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「美大でメシが食えない」を変えたい京都造形芸術大教授~学生の作品販売でキャリア支援

石渡嶺司大学ジャーナリスト
伊勢丹メンズ館で展示販売中の学生作品。スタバにもありそうな高レベル(筆者撮影)

美大志望に「カタギの家庭のガキが行くところやない!」

美術系大学や学科と言えば、「卒業してもメシが食えるのか?いや、食えないだろう」とのイメージが強くあります。

そして私立大学であれば、当然ながら学費は文系学部に比べれば高め。

しかも、学費以外にも実習費用に材料費などもかかります。

要するに、費用(学費・材料費など)対効果(就職)という点ではコストパフォーマンスが相当低い、と言わざるを得ません。

就職については「フリーランス志向の学生が多いから、卒業生ベースの就職は悪くて当然」「一般企業への就職は意外と多い」と美術系大学関係者は主張するでしょう。

実際にその通りで、彫刻関連の学科だと自動車メーカー(新車デザインの際に彫刻技術が必要)、絵画関連の学科だとIT企業(スマホアプリのデザインやキャラクター開発など)で、それぞれ評価されての就職者がいます。

しかし、絵画関連だと画家・アーティストを目指すのが本流のはずで、フリーランス志向が多いのは当然のはず。で、画家として一本立ちできなくても、それは本人次第。

まあ、才能がなかった、との言い方も可能です。

このアーティスト志望も考えれば、世間一般の「美術系大学を卒業してもメシは食えない」はイメージだけでなく、実態を表している、とも言えます。

これは現代に始まったことではなく、昔から。

そこで、とある関西の高校生が日本大学芸術学部写真学科を志望し合格。

さらに神戸商科大学(現・兵庫県立大学経済学部)も受験し、こちらも合格しました。この高校生は当時、兵庫県に在住していたので、当然ながら県立の神戸商科大学だと学費は相当、安くなります。

そこで、この高校生の父親は日本大学芸術学部を希望する我が子に猛反発。

「お前!芸術学部ってのは医学部と歯学部の次に(学費が)高いやないか!」とたたみかけてきました。

「こんなもんカタギの家庭のガキがいくところやない!」

結局、この高校生が押し切って、日本大学芸術学部写真学科に進学。この高校生こそ、のちに報道カメラマンとして名を馳せる宮嶋茂樹さんです。

※前記の父親の話は『不肖・宮嶋青春記』(宮嶋茂樹、WAC)から引用

学科こそ違いますが、美術系大学・学科への進学に対する拒否感は昔も今も変わりません。

スタバに置いてあるような絵を学内で販売

この「美大でメシは食えない」を変えようとしているのが京都造形芸術大学芸術学部美術工芸学科の椿昇教授です。

現代美術家として有名な椿教授は2012年に卒業制作展をアートフェアとして展示作品を購入できるようにしました。同時に、アルトテック(アートライブラリー)を京都造形芸術大学内に立ち上げます。

私は当初、京都造形芸術大学内の改称問題で同大を取材。

このとき、大学広報担当者が案内してくれた学内施設の一つがアルトテックでした。

よくわからないまま、中に入ると、絵が多数飾られています。

奥の倉庫にはこれから送付予定の絵もゴロゴロと。

京都造形芸術大学・アルトテック。展示の絵は全て販売(著者撮影)
京都造形芸術大学・アルトテック。展示の絵は全て販売(著者撮影)

絵に関して全くの素人である私ですが、「あ、なんか、高級ホテルの壁に飾っていてもおかしくないな」と思うような絵ばかりでした。

実際に、高級ホテルや喫茶店チェーンなども含めて相当数売れていると、椿教授。

9月18日~10月1日には新宿・伊勢丹メンズ館で展示販売をするとのことで、9月18日に伊勢丹メンズ館にて取材をお願いしました。

きっかけは「気持ちが悪い」

私がまず疑問に思ったのは、椿教授についてです。

私が単に芸術に疎いだけで、現代美術の世界で椿教授は知らない人がいないほどの大家。

瀬戸内国際芸術祭、AOMORIトリエンナーレなどでディレクターを務め、それぞれ成功に導いています。

もちろん、後進育成もアーティストの仕事と言えば仕事です。しかし、他大学だと技術指導をする、という話はよく聞きますが、アルトテックをわざわざ立ち上げる、など新たな仕組みを作る、という話はあまり聞きません。その理由を椿教授に聞くと、気持ち悪さがきっかけとのことでした。

学生作品を前にインタビューに応じる椿昇教授
学生作品を前にインタビューに応じる椿昇教授

気持ちが悪いのですよ。若い子が高い学費を払って、それで卒業して消えていくのが。普通に絵を描いて、普通に生きるようにする。それが本来は当たり前の状態です。

ところが、大半の美術系大学では、その当たり前ができていない。それってフェイクだし、私はフェイクが嫌いなんです。

料理に例えるなら、すごいシェフがいてちゃんと料理もできている。ところが、誰も観るだけで食べられると思っていないので、素晴らしい料理が食べられずにゴミになっているのが現状です。食べられない、美味しくないということであればゴミになるのも無理はありませんが、素晴らしい料理であれば、それなりの代価がつくはず。絵も同じで、素晴らしい絵であれば優良な顧客は欲しいはずです。

そのためには、学生の段階から、誇り高いシェフと同じようにアートをどう届けるか、ということを意識してもらいたい。そこで2012年から卒展をアートフェア化し、同時にアルトテックという機構を、京都造形芸術大学美術工芸学科内に立ち上げました。そして2019年からは、学科から出て大学公認のインキュベーション施設となっています。

他大学が学生の作品販売をできない理由

学生がどこまでお金に触れるかどうか、これは議論の分かれるところです。

ただ、美術系学科の学生はフリーランス志向が強くあります。フリーランスということは自身の作品が売れないと話になりません。

であれば、学生の作品を展示・販売、というのは、かなり理にかなった方策のように思えます。

しかし、他大学ではほとんど聞いたことがありません。

それでは、なぜ他の大学は同様の取り組みをしないのでしょうか?

基本的な問題として我々指導側は「アートって才能だよね」と逃げを打ててしまうのです。この一言で高い学費を払って、芸術は無関係の仕事に就職して「美大でいい思い出、できたよね」と話す卒業生を量産してしまう。それっておかしい、と私は思います。

それを関東の大学ができてしまうのは、大学外にアートの環境が最低限あって、ギャラリストの目に留まる機会が自然にあるから教員は特段の努力をしなくても良い。また明治以来技術志向が強いので、我々が日本人であるという根本的な矛盾を度外視し、入試でギリシャ彫刻のレプリカに木炭で陰影をつける愚行をまだやれてしまう。

 芸術を成立させる思想や歴史や時代の精神を学ぶ事や、ミクロ経済やマクロ経済の知識よりも、アート業界の噂話とテクニックで日が暮れる。それでも激減しているとは言え学生が集まっているのでおそらく危機感は乏しいでしょう。

他大学の卒業制作展は名刺を置くだけ

他大学の卒業制作展では、制作した学生の名刺が必ず置いてあります。

その名刺からアートギャラリーなど専門家は連絡を取っていきます。

が、一般人が作品を気にいっても、連絡していいものか、迷ってしまいます。結果、大半は連絡を取ることがないまま、いい作品を見た、で終わるのです。

一方、京都造形芸術大学の卒業制作展では、名刺を置くだけではありません。学生が待機し、販売もしていきます。

専任の教員になれば巨大な既得権益に守られます。自分の創作活動だけに邁進していれば歳を重ねる事ができる。このような環境では、自分のキャリアを上昇させる事に汲々とし、エンドユーザーを育成する必要などまったく感じないでしょう。そりゃあ、名刺が置いてあれば、学生たちにギャラリストやキュレーターなど専門家は連絡できるでしょう。しかし、ちょっといいなあ、と思ったビギナーは簡単には連絡できないと思います。まったく横柄な態度ですね。

京都造形大では、卒業制作で展示だけでなく学生たちはその間、ずっと立って購入希望者に真摯に対応します。隣の学生は完売した、自分は全く売れない、という地獄を見る学生も出てきます。これが教育なんですよ。その悔しさを晴らそうとさらに精進して大学院に進学。そこで開花する学生も多くいます。

学生には「投資した分を考えろ」

美術系大学で大学院まで行くと、その学費も学生は大変です。椿教授はその点も考慮して投資回収のモデルを指導する、と話します。

学生には「投資した分を考えろ」とよく話しています。学費に材料費を考えれば、年間最低限200万円。学部卒ならそれが4年で800万円。大学院(修士)まで行けば6年で約1100万円くらいかかります。その回収をどうするか?

アルトテックでは国際的な価格設定やキャリアアップとスライドして上昇させる価格の指導も含め、投資回収のモデルをアーティス志望の学生に指導します。他の大学だとマネーを安易に悪者扱いにしていますけどね。

筆者は大学関連の取材を重ね、美術系大学についても相当数回っている、と自負しています。

が、学費について「投資した分を考えろ」と学生に話す教員は初めてでした。

学費を回収できる卒業生は10倍に増加

椿教授の取り組みによって、投資分、つまり、学費を回収できる卒業生は増加している、と椿教授は話します。

卒業制作でもここ数年急速に、きちんと売れる学生が増えてきました。アルトテックを立ち上げた2012年に比べれば、学費・材料費を10年以内に回収できそうな学生は確実に増えています。作品を描いて暮らせる卒業生は何年かに一人の時代に比べれば10倍くらいにはなっているはず。私は大学院を出ても最低5年は細かく相談を受けるようにしています。

絵は一般人も買うのが欧米の常識

日本だと、アートに疎い一般人は絵と言えば「なんか、怪しい商法で高い絵を買わされた」など、悪いイメージが先行しています。

私自身、怪しい商法で絵を買わされそうになったことがあり(断わりましたが)、絵を買う、という発想自体、ありませんでした。

椿教授は、欧米では一般人も買うのが普通、と話します。

欧米でアートは、富裕層だけのものではありません。中産階級も気軽に買っています。アルトテックや、アートフェア、卒業制作展などでの販売は学生のためだけではありません。顧客にもちゃんと絵を見る目を持ってもらう、ちょっと偉そうな言い方をすれば、顧客の教育の場でもあります。今は、モノを売るのではなく物語に共感する事でモノではないモノガタリが経済を動かす時代です。若いアーティストたちと作品について語り合うと感動が育まれます。「この人を応援したい!」という衝動を大切にしてほしいですね。

「キラキラ先輩」が後輩を変える

絵が売れるようになると、学生本人だけでなく後輩にも好影響、と椿教授は説明します。

完売神話の先輩たちは、後輩の間で「キラキラ先輩」と呼ばれています。それだけ自信になっているのでしょう。この「キラキラ先輩」学生の影響で後輩学生も頑張ろう、となります。オープンキャンパスでも、高校生がそうした先輩の姿を見て入学したい、と言ってくれるようになりました。

伊勢丹メンズ館も「初めての試み」

京都造形芸術大学・在学生の作品展示・販売は梅田阪急では実施済み。そして、9月18日~10月1日が伊勢丹新宿店メンズ館(イセタンメンズ レジデンス)8階で実施します。

この記事の公開日・9月21日には16時~20時に椿教授と制作学生13人が集まり、17時からトークイベントも開催。

学生への配分は学内のアルトテック・卒業制作展であれば、7:3で学生が7です。梅田阪急と伊勢丹メンズ館だと5:5です。

百貨店での販売ですか?今のところ、梅田阪急と伊勢丹メンズ館で手いっぱいです(笑)。

販売目標は80万円です。まずは輸送費をペイしなきゃ。アルトテックだと大学院生や卒業制作の絵が多く、最低価格は5万円から。それが今回は、学生が主体なので数千円から1万円程度の作品も数多く混ざっています。21日には制作学生13人と私も行きますので、抽象絵画の見方やコレクションの方法など様々なご相談に応じますので、めったにない機会、是非お越しくださいね。

株式会社三越伊勢丹で今回の企画を担当する勝部杏理さんにもお話をお伺いしました。やはり、学生の作品展示・販売は業界でもほとんどないとのこと。

「学生さんの作品を展示・販売というのは業界でもほとんど聞きません。少なくとも弊社の新宿メンズ館では初めての試みです。ご覧いただいたように作品に触れ合うことができ、しかもお求めやすい価格なので多数の来場を期待しております」

他大学も「美術でメシが食える」仕組み作りが望ましい

アルトテックや卒業制作展での作品販売は今のところ、京都造形芸術大学以外にありません。

学外、ということで似たところでは2018年にアーツ千代田に複数の美術系大学が参加しました。2018年開催の「アーツ千代田3331」がその一つ。

作品制作と生活をいかに両立させていくかは、古今東西のアーティストにとって重要な問題だ。芸術系の大学では近年、学生が作品を売ったり、お金を得る過程を学べたりする仕組みを作るところが出てきた。

(中略)

中村政人・東京芸術大学教授が統括ディレクターを務める東京都千代田区の「アーツ千代田3331」は、作家やギャラリーが多数参加するアートフェア(3月7~11日)への参加を複数の美術系大学に初めて呼びかけた。担当者は「現場でコレクターと話し、作品がどう流通していくか体験できる場を設けたかった」。

国内6大学、韓国1大学が参加。武蔵野美術大の担当者は「昔は『学生は勉強に専念すべきだ』という教員が多かったが、こうしたことも学ばねばと考える若い教員が増えてきた」。作品販売に関わる上で制約が多いという公立大学も、実験的に参加。愛知県立芸術大学の倉地比沙支(ひさし)教授は、「コレクターやキュレーターとふれ合える良い勉強になる」と話す。

※朝日新聞2018年3月23日夕刊 「芸術で食べる」探る大学 卒業作品を販売・授業で値付けの仕組み

ただ、こうした取り組みは「ほとんど広がっていない」(椿教授)のが現状です。

もちろん、美術系大学・学科の教員は技術指導が主となるのはよくわかります。

が、現状のままだと、昔と変わらず「美術でメシは食えない」→「美術系大学への進学?やめた方がいい」とのイメージが続いてしまいます。

これを打破していくためにも椿教授の取り組みが広がっていくことを期待します。

余談ですが、筆者は取材終了後、ものすごく悩んだ後、「やわらかな山」「ミニ山」を購入(2点合計で1万3000円)。

伊勢丹新宿店メンズ館8階で展示の学生作品。最奥列左から3番目の作品(「ミニ山」3000円)を筆者が購入(筆者撮影)
伊勢丹新宿店メンズ館8階で展示の学生作品。最奥列左から3番目の作品(「ミニ山」3000円)を筆者が購入(筆者撮影)

これで我が家も、ちょっと高めのホテルのようないい雰囲気になる、かもしれません。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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