2024年/2028年オリンピック開催都市の同時決定は何をもたらすか 東京オリンピックを考える(8)

(写真:ロイター/アフロ)

 7月11日、IOCが歴史的決断を行った。今秋、オリンピック2024年大会の開催都市選定が行われることになっていたが、通常は7年前に行われる決定プロセスに先立ち、次々回大会(2028年)の決定も同時に行ってしまおうというものだ。窮余の策に頼ったIOCの決断をどのように評価できるのだろうか。

二大会を同時決定しなければならない背景

 IOC憲章には、開催都市の選定が以下のように規定されている。

33-1.「開催都市の選定は総会の特権である。」、2.「IOC理事会は総会で選定が行われるまでに手続きを定める。特別な事情を除き、選定はオリンピック開催の7年前までに行われる。」

 今回の決定は33-2.の特別な事情に該当し、11年前に開催地を決定するという異例の判断となる。IOCの決定にはいくつかの理由が考えられる。第1に、2024年大会の立候補都市がフランスのパリとアメリカのロサンゼルスという、ともにオリンピック開催経験のある世界的にも有名な大都市であること。第2に、パリが1924年大会から100年後の記念大会をねらっているのに対して、当初の報道ではロサンゼルスが敗れた場合、この大会一度限りの立候補になると示唆したこと。ちなみにアメリカは、2012年大会はニューヨーク、2016年大会はシカゴが立候補して敗れたため、2020年大会への立候補を禁じていた。第3に、今大会の選定には、ローマやブダペストなどいくつかの都市が加わっていたが、住民投票などで撤退に追い込まれ、最終的に残ったのはこの2都市のみとなったこと。第4に、リオや東京大会をはじめ、開催都市の経済的負担がとどまることを知らず、肥大化したオリンピックを止める手立てが今のところ見つかっておらず、正規の手順で今後のオリンピック立候補都市が現れるのかが不安視されていたことなどである。

今回の判断は妥当なのか

 先に見たとおり、選定手順の決定はIOC総会の特権事項であるため、今回の決定自体に瑕疵はないのだろう。ただし、通常の手順では9年前から立候補都市がゲームコンセプトを創り出すため、仮に2028年大会の立候補を検討している都市があった場合、その都市はチャンスすら得られないことになる。一方で、2028年大会は2024年大会に落選した都市が決定することになるため、11年も先の決定を果たして当該都市の住民は支持できるのか、という問題が浮上する。かつてアメリカのデンバーは、1976年に開催が決定していた冬季大会を住民投票によって返上している。このような辞退が再び起こりえないとは限らない。

オリンピックのレガシーはどこへ消えたのか

 近年のオリンピックはポジティブな遺産=レガシーを生み出すことを目標に、開催都市の招致レースを方向付けてきた。レガシーという言葉が一人歩きしていることの功罪については拙共編著(『〈オリンピックの遺産〉の社会学』、青弓社、2013年)で論じているが、そのことが結果としてバラ色の招致プランを掲げさせ、招致決定後の準備段階で見積もりの甘さを顕在化させることは東京大会を見れば明らかだろう。しかしながら、これまで開催をすることだけが目的だったオリンピックに、開催後を見据える視点を持ち込んだという意味でレガシーの役割は一定程度評価できる。ところが、今回の決断は、レガシー戦略が破綻しかけていることを図らずも露呈したことになる。一番のレガシーを創出できうる都市が開催地に選定されるという建前で、多くの都市が競い合ってきたからだ。ニューヨークやシカゴ、マドリードやイスタンブールはこの決定をどのような想いで見守っているだろうか。

 今回はっきりしたのは、リスク回避のために、IOCが初めての開催地が登場することによるオリンピック・ムーブメントの拡散よりも、大都市の開催による商業主義を優先したことである。商業主義との歩みを開始した1984年のロス大会の経験から、ロスの手腕に期待することも理解できなくはない。仮に2028年大会がロスに決まった場合、スタジアムの大規模化に道を開いた1932年大会も含めて、すべてのロス大会が対抗都市のいない中での単独決定となる。ロスに託される責は重い。夏・冬季大会の立候補都市の激減という状況を見るにつけ、オリンピック消滅の危機が高まっているとは言い過ぎだろうか。コンパクトなオリンピックを掲げた東京は、改善の方向性を示せないまま、開催まで3年を切ろうとしている。オリンピックがたどり着いた地点と今回の決断がもたらす影響について、今一度議論することが必要である。