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福島を拠点に新エネルギー源「藻類バイオマス」が動き出す ~原発事故の先に光をもとめて~

一志治夫ノンフィクション作家
福島県南相馬市にある「藻類産業創成コンソーシアム 藻類バイオマス生産開発拠点」

メルトダウンの爪痕を見ながら拠点へ向かう

常磐道に乗り、東京から福島県南相馬市にクルマで向かう。

茨城県を通過し、福島県内に入る。右手には太平洋の海原がちらちらと顔をのぞかせる。濃い常緑樹の緑と勢いよく新芽を吹き出した落葉樹の山々のコントラストがこの上なく美しい。

しかし、福島県に入って少しすると、ふつう高速道路ではお目にかからぬ掲示板が目に飛び込んでくる。放射線マイクロシーベルトの現在値を表示する電光板だ。0.1で始まった数値は、福島第2原発の横を過ぎ、進むにしたがって0.6、0.7、0.9と上がっていく。

同時に高速道路の両側の風景も変わっていく。田畑に置かれている黒いシートで包まれた汚染土のかたまりがどんどん増えていくのだ。やがて、屋根が崩れ落ちたり、手入れされることなく放置された家屋が多くなっていく。「帰宅困難地域」だ。高速道路上の電光板には「4.2マイクロシーベルト/毎時」の表示が出てきた。東京で1時間に浴びている100倍以上の放射線量である。

南相馬市の近代的なバイオマス拠点

5年たっても変わらぬ厳しい状況を目の当たりにしつつ常磐道を走り続け、南相馬市に入る。南相馬市の中心街は、外食産業も賑わい、人々も普段の生活を取り戻しているようだった。市内小高区では帰還叶わず、いまだ仮設住宅で暮らす人々もいるわけだが。

市街地を抜け、少し進むと、今日の目的地「藻類産業創成コンソーシアム 藻類バイオマス生産開発拠点」が見えてくる。田畑の中に立てられた施設は、付近に障害物もなくすぐにわかった。

「藻類バイオマス生産開発拠点」の建設が始まったのは2013年11月のことだ。一昨年の夏には部分的に研究開発のための運用が始まり、昨年の夏からは1000平米の大規模培養設備が始動。全施設が完成し、本格的に可動しだして半年が過ぎた。

福島で、この拠点が出来た理由は、もちろん、東日本大震災と無縁ではない。原発事故によって農業がたちゆかなくなり、広大な農地があいたこと、新たな産業によって雇用を創出するニーズが生まれたことなど、次時代の礎が求められていたのである。この拠点は、「福島県再生可能エネルギー次世代技術開発事業」として、福島県から支援を受けてつくられたものだ。

筑波大学の渡邉信教授と出村幹英主任研究員
筑波大学の渡邉信教授と出村幹英主任研究員

何億年もの時を飛び越えて、短時間で原油化する

施設は、藻を培養するために必要な窒素、リン等の肥料を含む「培地」が大量に入った開放型の「培養水槽」と、増やした藻を収穫・濃縮してオイル化する設備から成り立っている。「藻類バイオマス生産開発拠点」の施設の最大の特徴は、地元に生息する藻類を増殖させることにある。地元で採取した藻類や「培地」に飛び込んでくる藻類を「レースウェイポンド」と呼ばれるプール状の水槽内で繁殖させ、水車のような羽根を回転させ、培地をゆっくりと流しながら増やしていく。そうやって1~2週間の間に増えてきた藻類を収穫・濃縮して、「水熱液化」という方法で原油化する。

渡邉教授とともに開発研究を続ける筑波大学の出村幹英主任研究員はこう説明する。

「いま中東で採掘されている原油も、1~2億年も前の藻類の死骸が海底に蓄積し、当時の海底の高温高圧環境の中で、変質してできたものです。その地質学的な時間を短時間でやってしまおうというのがこの水熱液化装置です。350度20気圧程度の高温高圧にすると、生物体である藻の有機物が変質して原油になるんですね」

藻類の培養→パイプで機械室へ→遠心分離器で水分と藻の分離→水熱液化装置で高温高圧化→原油化という手順で藻は原油となっていく。イカダモという種類の藻が中心だが、特定のものはない。自然に入ってくる種類でいいのだという。

藻類バイオマスは、穀物バイオマスに比べて耕作面積当たりのオイル生産量は飛躍的に多く、また食糧生産と競合するようなこともない。いいことずくめのようだが、もちろん課題もある。価格だ。

渡邉教授が言う。

「これから3年の間に藻類からできる原油の値段がどこに収まるか、1000円なのか、100円なのか。いまの段階ではまだ見えていません。いろんな人が新聞などで過大なことを言ってますが、実際にはどこに根拠があるのかわからない、という事例も多いのです。いま、ここでやっている実験条件で試算すると、原油リッターあたり4000円を超してしまいます。これを条件を改良することによって、95円まで下げられる、というのがベストシナリオ。ワーストシナリオは下げていっても1200円どまりとなることです。こうなると商品化は難しいです」

藻を入れる遠心分離器。乳製品工場などでも使われている市販のもの
藻を入れる遠心分離器。乳製品工場などでも使われている市販のもの
藻類から原油を取り出すためにつくられた専用の実験設備
藻類から原油を取り出すためにつくられた専用の実験設備

「下水で藻類が繁殖し、下水も綺麗になる」が理想

藻類オイルの産出で一番金がかかるのは、肥料だ。これまでの条件では生産費用の約半分を肥料代が占めている。藻を繁茂させるためには、他の植物同様、栄養分の入った「培地」を水槽の中に投入しなければならない。しかし、光明もある。肥料の代わりに下水を用いれば、飛躍的に価格が下がるのだ。

渡邉教授が説明する。

「下水は非常に栄養分が豊富で、水中に住む藻類にとっては美味しい食べ物がいっぱいある水です。肥料を下水に替えるだけで原油リッターあたりのコストが大幅に減る。下水処理場から下水をパイプでひっぱってきて、藻類が下水の窒素、リン、BOD(生物化学的酸素要求量)等の栄養分を摂取して増えていく。そして、培養排水は、窒素やリン、BODがほとんどない、そのまま自然界に流せる綺麗なものとなる。まさしく『下水で藻類が繁殖し、下水も綺麗になる』、それが理想です。逆に、藻類を培養・収穫したあとの廃水をもう一度下水処理場に戻して綺麗にしなければならないとなると費用がかかってきます。『下水で藻類が繁殖し、下水も綺麗になる』…これがうまくいけば急に実用化が現実的になってきます。でも、2010年ぐらいの段階では、『下水処理と藻類の生産を統合します』と言ったら他の研究者たちに笑われていました。ローテクノロジーだ、と。ただ、その後、震災が起きて、宮城県と福島県から是非やってくれ、と話がきました。『絶望状態の中からひとつでも光が見たい』、と言われたのです」

日々現地で藻の管理にあたる玉川雄一所長(左から3番目)と所員たち
日々現地で藻の管理にあたる玉川雄一所長(左から3番目)と所員たち

福島から発せられる「光」

渡邉教授は、この福島県南相馬の施設が将来的に全国の藻類バイオマスの拠点となることに期待する。

「本当にうまくいったら、結構広大な土地が必要になってきます。福島は原発事故もあって、利用しづらい土地が多く生じてきていて、場合によっては200ヘクタールの広大な面積を利用することも可能だし、国内でのバイオ燃料生産のニーズに応えられる。福島には将来性が一番あります。それと、バイオ燃料の成功が第一ではあるけれど、藻類バイオマスには、化粧品やプラスチック、樹脂関係、飼料などいろいろな用途が考えられる。そうなると、他の産業も創出され、より一層の雇用も生まれると思うのです」

これまで、渡邉教授は「休耕田の利用を」と唱えてきたが、農地のままでも、法律上、藻類の生産は行えるのだと言う。

「通常の農地のままで藻類の生産はできる、ということをいま農水省は認めてくれています。オイル生産という点から見ると、菜の花よりずっとその生産性が高いです。また、土着の藻類でいいということは、他のものが混じってもいいので、管理が楽です。コンクリートでできたような立派な施設でなくても、田んぼをレースウェイのような形にして、ビニールを敷いたような簡易なものでもできると思う。農業をやってきた人がすぐに取り組めるという利点もあります。単一種に限定となるとある程度の専門知識や技術がいるので、普及するのに時間がかかりますが、土着の藻類を使うとなるとそんな心配もなくなるわけです」

課題はあるものの、福島発の新エネルギーの創成には大いなる可能性が秘められている。各地方が地元の土着藻類を使って石油や原子力に替わるエネルギー源を確保する、そんな夢物語が現実になる第一歩は、この福島での実験にかかっている。その答えが出るのは、遅くとも3年後、である。

常磐道上の電光掲示板には、毎時4.2マイクロシーベルトと表示されていた
常磐道上の電光掲示板には、毎時4.2マイクロシーベルトと表示されていた
ノンフィクション作家

1994年『狂気の左サイドバック』で第1回小学館ノンフィクション大賞受賞。環境保全と地域活性、食文化に関する取材ルポを中心に執筆。植物学者の半生を描いた『魂の森を行け』、京都の豆腐屋「森嘉」の聞き書き『豆腐道』、山形・庄内地方のレストランを核に動いていく地域社会を書いた『庄内パラディーゾ』、鮨をテーマにした『失われゆく鮨をもとめて』、『旅する江戸前鮨』など環境・食関連の書籍多数。最新刊は『美酒復権 秋田の若手蔵元集団「NEXT5」の挑戦 』。他ジャンルの著書として、、1992年より取材を続けているカズのドキュメンタリー『たったひとりのワールドカップ 三浦知良 1700日の戦い』がある。

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