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広島・呉を3人制バスケの聖地に。自称“持ってない”社長が苦境で燃やす野望

イソナガアキコフリーライター

生きていれば誰もが何かしら人生の壁にぶち当たることはある。でもそれが自分の力ではどうしようもないほど規格外の壁だったとしたら…。広島ドラゴンフライズ(B.LEAGUE)の選手だった仲摩匠平さん(35)は、同チームを退団後、「好奇心と勢いだけで」広島県で初となる3x3(スリー・エックス・スリー)のプロチーム「スリストム広島」を立ち上げた。周囲の理解を得られずもがいた1年目。そして迎えた2年目に起きた新型コロナのパンデミック。次々と立ちはだかる壁を彼はどう乗り越えたのか。そして乗り越えた先に見えた景色とは。

好奇心が全ての原動力

「『面白そう』という好奇心が僕の全ての原動力なんです」

3x3のプロチーム「スリストム広島」を立ち上げたときのことを、仲摩さんはそう振り返る。広島ドラゴンフライズを退団後、他チームでの選手続行や教師の話などいくつか選択肢はあったが、どれもピンとこなかった。そんなとき、ある知人から3人制バスケットボール「3x3」の話を聞く。

「調べてみると東京オリンピック正式種目に初採用され、プロリーグもあるのに広島にはプロチームがないという。そこに可能性を感じて、それなら自分がプロチームをつくれば面白いことができるんじゃないかと考えたんです」

5ヶ月後には株式会社スリストム広島を設立。社会人経験ゼロでいきなり代表取締役社長になった。慣れない業務に戸惑いながら、選手時代のツテを頼りにスポンサー集めと、選手集めに奔走した。

「お前がやるなら応援してやるよ」そう言ってくれる知人や支援者がいた一方で、「広島ドラゴンフライズの選手」という看板がなくなった瞬間、手のひらを返したように離れていく人もいた。

「5人制がダメだったから3人制にいくんだろ?」

「バスケしかしたことのないお前に経営なんてできるの?」

そんな言葉を投げかけられることもあった。思わず口からこぼれ出そうになる言葉をグッと喉の奥に押し込んだ。

「今ならわかるんです。スポーツ選手が引退していきなり会社やるって言ってきたら、そりゃそうなるよなって。でも当時は『どうしてわざわざそんなことを言うんだろう』って、やっぱり悔しかった」

突きつけられたネガティブな言葉は、自分がその先に進むためのモチベーションにした。「いつか見返してやる」。気持ちを切り替え、前だけを見続けた。

突破口をつくった大きな決断

もう一つ、営業活動をしながら痛感したのは3x3という種目の認知度の低さだった。「まずは3x3のことを知ってもらわなければ何も始まらない」。そう考えた仲摩さんは「3×3.EXE PREMIER」の大会の誘致を決心する。「3×3.EXE PREMIER」は大会誘致制度を導入しており、誘致権を購入しさえすれば地元で大会を開くことができた。

「もちろんその購入費は安くないし、大会を開くとなれば会場や人員の確保も必要です。チーム運営自体が軌道に乗っていない1年目で、そこにチャレンジするのはどうかという意見もありました。でも実際に試合を見てもらうことで伝わることがきっとあるはず、という確信があったんです」

仲摩さんは誘致権を購入し、広島での大会開催を決めた。会場に選ばれたのは仲摩さんの生まれ故郷でもある呉市の中央公園。そして呉市に甚大な被害をもたらした西日本豪雨災害のちょうど1年後にあたる7月6日に、「呉市復興支援マッチ」として開催されることになった。

迎えた大会当日。快晴の空の下、仲摩さんは関係者とともにコートを眺めていた。一つひとつのプレーに大きな歓声があがる。はつらつと、嬉しそうにプレーする選手たち。それは想像をはるかに超える景色だった。

「ああ、またこの景色を見たい。来年もここで大会を開こう、いや毎年この場所で開催しよう。そう思いました」

天国から地獄へ 絶体絶命のピンチ

呉市での大会開催はメディアにも取り上げられ、周囲の反応も上々だった。翌シーズンのスポンサーも早々に決まり、準備万端で迎えた2年目の2020年シーズン。「よし、これからが本番だ」。意気込む仲摩さんの目の前で、新型コロナウィルス感染症のパンデミックが起きる。開催されるはずだった2020年シーズンの全試合とイベントの中止が発表された。

「嘘だろ」。パソコンの前で頭を抱えて呟いた。全ての計画が目の前で崩れていった。呆然となりながら、足はスポンサーのもとに向かっていた。すでに集めていた協賛金は全額返金という可能性もある中で、状況を説明し謝罪した。するとほとんどのスポンサーが「返さなくていいよ、応援するよ」と言ってくれたという。

「正直、助かったと思いました。同時にその気持ちに何が何でも応えなくてはいけない。チームを存続させるためにできることは何だろう、ということで頭はいっぱいになっていました」

試合ができないなら、チームで動けないなら個人で動くしかない。「スリストム広島」の存在を忘れられないために、ブログを毎日更新し、苦手意識のあったSNSを始めた。インスタグラムのライブ配信でファンと交流を重ねながら、一緒に公式オリジナルグッズを企画・製作した。

「何が正解かわからなかった。迷いながら、それでも進むしかなかった」

そうやって少しずつ蒔いた種は、着実に芽を出し育っていた。試合ができなくてもスポンサーは離れなかったし、ファンは少しずつ増えていた。地道な活動は地元メディアに取り上げられ、新しい仕事につながることもあった。

「スリストム広島は“地域浸透型”のチーム。地域密着よりもう1つ下に降りて地域の人と交流を深めるのが創立当初からのモットーでした。そう考えると、案外、自分たちらしい活動ができた1年だったのかもしれない」

2020年をそう振り返った。

“持ってない”男の進化と真価

そして3年目となる2021年シーズン。途中、感染拡大により中止になったラウンドはあったものの、大会は無事開催された。スリストム広島は今シーズンも大会誘致権を獲得し、呉市で大会を開くことになった。

観客数の制限などあったものの、2019年と同じ「呉市中央公園」を会場とし、準備万端で迎えた当日。なんと天気は雨。大会前日に公園に設置していたコート一式を急遽撤収し、隣の体育館に会場を移して開催した。

「やっと大会を開催できたのに雨に見舞われるなんて、つくづく持ってない男だと思った」と自虐気味に笑うが、試合の方は1年分の鬱憤を晴らすように快勝。その後のラウンドも順調に勝ち進み、念願のプレーオフ進出を果たした。また仲摩さん自身も、2021年のベストオーナー賞を受賞した。

「受賞の知らせを聞いたときはびっくりしたけど、徐々に嬉しさがこみ上げてきて。今まで支えてもらった人たちの顔が走馬灯のように浮かんできました。トロフィーを手にした瞬間、『よし、ここからだ!』と気合いが入りました」

駆け寄ってきた選手たちと笑顔でグータッチを交わした。仲間の存在が何より嬉しかった。

3年かけて得た宝物

「自分も賞をいただくことができて、チームもトップレベルで戦えるところまできた。3年目でやっといろんなことを形にできるようになった実感がある。それは一緒に動いてくれる人が増えたということでもあると思うんです」

スリストム広島を立ち上げた2018年は、「自分が何者でもない」ということを嫌というほど思い知らされた1年だった。

「実はつい最近、昔、手のひら返しをされた人から『頑張っとるね』って声をかけられたんです。一度は目を背けた人がもう一度僕を見てくれるようになった。それは素直に『よっしゃ』と思いましたね。やっと何者かになれたのかなって」

今後について、まず当面の目標は2022年シーズンも呉市に「3×3.EXE PREMIER」の大会を誘致して「3x3といえば呉市」という認知を広めること、としながら「東京オリンピックがあって、バスケ界が少し注目されたこのタイミングを逃したくない。来季こそはバスケのイベントを広島でたくさんやりたいですね」。

自分が生まれ育った地元の広島で、大好きなバスケに関わる活動ができる喜びを熱く語る仲摩さん。2022年はさらに見晴らしのいいステージに登って、新しい景色を眺めているに違いない。(2021年1月7日;記事一部修正)

■ 仲摩 匠平(なかま・しょうへい)

広島県出身。大阪商業大学卒業後、2009年にIBL(米独立リーグ)の日本人チーム「ニッポン・トルネード」でプレー。2010年、bjリーグ「島根スサノオマジック」に入団。2014年からNBL「広島ドラゴンフライズ」でプレー。2018年に広島県初の3人制プロバスケットボールチーム「3 STORM HIROSHIMA.EXE(スリストム広島)」を創立。現在、株式会社スリストム 代表取締役社長として活動中。

スリストム広島公式サイト http://3storm.co.jp/

仲摩匠平ブログ https://ameblo.jp/n-shohei/

フリーライター

約10年のWEBディレクター業ののち、2014年よりフリーライターへ。瀬戸内エリアを中心にユニークな人・スポットの取材を続ける。本・本屋好きが高じて2019年、本と本屋と人のあいだをつくる「あいだproject」を主宰。ブックイベントの企画・運営にも関わる。

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