テレビが決して伝えない「卓球選手が曲がるサービスを出す本当の理由」

曲がるサービスを出す伊藤美誠(スターツ)(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

リオ五輪での日本選手の活躍以来、それまでとは比べものにならないほど卓球がテレビに取り上げられるようになった。ワイドショーやスポーツニュースでは試合結果のみならず、技術的な解説がされることもある。

中でもサービスは、選手ごとに特徴があるし、進化の激しい技術でもあるため、たびたび詳しい解説がなされる。そこでは、ボールが激しく曲がる様子がスローモーションで映し出され、その軌道の変化に相手が対応できずにミスをしたと解説されるのが常だ。しかし、実はこれが全然違うのだ。確かに曲がることのやりづらさは多少はあるが、それらは直接得点につながるものではない。曲がるサービスの威力は、まったく別のところにある。

それを説明するためには、そもそも卓球における回転の威力とは何かということから始めなければならない。意外に思われるかもしれないが、卓球の回転の威力は軌道が曲がることではない。卓球以外のほとんどの球技が軌道を問題にする中にあって、卓球のボールは特に大きく曲がるため、いかにも打ち返し難そうに見えるが違うのだ。卓球では同レベルの対戦では、軌道の曲がりはほとんど問題にならない。曲がる方向は打ち方でわかるし追従できるからだ。たまに極端にボールを曲げる選手が話題になることはあるが、それは希だから話題になるのであって、一般的には軌道の曲がりが勝負の鍵になることはない。

卓球の回転の威力とは、ラケットに当たったときに跳ね返る方向が変わることだ。それは大きい場合には45度以上にもなる。その脅威は軌道が曲がることの比ではない。相手の打ち方から回転の方向を判断し、それに対応した方法で打ち返すのが卓球なのだ。

卓球には上下左右どの方向に跳ね返る回転もあるが、重要なのは上下方向だ。左右は卓球台の幅に入れれば良いのに対して、上下は高く入れると打ち込まれてしまうため、ネット上空20センチほどを通さなくてはならない。そのため、実質的な的は左右に比べて上下の方がはるかに狭い。トップ選手どうしの試合でのミスのほとんどが、ネットにかける「ネットミス」か、台を越す「オーバーミス」であり、横にミスをする「サイドミス」がほとんどないことからもそれがわかるだろう。

筆者作成
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そのため、レシーブをする側の最大の関心事は、サービスの回転にどれくらい上下成分があるかであり、出す側はそれを偽装することに心血を注ぐ。卓球のサービスとレシーブは、回転の上下成分の情報戦なのだ。

偽装の方法でもっとも基本的なのは、下に跳ね返る「下回転」で回転量に差をつける方法だ。回転量が多いものを「下回転」、少ないものを「ナックル」などと言う。この2つをできるだけ似たような打ち方で出すことで相手のミスを誘う。卓球選手が単に「切れた」「切れない」と言えばそれは下回転のことだ。回転「量」の判断がミスに直結するもっとも重要な回転だからだ(ちなみに、ラリー中もこれをやり続けるのが「カットマン」だ)。回転「量」が違うサービスを出すためには当然、ラケットをボールに当てるときの当て方が変わるので打球音が変わる。これを相手に聞かせないように卓球選手は足で床を打ち鳴らす。

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「下回転」と、上に跳ね返る「上回転」を出し分ける「アップダウンサービス」というものもある。しかし、下回転と上回転は、打つときのラケットの動く方向が正反対であるため、あまり強い回転をかけようとすると見破られてしまう。そのため、比較的弱い下回転と上回転の組み合わせで相手のミスを誘うのが普通だ。

そしてもうひとつが、ラケットに当たると横に跳ね返る「横回転」で、これがテレビが好んで取り上げる軌道が曲がるサービスだ。曲がるサービスの回転は一種類ではない。たとえば左に曲がりながら飛んで来るボールを考えると、回転方向の傾きによって、真右に跳ね返るものもあれば、右下に跳ね返るものもある。時計の文字盤で言えば、3時の方向や4時の方向だ。もちろん2時もあれば5時もある。これらの跳ね返り方向は、右という点では共通しているが上下の成分が違う。ここで上の話とつながってくる。もうおわかりだろう。この回転の上下成分の違いでミスを誘うのが横回転サービスなのだ。軌道が曲がるのは付帯現象にすぎない。

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横回転は、下回転やアップダウンと違い、最大の回転をかけつつそのわずかな方向の違いで上下成分の差を出すため、判別が容易ではない上に効果は絶大だ。

ごく大雑把に言えば、ラケットに当たってから跳ね返る方向は、サービスの時のラケットの動く方向と同じだ。ラケットが3時の方向に動けば3時の方向に跳ね返り、4時なら跳ね返る方向も4時だ(上で説明した下回転と上回転も、この法則に従っていることが図を見ればわかるだろう)。サーバーは、相手にこれらの判別がつき難いようにラケットを動かす方向を急激に変えながらボールを打つ。そうすると同じスイングの中で当てる位置を変えることで違う方向の回転をかけることができる。それを見抜く眼力がレシーブの成否を分ける。

筆者作成
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それらは、跳ね返る方向によって「横回転」「横下回転」「横上回転」などと言われるが、実際の卓球選手の会話では単に「上」「下」と言われることがほとんどだ。「吉村真晴のYGサービスは上と下が全然わからない」という具合で、「右だ」「左だ」などとは絶対に言わない。横方向は一目瞭然である上にミスに直結せず、わからなくてかつミスに直結するのは上下成分だからだ。

そのYGサービスは、テレビでは「通常のサービスと逆の方向に曲がるために相手が意表をつかれる」と説明されるが、もちろんこれも違う。どちらに曲がるかは打った瞬間にわかるし、試合中に同じサービスにそう何度も意表を突かれる選手などいない。YGサービスが効くのは、回転の上下成分がわかり難い打ち方だからだ。

現在、卓球界でもっとも威力のあるサービスを出すのは伊藤美誠だろう。その種類は多岐に渡り、下回転、ナックル、上回転、左右の横回転、それらの間のあらゆる回転をさまざまな打ち方で出す。すべては回転の上下成分の偽装が目的だ。それを相手に誤認させるために、構えから打ち終わりまでラケットを激しく複雑に動かしながら打つ。当然それは、自らの振りがブレることにつながるため極めて難しい。普通の選手がやれば、相手より先に自分がミスをしてしまう。それができるところが伊藤の凄いところなのだ。

ちなみに伊藤がラリー中に見せるチキータや逆チキータも、曲がることばかりが解説されるが、それも違う。伊藤のこれらの打法は、サービスと同じようにラケットをUの字に激しく動かしながら打つために、回転の上下成分がわかり難くて相手がミスをするのだ。だからそのミスは、空振りではなく、ネットミスかオーバーミスだ。ラリー中の動いているボールに対してこういう打ち方をするのは、サービスよりも更に難しいことは言うまでもない。

卓球における回転の役割は、未経験者から見れば複雑怪奇な理解しがたいものに見えるだろう。卓球経験者も、わかってはいても経験のない人に説明をすることは難しい。つい相手に合わせて「曲がるから」で済ませたくなる。自転車の乗り方と同じで、しばらくやってみれば誰でもわかることを、やる予定のない人にクドクドと説明する必要もない。そうした事情で、わかりやすく説明するノウハウがなかったのだ。しかし、一般の方々の卓球観戦の機会が増えた昨今、この状況はあまりにももったいない。回転こそが卓球の醍醐味なのであり、それを理解することは卓球観戦をより深く楽しいものにする。本稿はその説明の初の試みだ。試みが成功していることを願う。