「海の森水上競技場」について考える 東京オリンピックを考える(6)

(写真:ロイター/アフロ)

東京オリンピック・パラリンピックの開催まで4年を切った。新都知事の誕生によって、オリンピックの経費問題が再び再燃している。今回は都の調査チームが見直しを提言した3会場のうち、ボート・カヌーの会場予定地「海の森水上競技場」(以下「海の森」)について考えてみたい。

知名度の高くないボート競技

筆者は昨年11月、ボート関係者を対象にした講演会で、新国立競技場、エンブレムの問題に引き続いて、2016年は「海の森」が問題となると述べてひんしゅくを買った。「海の森」建設予算は立候補時の69億円から1038億円に膨張し、その後圧縮されたものの491億円もの費用がかかるとされ、その一部工事費用が別の予算に付け替えられていることなどが、当時からいくつかのメディアで報じられていた。サッカーなどの人気競技施設ならいざ知らず、日本では残念ながらボート競技は知名度が高くはない。階級制度を基盤にしたイギリスがボート文化を継承しており、金メダル3個を含む5個のメダルを獲得するなど、オリンピック強化の重点競技になっていることは意外と知られていない。

余談だが、戦前大日本体育協会(現日本体育協会・JOCの前身)の第2代会長で、IOC委員をつとめた岸清一氏や、1964年の東京オリンピックで都知事をつとめた東龍太郎氏など、有力なスポーツ関係者の多くが、東京帝国大学のボート部出身者であった。また、64年大会のボート競技会場となった戸田漕艇場(ボート競技場、埼玉県戸田市)は、1940年に開催される予定で、戦争のために返上した「幻の東京オリンピック」において、返上後も競技施設が作られた数少ない施設の一つである。この点からも戦前のスポーツ界におけるボート関係者の力をうかがい知ることができる。

「海の森」の何が問題か

東京で開催されるオリンピックなのだから、東京が会場候補地となるのは当たり前と思うかもしれないが、現在のボート競技のメッカが、64年大会に整備された戸田に置かれていることを知れば簡単な問題でないことがわかる。いくつかの例外を除いて、インカレや全日本選手権など、全日本級の大会はほとんどこの戸田で開催されている。ここには関東圏の大学や企業をはじめとする、多くの合宿所兼艇庫が設置されており、64年大会の遺産(=レガシー)となっている。都心からも比較的アクセスが良く、競技の中心を担う大学生の多くは戸田の合宿所で寝泊まりをし、ここから大学に通う生活を送っている。

現在の戸田コースは国際大会の規格に照らすと幅が狭く、拡幅が難しいことから、候補地から真っ先に外れた。現在名前が挙がっているいくつかの候補地(長沼、長良川、彩湖)を検討した結果「海の森」が最適である、というのが日本ボート協会や組織委員会の出した結論であった。

では、なぜ建設費が膨張しているかと言えば、既報のように、会場予定地は埋立地の最南端にあり、風や波の影響を受けやすいため、消波装置の設置や防風対策が必須で、地盤の改良工事などにも費用がかさんでいるからである。

仮に競技の公平性を担保する条件が整備されたとしても、その費用が500億円もかかるのであれば、費用対効果の面から疑念を呈さざるを得ない。「海の森」は現状では交通が整備されておらず、利用の面でも不安視されている。また、全日本級の大会を恒久的に開催する競技場とするには、コース周辺に合宿所・艇庫の整備が欠かせないが、運営費の削減問題で窮する大学には、新設の施設を準備する余力があるとは思えない。他競技のように、競技施設に選手が移動し、用具も持参できる競技では問題ないが、ボート競技は特性上、ボートがなくては競技ができないため、仮に離れた会場で実施される場合はボートを運ばなければならない。エイトと呼ばれる最長の艇は全長18メートルにも及ぶことから、この運搬費は非常に高額となり活動を阻害する要因となっている。関東に拠点がある現在でも、関西や遠方の大学は毎年この問題に頭を悩ませているはずだ。

レガシーとしてのボート競技場をどのように位置づけるのか

それでは、ボート競技場は長沼(宮城県登米市)が最適なのか。一回のオリンピックを開催することに焦点化すれば、国際大会の規格にあった競技場を整備できる場所であればどこでも良く、地元自治体が整備費を負担できる余力があれば良いと言うことになる。この点、現在のオリンピック支援策では国の関与は全く期待できない。ここに来て急に言われるようになった「復興オリンピック」との関係が長沼に風を吹かせている。

ただし、先にも書いたように、ボート競技のメッカ(あくまでも関東に限定して)は戸田にある。その意味で、全日本級の大会を恒久的に開催する候補地としては不適だろう。東北の拠点として、数年に一度開催される可能性がある国際大会の候補地と位置づければ移転の意義もあるだろう。この点では2005年に国際大会を開催した長良川(岐阜県海津市)も候補となる。

筆者は現在の戸田を有効活用する意味でも、もう一つの候補地である彩湖(埼玉県戸田市)に注目している。戸田のすぐ隣にあり、荒川本流を活用すれば艇の移動も十分可能となる。ただし、ここは荒川の水量調節池として整備されたいきさつを持ち、現在は自然保護区域に指定されていることから、「オリンピックと環境問題」という古くからある問題を再燃させかねない。技術的に可能なのか情報公開が十分でないこともあって、今後の展開を見守りたいと思う。

以上のように、図らずも注目されることになったボート競技場の開催地であるが、費用問題のみに焦点化されており、大会後の施設利用に関する議論が十分ではないように感じる。また、この施設に重大な問題が隠されていることを知りながら十分に報道してきたとは言えない大手メディアに、スポンサー契約の影響があることを懸念している。新都知事の手腕が問われるとともに、4年後のオリンピックの方向性を今一度議論し直す契機としたい。