水谷隼がファンからの質問に衝撃の回答「必要ない」 そこに見るレジェンドの矜持とは

強烈なフォアハンドを打つ水谷隼(木下グループ)(写真:アフロ)

水谷隼が、ファンから寄せられた質問に対して衝撃的な回答をし、ファンを驚かせた。

回答をしたのは卓球王国WEBの「卓球元気ネットワーク」というコーナーで、新型コロナウィルスの影響で練習ができない卓球ファンに向けて企画されたもの。ファンからの質問に対して水谷の他、松平健太などのトップ選手が動画で回答する企画だ。

質問は「下回転に対するバックハンドのスピードドライブを打つ方法を教えてください」というものだったが、それに対する水谷の回答は「それは必要ないので、そこに練習時間を割くのは間違っている」というものだった。

水谷選手が「スピードバックハンドの打ち方」に回答

卓球ではテニスやバドミントンと同じく、身体の利き腕側で打つ「フォアハンド」と、身体の正面あるいは利き腕と反対側で打つ「バックハンド」がある。質問は、そのバックハンドで速いドライブ(前進回転)を打つ方法についてだが、水谷はそれが必要ないと言うのだ。その理由は「ミスが多くなるし、入ってもカウンターされるから」というものだった。ほとんどの卓球選手はバックハンドよりフォアハンドの方が得意なのだから、速いボールを打ちたいなら動いてフォアハンドで打てばよい、わざわざリスクを冒して威力も安定性も低いバックハンドで打つ価値がないというものだ。「自分は試合ではそういうボールは1本も打たない」とも付け加えた。

卓球競技の本質に根差した金言といえる。同じラケット競技であるテニスなら、来たボールに合わせて足を踏みかえる時間的余裕があり、バックハンドでもある程度強いボールが打てる。ところが卓球では、足を踏みかえる余裕がないため、バックハンドをほとんど体の正面で打たなくてはならない。そのため、バックハンドはフォアハンドに比べてスイングの回転半径も回転角度も極端に小さく、ラケットのスピードを出しにくい。だからほとんどの選手がフォアハンドの方が圧倒的に威力がある。その上コートが狭いので、バック側に来たボールを動いてフォアハンドで打つことが、やろうと思えばギリギリできてしまう。他のどの球技よりプレー領域が狭いにもかかわらず、異様に激しいフットワークが要求されるのはそのためだ。

筆者作成
筆者作成

実際の試合では水谷も速いバックハンドを打っているように見える。しかし注意深く見るとそれは、相手のボールが速かったり前進回転がかかっている場合に限られる。卓球は、ラケットに比べてボールが極端に軽いため相手のボールに押されることがなく、相手のボールが速いほど当てるだけで速いボールにして打ち返すことができる。また、ラバーはその弾性によって相手のボールの回転を反転する機能があるため、相手のボールに前進回転がかかっているほど容易に前進回転つまりドライブにして打ち返すことができる。だから相手のボールが速かったり前進回転がかかっている場合には、スイングが遅いバックハンドでも容易に速いボールが打てる。そうした場面では水谷も速いバックハンドを打つ。

筆者作成
筆者作成

しかし質問は「下回転に対するドライブ」だ。下回転とは前進回転と反対の回転だ。これをドライブしようとすると、ラバーが持つ回転の反転機能が逆に作用するため、それに打ち勝つほど速いスイングが必要となる。だから、下回転に対するドライブは、あらゆるドライブのうちで最も速いスイングが必要となる(逆にもっとも遅くて良いのが、意外なようだが相手のドライブをドライブし返す「カウンタードライブ」だ)。それをバックハンドでやることはリスクが大きくリターンが小さいため、やる意味がないと水谷は言っているのだ。

これは、ある程度の卓球経験者や指導者なら強く認識していることだが、広く言われているわけではない。そのため、リスクを考慮せず何でもできないよりはできた方が良いだろうと、漠然とすべての技術を身につけようとする人が多いのだ。その結果、水谷もやらないような難しいことにまで挑戦してしまう(だから質問が来たわけだ)。そういう選手にとって、今回の回答はまさに値千金のアドバイスだった。

普通、トップ選手はこういう断定的なアドバイスはしてくれない。まして「必要ない」などという否定的なことは言わない。卓球のセオリーは確率の問題でもあるから常に例外があるし、将来は通用しなくなるかもしれない。実際、トップ選手の中には下回転に対して強烈なバックハンドドライブを打つ選手もいないわけではない。そのため「外してしまう」のを恐れて断定しないのが普通なのだ。卓球が年々攻撃的なものに進化している昨今、それと逆行するようなことはなおさら言いづらい。にもかかわらず、リスクとリターンの緻密な計算によって15年以上もトップを維持してきたはずのこの男は、ここではあえてリスクを冒して断言する。

そこにあるのは、経験に裏打ちされた確信と、何より、逃げ場を作ったアドバイスはしないという矜持だろうと思う。