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「卓球」と「ピンポン」の悩ましい関係 それは120年前のロンドンから始まった

伊藤条太卓球コラムニスト
(写真:アフロ)

卓球(テーブルテニス)とピンポンの関係は意外と知られていない。結論から言えば、卓球はスポーツでピンポンは商品名である。

卓球の発祥は19世紀後半のイギリスに遡る。当時、イギリスではテニスの大流行が起こり、それを室内のテーブルの上でやろうとしたのが卓球の始まりだと考えられている。シャンパンのコルクを丸く削ったものをボールにして、タバコ入れの蓋をラケットにして打ち合ったなどという話が伝わっている。1890年には世界で最初の卓球セット『パーラーテーブルゲームズ』が、翌年には『ゴシマ』が発売されたが、まだテーブルテニスという呼び名は定着していなかった。テーブルの上でやるテニスだからテーブルテニスと呼ぶのは自然だし、そう呼んでいた人はいたが、サイコロを振ってテニスの真似事をするゲーム盤も『テーブルテニス』として売られていたくらいだから、テーブルテニスは必ずしも卓球だけを意味しなかった。そもそも卓球はそれほど普及しなかったので、名前も定着しなかったのだ。上に書いた世界で最初と2番目の卓球セットは、ともにほとんど売れず、現在までそれぞれ1、2台しか現物が見つかっていない。それほど生産量は少なかった。

卓球の運命を変えたのは、ロンドンのあるメーカーがセルロイドのボール、今で言うピンポン球を使った卓球セットを売り出したことだ。それまでの卓球セットのボールは、ゴムの表面に布や網を巻いたものであり、弾みも音もよくなかった。これに対してセルロイドのボールは、楽し気な打球音を発しながら軽快に弾み、打球感も良く、ちょっとの回転で魔法のように曲がる。しかもわずか2グラムと羽のように軽いため、室内で食器などに当たっても壊す心配がない。すべてが完璧だった。そのメーカー、ジェイクス・アンド・サン社は、この商品に『ピンポン(PING PONG)』と名づけた。19世紀最後の年、1900年のことだ。

ここからピンポンの熱狂的なブームが巻き起こった。人々は毎週のようにピンポンパーティーを催し、ピンポンに関する月刊誌や週刊誌、はては詩集まで発売される過熱ぶりだった。ピンポンは、ビジネスマンや旅行者、そして軍隊によってわずか1、2年の間に世界中に広まった。日本や中国にもこのときに伝わっている。夥しい量の類似商品が発売され、それら全体がテーブルテニスと総称されるようになったが、ピンポンという呼び名があまりにも魅力的かつ見事にこの遊戯を表していたため、テーブルテニスと同じ意味でピンポンも使われた。エスカレーター、カップヌードル、ウォークマンなどと同じ様に「商標の普通名詞化」がピンポンにも起こったのだ。

1922年にはイギリスピンポン協会が結成されたが、ピンポン大会を開こうとすると、ジェイクス・アンド・サン社が商標権を理由に「ピンポン大会を開くならすべての競技に当社の製品だけを使うべき」と主張した。協会のメンバーは、そこで初めてピンポンが登録商標であることを知り、その場でピンポン協会を解散してテーブルテニス協会を結成、それが現在の国際卓球連盟(International Table Tennis Federation)の母体となった。だから同連盟は今も卓球のことをピンポンとは絶対に言わない。

日本にも卓球は『ピンポン』として伝来し、しばらくはこの呼び名だったが、1918(大正7)年に宗教大(現・大正大)の千々和宝典が、卓上で行うことと「卓越」にも通じる良い字だということから「卓球」と名づけた。商標権が理由ではなく、この親しみやすくも素晴らしいスポーツに相応しい、堂々たる名前が必要だと考えたためだった。

なお、中国ではピンポンをそのまま残してピンパンチュウと呼び、「兵兵球」(兵の下の払いを左右片方ずつ外したもの)という字を当てている。

参考文献:TABLE TENNIS COLLECTOR(国際卓球連盟)、ピンポン外交の陰にいたスパイ(ニコラス・グリフィン)、東卓六十年史(井坂信太郎)、卓球知識の泉(藤井基男)

卓球コラムニスト

1964年岩手県奥州市生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学時代に卓球ネクラブームの逆風の中「これでもか」というほど卓球に打ち込む。東北大学工学部修士課程修了後、ソニー株式会社にて商品設計に従事するも、徐々に卓球への情熱が余り始め、なぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなり、地域の小中学生の卓球指導をしながら執筆活動に勤しむ。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。「ロックカフェ新宿ロフト」でのトークライブ配信中。チケットは下記「関連サイト」より。

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