しごとをしている様子などを察知して介入してほしい。

不思議なことに、夫は暴力で妻を巧妙にコントロールしているので、暴力を受けながらも、妻のほうが結婚生活を維持したいと必死にすがりついて夫におどおどと従っているケースも多く、さながらマインドコントロールのようなケースも多い。

素敵な女性たちばかりなのに、まるでゴキブリのような不当な取り扱いに甘んじている。「出ていけ」「すぐに戻ってこないともう終わりだ」と居丈高に理不尽な要求をつきつける夫におろおろする妻のマインドコントロールを解いてあげて、「別居します」「実家に戻ります」というメッセージを送る決断をさせる、すると途端に夫はあたふたとするが、後の祭りである。

とにかく、説明などいらないから、まず家を出て正常に呼吸ができる場所、まともに脅えないで自分で考えることができる場所に移動することをお勧めします。

一方、弁護士として気になるポイントは、こちらのデータ。

http://www.gender.go.jp/e-vaw/data/dv_dataH2407.pdf

配偶者暴力相談支援センターや警察に対する相談は増えているのだけれど、「保護命令」の件数ががくんと減っているのだ。

DV法が出来た時の熱気を考えるとこれは本当に残念な事態である。

「保護命令」とは、DV被害者をさらなる暴力から保護するために、相手方に接近の禁止や電話連絡の禁止等を求める命令で、厳密な立証が求められず、警察への相談の事実あるいは配偶者暴力相談支援センターへの相談の事実が明らかであれば、陳述書等の立証によって簡易迅速に命令を出して、被害者を保護しようとする制度である。

ずっと暴力に耐えてきた人たちはDVの証拠なんて残していない。多くの人は結婚生活を維持したいのだし、暴言を録音したり、けがの痕を写真撮影したりして、後で見つかったら殺されるかもしれない。そして、最後の最後になって、余裕もなく、逃げ出すのだから。そんな女性たちを救うために、立証のハードルの低いDV法が出来たのだ。

しかし、、、最近、そうした経緯が若い弁護士にあまり伝わっていないので、申立てを躊躇する弁護士も少なくないらしい。

それに、なんと相談センターが「この事案で保護命令は無理」と被害者に言ったりするケースも出てきたという。被害者が泣いて私の事務所に訪れ、私が受任して、保護命令をもらったことも少なからずある。相談センターが裁判所のようにふるまい、被害者の権利救済をあきらめさせるなんて本当によくない。

一方、裁判所も、全国的にもまちまちだが、意味もなく発令を渋り、理由もないのに取下げろというケースもあるようだ。私はそういう事案ではがんがん抗議して決定を求めるけれど、裁判官に取下げを示唆されると取下げてしまう人も少なくない。

また、当事者の中には、マインドコントロールが続いていて、保護命令など出して相手を刺激したくない、という人もいて、男性の弁護士のなかにも「相手を刺激しないように」と調停ですらDVを主張しない人もいるという。こうしたことすべてが、保護命令件数の低下を生み出しているのだろう。

ところが、おうおうにして(なぜなのか、本当に不思議なのだが)DV夫はDVの事実を全面的に争い、徹底抗戦してくる。そんな場合、なぜ機会があったのに保護命令を取らなかったのか、ということが問題となる。マインドコントロールの延長で「相手を刺激しないように」配慮して法的手続を進めていっては、相手の機嫌を損ねない範囲の解決しかできない。

この分野も、権利をめぐってたたかい、権利行使することなくして、適切な解決は期待できない。せっかくつくったDV保護命令という制度が活用されるように、法律家や支援者、そして当事者の方も、どんどん申立てをしてほしいと思う。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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