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センター試験28泊29日~今年だけ小笠原の高校生が苦労する理由を聞いた

石渡嶺司大学ジャーナリスト
インタビューに答える一木重夫・元村議(著者撮影)

センター試験を受けるだけで24泊25日

東京都小笠原村。東京都庁から約1000キロ離れており、フェリーが就航しています。村にある都立小笠原高校の生徒がセンター試験を受験する場合、村を出てセンター試験会場に出向く必要があります。

ところが、2016年までフェリーは観光客の少ない時期に運休。そのため、センター試験を受験するためには往復で24泊25日もかかっていました。

この状況に、一木重夫・村議(当時)が各方面に改善を求めます。その様子を、私が2016年にこのYahoo!ニュース個人で記事化したところ、ヤフトピ入り(どうでもいい情報ですが、私の記事で初めてヤフトピ入りしました)。

「センター試験24泊25日」を変えたい!~一木重夫・小笠原村議インタビュー(2016年2月10日公開)

大きな反響がありました。その後、一木村議の地道な活動が実り、2017年にはフェリーの運休期間が変更。

センター試験受験に要する期間は9泊10日と大幅に短縮されました。

「センター試験24泊25日」は「9泊10日」へ~一木重夫・小笠原村議インタビュー再び(2017年1月13日公開)

小笠原村の受験生は受験地が選択可能

ところが、センター試験最後の年となる今年は、28泊29日と逆に上京が悪くなってしまいました。

なぜそうなったのか、受験状況の改善に取り組んでいた一木重夫さん(2019年に村議を退任し、現在は海水販売会社を運営)にお伺いしました。

まず、2017年の改善状況についてお伺いしました。

「2017年にそれまでの24泊25日から9泊10日まで大幅に短縮されました。それまで観光客の少ない時期に運休していたフェリーの運航会社・小笠原海運が受験生に配慮してくれるようになったためです。合わせて受験会場も東京都内の指定会場だったものが全国どこでも希望地で受験できるようになりました」

この受験地選択は、他の受験生には誰に対しても認められているわけではありません。

原則としては、大学入試センターが指定する試験会場での受験となります。

「出願時に在学していた高校の所在地に基づいて試験場を指定しますので、高校の所在する都道府県の試験地区以外で受験することはできません」(大学入試センター・センター試験QAサイト)

大学入試センターに問い合わせたところ、

「公共交通機関の影響で7泊以上の宿泊を要する場合、受験生が事前に申請したうえで必要と認めることができれば、受験地区を選択できます」(広報担当)

とのことでした。

7泊以上かかるのは小笠原村くらいで、種子島などはそこまでかかりませんので実質的には小笠原村のみの特例、と言えなくもありません。

なお、試験会場選択の特例は2011年の東日本大震災後に該当する地域の受験生に対しても実施された前例があります。

一木さんはこの特例の背景について次のように解説します。

「小笠原は移住者が約70%いて、縁のある地域は、実は全国に散らばっています。 ざっくり言えば、東京や関東が70%くらい、それ以外の地域が30%くらいではないでしょうか。例えば過去の実例ですが、受験生の保護者が青森県出身者で県内に親戚がいました。島から上京した後に青森まで移動し親戚の家に預けられ、センター試験のために再度東京に上京。試験終了後は青森に戻り、さらに父島へ帰る時に東京へ上京するということが実際にありました。センター試験受験地選択ができるようになったのは受験状況の大きな改善、と受け止めています」

なぜ今年だけ28泊29日に?

それでは、なぜ、今年だけ、28泊29日と改悪されてしまったのでしょうか?

一木さんによると、

「もともと、フェリーは船検といって、年1回の検査で約2週間ドック入りする必要があります。2017年以降はこのドック入りの時期を2月にずらしてくれていました。しかし、今年は排ガス規制の強化に合わせた改修をすることになり、ドック入りの期間が長くなった、その影響によるもの、と聞いています」

とのこと。

「これは今年までの話で、来年以降はドック入りの期間中は代替船が運行することで調整中とも聞いています。つまり、来年以降は9泊10日程度に改善される見込みです。それでも今年の島っ子の受験生には、大学受験で一番大事な追い込みの時期に大変な思いをさせているわけで、やるせない思いです」

「28泊が『身の丈』なんですか?」

一木さんは村議だったときは無所属ですが、自由民主党員であり、オスプレイについても活用について積極的な発言をしていました。

「村議だったときは自民党都連の先輩や所属議員にもお世話になりました。ただ、萩生田光一・文科相の『身の丈』発言にはがっかりました。9泊10日でも大きな負担なのに、それが『身の丈』となるのでしょうか。それから、来年以降は共通テストになります。結果として、延期となりましたが、英語で民間試験が導入されていた場合、島っ子にとっては大きな負担・ハンデとなるところでした。小笠原島内で受験できるのは実用英検のみ。しかも2級までですし、受験できる回数も年に数回のみ。準1級以上や回数をより多く受験する際は島外での受験が必要。実用英検以外の民間試験も同様で、この受験のためだけに往復する必要がありました」

「不便が当然」ではなく「平等で当然」

2016年・2017年にこの問題を私が記事にしたところ、

「小笠原村の高校生がかわいそう。どうにか、改善すべきでは」

との意見が多く寄せられた反面、

「不便を承知で移住したのであれば、センター試験受験で不利益を受けるのは当然ではないか」

との意見も多くありました。

一見するともっともな意見であり、実際に、ガソリン価格などは内地よりも高い価格となっています。

受験地選択の特例についても、逆に不公平ではないか、と感じる方もいるでしょう。

が、本来は、日本国憲法第3章第14条1ならびに日本国憲法第3章第26条、教育基本法第3条で教育機会の平等が定められています。

日本国憲法第3章第14条1

すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

日本国憲法第3章第26条

すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

教育基本法第3条 (教育の機会均等)

1:すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。

2:国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければならない。

私個人としては、小笠原村の高校生がセンター試験を受験する際は自衛隊機に搭乗させるくらいの配慮があってもいい、と感じています。

声を上げなければ変わらない

センター試験受験で不便を強いられるのは小笠原村だけではありません。他の離島やへき地も同様です。

ただ、離島・へき地によっては声を上げたことで、試験会場が設置されています。

長崎県五島列島は当初、会場がなく、移動で不便でした。が、2007年に五島出身の県議が県議会で質問。その後の運動もあって、2009年から試験会場が設置されています。

隠岐の島も同様に時期は不明ですが、声を上げたことによって試験会場が設置された、と総務省サイトに出ています。

一方、種子島、徳之島など受験生が数十人規模でいるのに、いまだに数泊程度の宿泊・移動を余儀なくされる地域も。

いざセンター試験へ 大学入試、受験生が会場へ出発 奄美群島(南海日日新聞2020年1月17日公開記事)

なんか、季節の風物詩的記事でいい感じにまとめられていますが、いいのか、それで。

教育の平等が侵害されているのがそもそもおかしく、それを是正するのが政治というものではないでしょうか。

一木さんはインタビューの終わりに、

「教育機会の平等について、国・文部科学省や関係諸氏にはもう一度考えてほしいと思います」

と話しました。私も全くの同感です。

「受験地選択の特例は共通テストに引き継がれる可能性が高いと思いますがまだ確定しているわけではありません」(大学入試センター・広報担当)

とのこと。

共通テストをめぐっては、昨年から大きく揺れ動きました。せめて、この離島・へき地の受験会場問題については「7泊以上」を徳之島・種子島など他地域にも適用するために「2泊以上」と緩和することも含め、離島・へき地へのさらなる配慮が求められます。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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