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【卓球】パリ五輪選手選考方法はベストと言えるのか

伊藤条太卓球コラムニスト
伊藤美誠(スターツ)(写真:エンリコ/アフロスポーツ)

11月12・13日と船橋で行われた「全農カップTOP32船橋大会」で、伊藤美誠(スターツ)が14歳の中学2年生、張本美和(木下グループ)に敗れた。パリ五輪代表選考のポイントの対象となる大会だ。急成長しつつある張本がパリ五輪代表の有力候補であることは疑いがないが、今回の伊藤のプレーは精彩を欠いていた。

伊藤は、9月末から世界選手権、WTTチャンピオンズ、カップファイナルズと大会が続いた中での選考会だった。ボールについても、中国の紅双喜のボールを1ヶ月以上使用し、そこから選考会のタマスのボールに慣れなくてはならなかった。

昨年9月、JTTA(日本卓球協会)は「2024 年パリオリンピック男女日本代表候補選手選考基準の考え方」と題する文書を発表し、パリ五輪のシングルスに出場する2名の選出方法を示した。

2020年東京五輪のときには、JTTAは世界ランキングの上位2名を選出するという極めてシンプルな方法を採用した。伊藤美誠は早々と代表を確実にしたが、石川佳純(全農)と平野美宇(木下グループ)は、最後の最後まで世界ランキングを争い、最後の1年間は国内大会の合間を縫って20大会以上も国際大会に出場するという過酷なレースを繰り広げた。

過酷すぎて選手が心身ともに疲弊するため「競争する期間を短くすべきだった」という批判はあったが、世界ランキングを基準にする方法自体に対する批判はなかった。卓球は相性の要素を無視できないため、外国選手に強い選手を選ぶためには外国選手との対戦成績をもとにするのが妥当であるし、五輪では世界ランキングをもとにシードが決められるから、世界ランキングの高い選手を選んだ方が勝ち進む可能性が高くなるためだ。そこに疑問の余地はない。

しかしパリ五輪についてJTTAが発表した選考方法は、世界ランキングを参考にしない独自のものだった。強化本部が指定する大会「世界選手権」「アジア競技大会」「アジア選手権」「パリオリンピック選考会」「Tリーグ」「全日本選手権」での戦績にポイントをつけ、その合計ポイントの上位2名を代表にするのである。対象大会には国際大会が3つ含まれているものの、6回行われる「選考会」を含め、そのほとんどが国内の大会である。

宮崎義仁強化本部長(当時、現・専務理事)は当時の会見で、この選考方法の理由について、コロナ禍のために世界ランキングの基になる国際大会(WTT)が少なく、なおかつWTTには世界ランキングの上位者しか出場できず公平性を欠いているためと説明した。当時の状況では妥当に思える案だった。

日本卓球協会 専務理事 宮崎義仁氏
日本卓球協会 専務理事 宮崎義仁氏写真:長田洋平/アフロスポーツ

しかしその後、状況は変わり、WTTが開催されて世界ランキングが機能するようになった。今年4月にはITTF(国際卓球連盟)が、パリ五輪の出場規定「QUALIFICATION SYSTEM – GAMES OF THE XXXIII OLYMPIAD – PARIS 2024 」を発表し、団体戦の出場権を得たチームの世界ランキング上位2名にシングルスの出場権を与えることとした。

この時点で、JTTAは選考方法をITTFに合わせて世界ランキングを基準にするように軌道修正してもよさそうに思えたが、修正は行われず、世界ランキングで出場資格を得た選手を必要に応じてキャンセルする「裏技」ともいえる方法で、独自選考する選手をシングルスに出場させる方針を固めた。

その結果、何が起きているか。今回の伊藤のように、本気でパリ五輪で打倒中国を目指している選手たちが、過密スケジュールを余儀なくされているのだ。

中国に勝とうと思えば、中国選手と対戦して課題を抽出する必要があるし、良いシードを得るために世界ランキングを上げておかなければならない。だから代表選考に関係がないとわかっていても、WTTに出ないわけにはいかない。本気で中国を倒そうと思う選手ほどそうだ。

しかし選考ポイントを稼がないと五輪に出られなくなるので、選考会やTリーグにも出なければならないし、プレーそのものも国内対策に時間を割かなければならない。選考会は6回もあり、なぜか毎回32名も出場させているために試合数が多く選手の負担が大きい。Tリーグは言わずもがなだ。

こうしたことが選手たちの過密スケジュールを招いており、当然それは不調や故障のリスクを上げることになる。

果たして現在の選考方法は、パリ五輪で最良の結果を得るための最良の方法だと言えるのだろうか。選考方法を再考する必要はないのか。

もしも日本のトップ数名程度の実力が世界ランキングに正しく反映され、それらの選手間の出場機会も公平ならば、それ以下の選手たちについてどうあろうとも、世界ランキングを基準にすることに変更した方がよいと思う。選ぶのは2名だけなのだから、検討の対象となるのは数名のはずだからだ。

しかし、トップ数名程度についてさえも世界ランキングに妥当性がなかったり、出場機会が公平でないのであれば、たしかに独自選考をした方がよいだろう。

その場合でも、Tリーグはポイントの対象から外すべきである。Tリーグは選手のレベル差が大きく、対戦相手によって勝ちやすさが違いすぎるし、同じチームの選手との対戦はないし、出場機会にも左右され、選手の実力を測る指標として不適当だからだ(同じ理由で、たとえばITTFは世界選手権の団体戦での勝敗を世界ランキングの計算対象にしていないのである)。

それだけではない。選手は選考ポイントを稼ぐためにオーバーワークになっても必要以上に試合に出続けなくてはならないし、僅差でポイントを争う選手が同じチーム内にいる場合には、チームの勝利を担っているはずの監督は、その選手たちの出場機会にまで気を使わざるを得なくなる。選手は勝ちやすい相手やチームとの試合に出たいと直訴し、ライバルでもあるチームメイトの勝利を喜べないばかりか、最終局面では悔し涙を流しながら拍手をすることになるかもしれない。そうしたむごい事態が可能性としてあるのだ。Tリーグにとっても決して良いことではないはずだ。

また、選考会をやるにしても参加者を絞るべきである。五輪で中国やドイツに勝つ2名を選ぶのに、32名も候補が必要なわけがない。選考会の目的は最強の2名を選ぶことであり、それ以外の選手たちの順位をつけることではないし、若手の育成でも、まして興行ではない。それらを兼ねることで真の候補選手の負担を増やし、選考会本来の目的を損なってはならない。2名に入る可能性がない選手は参加させるべきではないのだ。大規模な選考会にかける労力を強化にこそ割くべきである。

さらに言えば、絶対にパリ五輪に参加させるべき選手については、早々に出場を確定させて対策練習に集中させてもよいくらいである。それが戦略である。当然そのためには、公平性に対する批判を跳ね返すだけの知見と覚悟が必要となる。これは極端な例だが、こうした発想を含めて選考方法を再検討する必要があるのではないだろうか。

「2024 年パリオリンピック男女日本代表候補選手選考基準の考え方」は、早ければ12月には理事会で正式承認され「考え方」から正式な「基準」となる見込みだという。

日本卓球協会 強化本部長 馬場美香氏
日本卓球協会 強化本部長 馬場美香氏写真:アフロスポーツ

選手たちが過密スケジュールに苦労しているのは百歩譲って”試練”として許容するとしても、今の選考方法で本当に世界ランキングよりも正確に最強の2名が選出され得るのだろうか。むしろ逆に、日本選手には強くても外国選手に勝ちにくい選手が代表になり、良いシードを得られないリスクの方が大きいのではないか。

今はそういう選手はいないが、仮に今から国内選考に絞って体力を温存し、対日本選手の戦術を練って代表を目指す選手が出たとしても誰も責められないし、それで代表権を得た選手の世界ランキングがあまりにも低くて団体戦のシードが得られなくなるからといって、まさか辞退を勧告するわけにはいかない。極論ではなくそれはあり得ることなのだ。現状の選考方法なら、WTTに一切出ずに国内選考に絞るのが五輪に出るもっとも効率的な方法であり、「そうしなさい」と言っているのに等しいからだ。

「最近の日本選手はレベルが高いので国内の成績と世界ランキングは一致するはず」という論理で国内選考の正当性を主張する考えも目にするが、話は逆で、それならまして国内選考をする必要はなく、世界ランキングで決めればよいことになる。一致しないと考えるからこそわざわざ労力を使って国内選考をするのだから。

戦績を問われることになるはずの馬場美香・強化本部長、田勢邦史・男子監督、渡辺武弘・女子監督は納得しているのだろうか。日本卓球界の舵取りをされている事の方々は、本当にこれでよいと考えているのだろうか。そして選手たちは、Tリーグで勝った回数に左右されるような選考方法に声を上げなくてよいのだろうか。

一般の卓球ファンやメディアがどれだけ声を枯らそうとも、状況を変えることができるのは、これらの方々の他にはいないのである。

卓球コラムニスト

1964年岩手県奥州市生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学時代に卓球ネクラブームの逆風の中「これでもか」というほど卓球に打ち込む。東北大学工学部修士課程修了後、ソニー株式会社にて商品設計に従事するも、徐々に卓球への情熱が余り始め、なぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなり、地域の小中学生の卓球指導をしながら執筆活動に勤しむ。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。「ロックカフェ新宿ロフト」でのトークライブ配信中。チケットは下記「関連サイト」より。

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