東京五輪2020の卓球競技で、各国の選手たちが「チキータ」と呼ばれる技術を駆使して戦った。「チキータ」とは、もともとは1990年代にボールの軌道を曲げる技術として登場し、アメリカのバナナのブランド名から名づけられた。それを中国の選手が激しい前進回転をかける技術に改良して優勝したのが2011年の世界選手権だった。その威力は卓球界に大きな衝撃を与えた。打法という点では卓球史上最大の技術革新だったと考えられる。

卓球では卓球台の中と外は別世界だ。卓球台の外のボールに対しては、ラケットを激しく振り上げてボールに前進回転をかける「ドライブ」を打つことができるからだ。トップ選手ともなるとその回転数は毎秒150回転を超える。軌道が激しく下に曲がるため、ネット上端ほどの高さで打っても相手が反応できないほどの速球を安全に打ち込むことができるまさに理想的な打法である。だからほとんどの攻撃選手は、それが可能なボールは一球も見逃さずにドライブしようとする。

フォアハンドドライブを打つ石川佳純
フォアハンドドライブを打つ石川佳純写真:Lee Jae-Won/アフロ

バックハンドドライブを打つ石川佳純
バックハンドドライブを打つ石川佳純写真:ロイター/アフロ

しかし、上の2枚の写真を見てわかるとおり、ドライブはボールよりもかなり下から振り上げる打法(これほどの距離を使ってラケットを加速するからこそ威力のあるボールが可能となる)であるため、卓球台の中のボール、すなわち卓球台で2回以上バウンドする短いボールに対しては、卓球台が邪魔になって打てない。だから卓球台の中は、相手にドライブを打たれずに済む、いわば卓球台という城壁に守られた絶対安全圏だったのだ(ボールが高ければスマッシュを打たれるので、低いことは大前提)。戦術はそれを前提に組み立てられた。

その絶対安全圏をなくしてしまったのがチキータだった。バックハンドでスイングの回転半径を小さくし、ラケットを210度も回転させることでスイングの速さを上げ、ラケットを卓球台より下げずに卓球台の中のボールまでドライブする技術(そのため「台上バックハンドドライブ」とも言われる)である。

チキータの概念図(石川佳純に合わせて左利きの場合を筆者が作成)
チキータの概念図(石川佳純に合わせて左利きの場合を筆者が作成)

卓球台表面とその上空10数センチに位置するボールの間のわずかな空間で、幅15センチもあるラケットを上に振り抜くためには、水平に引いたラケットを起こしながら回転させるという精密なラケット操作が要求される。また、回転半径が小さいため、ラケットの中央と先端ではかなり速さに差があり、先端側にピンポイントで当てる必要がある。これらを満たしたとき、威力あるチキータとなる。

チキータをする石川佳純
チキータをする石川佳純写真:西村尚己/アフロスポーツ

チキータの登場によって、相手のサービスをすべて攻撃できてしまうことになったため、それまではサービスを出す方が有利というのが常識だったのが、レシーブの方が有利になったとまで言われた。あるトップ選手など「サービスを出す意味がない」と言ったほどだ。

しかし卓球の進化は止まらない。現在では誰もがチキータをするため、チキータの威力に慣れ、中途半端なチキータは逆に狙われるようになった。また、チキータは人体の構造上バックハンドでしかできないため、フォア側に短いボールを送ってわざとチキータをさせて、次のボールで空いたバック側を狙う戦術も取られる。チキータをする方は、チキータをした後にバック側に戻る速さが新たな課題となった。さらに、長いボールに対してはフォアハンドの方が威力があるため、短いボールはバックハンドのチキータ、長いボールはフォアハンドでドライブするといった矛盾する動作が求められ、その判断と切り替えの速さも勝敗を決する。

このように、チキータの登場によって、新たに必要な技術が派生的に生まれ、それらすべてが求められるのが現代卓球であり、今回の東京五輪2020だった。

卓球が誕生しておよそ120年。今後、卓球はどこまで進化して行くのか。進化に終わりはあるのか。注意深く見ていきたい。

※ チキータの使い手としては伊藤美誠も有名だが、伊藤のチキータは、横下回転がかかった独特のチキータ(それ故に相手が打球すると下に落ちる)であり、本稿で説明している前進回転のチキータとは別物である。