リオ・オリンピックの開幕と理念 東京オリンピックを考える(5)

(写真:ロイター/アフロ)

まもなく、第31回オリンピック・リオデジャネイロ大会が開幕する。ブラジル大統領の弾劾やブラジル各地での抗議運動、聖火リレーの妨害など、開幕を前にしてさまざまな混乱状況が伝えられている。ロシアのドーピング問題も残されたまま、今やオリンピックの話題は「無事に開催されるのか」という懸念の声に満たされていると言っても過言ではない。

聖火リレーの妨害

聖火リレーの妨害で思い起こされるのは2008年の北京大会である。当時は開催国中国における人権問題への対応に懸念が広がり、抗議の意思表示の場として聖火リレーが利用された。日本の長野をはじめ、世界の多くの都市で聖火は妨害にあった。一方で、今大会のように、聖火が国内で妨害にあい、批判にさらされるのは珍しい。財政破綻寸前と言われるリオデジャネイロ州の給料未払い問題や、交通機関の不足など、行政に対する不満が原因とされる。オリンピックどころではないだろう、という意思表示である。

オリンピックが生み出す財政負担

報道されるところによれば、州と市をあわせた国の公的負債額は120兆円を越え、FIFA・W杯の開催を加えた2つのメガイベントの開催が、国の行く末に深刻な影響を与えている。また、開会式などの経費削減に取り組んできた組織委員会も、すでに約124億円を越える赤字に陥っていると報道されている。このことはオリンピックが「儲かる大会」なのか、ということに対する一つの答えを示している。そして忘れてはならないのが、オリンピック開催後に生じる施設の維持費や、建設費による負債の高止まりなど、ネガティブな影響である。問題は、たった17日間のイベントに対して実にアンバランスな経費が費やされることを、国民や市民にどのように納得させられるのかにある。

開催の理念は

リオが開催権を勝ち取った最大のアピールポイントは南米大陸初のオリンピック開催というものであった。リオの招致委員会が立候補のために作成した申請ファィルをみると、「新しい大陸、ユニークなグローバルイメージをもった都市での開催が新しい地平を切り開き、オリンピックに関心と熱狂を生み出す」とうたわれている。オリンピックの歴史にとっては重要な、16年開催を勝ち取ったこの論理も、開催地の住民にとってはさしたる重要性はない。彼らにとっては、オリンピックが何をもたらすのか、何を犠牲にして開催されるのかの方が切実な問題だからだ。

リオ大会のスローガンは「Live your passion」(情熱と共に、と訳される)である。オリンピック後のインフラ、都市の景観がもつトポグラフィー、そして都市の自然な美しさを一体化させるとの思いが込められている。このような抽象的な文言が評価に値するものか、競技者の祭典の裏で進行する、別の側面を見極める必要があるだろう。

1964年の東京大会では、日本中を駆けめぐった聖火ランナーが、今ひとつ盛り上がりに欠けたオリンピックを熱狂に変えていったとされる。4年後の聖火リレーが東京でどのように迎えられるのか、それは開催理念を含む4年間の準備にかかっている。