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悪質タックル問題で逃げる日大広報部の不可解~日大の今後をシミュレーションしてみた

石渡嶺司大学ジャーナリスト
宮川選手の記者会見。評価の一方で日大への批判が高まる(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

衝撃の記者会見

5月6日の試合以降、ずっと世間の批判を集めていた日大悪質タックル問題。22日に大きな転機点を迎えました。

前日21日には被害選手の父親が記者会見したうえで被害届を提出。そして22日は日大の加害選手である宮川泰介選手が自ら、名前と顔出しをしたうえで記者会見を開いたのです。

私も日本テレビ系・ミヤネ屋で見ていましたが、謝罪の意思をはっきり出し、「僕がアメリカンフットボールを続ける権利もないし、やっていくつもりもない」と退部の意思を示したことを明らかにしました。

なぜ、20歳の若者が丁寧に謝罪をしながら62歳のいい年をした大人が逃げ回るのか、全く理解できません。優勝したときは、マスコミのインタビューに応じていながら、問題が起こると2週間も沈黙するのか、と行動を見るだけでも嘆息してしまいます。

日大の情報発信は試合後、4回のみ

この悪質タックル問題、関西学院大学が申し入れをした5月8日の時点で、他大学なら学長か副学長クラスが謝罪するような案件です。

それが、5月22日現在、日本大学がしたのは、18日の理事会についてのコメント(反則行為は取り上げられなかった、と発表)、内田正人監督(当時/直後に辞任)のマスコミ対応(関西学院大学への謝罪をした5月19日に伊丹空港、羽田空港で記者の質問に対応/記者会見とは言えない)、15日に関西学院大学側に出した回答書、それと22日の宮川選手の記者会見を受けてのコメント発表、この4回のみです。

そもそも組織が一個人を記者会見に出すことはあり得ません。オリンピック出場、ノーベル賞受賞などポジティブな案件なら大学広報が記者会見の場をしかるべくセッティングします。不祥事などネガティブな案件であっても同様です。

学生は被害者側であれ加害者側であれ記者会見に出すことは組織論としても教育機関としてもまずあり得ません。

ところが、日本大学は記者会見を止めるでもなくセッティングするでもなく、宮川選手に付き添うわけでもありませんでした。

記者会見前後に押し寄せたマスコミに対して

「法人としてはお話しすることはない」(デイリー5月22日23時配信記事)

と逃げの一手。

22日夜になって、

「厳しい状況にありながら、あえて会見を行われた気持ちを察するに、心痛む思いです。大変申し訳なく思います」

「『QBをつぶせ』という言葉は本学フットボール部においてゲーム前によく使う言葉で、『最初のプレーから思いきって当たれ』という意味です。誤解を招いたとすれば、言葉足らずであったと心苦しく思います」(デイリー22日23時配信記事)

とのコメントを出します。

宮川選手の勇気ある記者会見に「心痛む思い」はあまりにも他人事すぎます。それに「誤解を招いたとすれば、言葉足らず」も酷すぎます。火に油を注ぐどころか、ガソリン缶を背負って飛び込むも同然な支離滅裂な対応、としか言いようがありません。では、日本大学は一体何を守ろうとしているのでしょうか。

日本大学の特異性~日本有数の規模と権力

日本大学は学部数が16学部で日本2位(1位は東海大学の19学部)。学生数は6.7万人で日本一。

この規模の大きさもすごいですが、日本大学の特異な点はキャンパスがバラバラである点です。

2学部あるのは三軒茶屋キャンパス(危機管理学部、スポーツ科学部)。他は全て1キャンパス1学部です。さらに芸術学部は1年が所沢キャンパス、2~4年が江古田キャンパスと学年割れ状態に。ちなみに日本大学本部の市ヶ谷キャンパスは通信部と本部のみ。4年制学部の学生はほとんどいません。

同じマンモス大学でも、学部数日本一の東海大学は湘南キャンパスに本部と11学部が揃っています。近畿大学(14学部)も東大阪キャンパスに本部と9学部が集結。

このバラバラな状態について、『大学図鑑!2019』(オバタカズユキ、ダイヤモンド社)は、こうまとめています。

諸説ある。「大震災後、被害の集中を避けるために、あえて各地に点在させた」「小さな大学や専門学校を買収し、学部を次々に増やして行ったから」「学生運動(日大闘争)に懲りた大学側が、学生が1か所に集まらないようにした」など。どれも正しい気もするし、どれもマユツバな気もする。

財政規模は平成29年度の収入が2548億円。アフリカ小国(モザンビーク、マリなど)の歳入額といい勝負です。

これだけ規模が大きい大学で、内田正人監督は常務理事を兼務。一般企業でいうところの副社長・常務クラスです。実質ナンバーツーに等しいわけで、しかも人事も担当。

宮川選手に限らず大学教職員や学部長クラスでも意見を言えるような雰囲気はなかった、と言えるでしょう。

それが無神経とも支離滅裂とも取れる対応になってしまっています。

18日には、定例理事会が開催され、内田監督も出席。しかし、広報部の対応では「反則行為の問題は取り上げられなかった」。

もし、本当に取り上げられなかったとすれば、事件の重大性を理解していません。18日にはすでに鈴木大地・スポーツ庁長官が不快感を表明し、マスコミも各社が取り上げていた時期なのですが。

日大の今後~シナリオ1・田中理事長以下経営幹部の辞任

では、今後、日本大学はどうなっていくでしょうか。考えられるシナリオは「田中理事長以下経営幹部の総辞職」「内田監督の常務理事辞任」「井上奨コーチへの責任転嫁」の3パターンです。

まず、「田中理事長以下経営幹部の総辞職」パターンについて。

このパターンだと、日本大学は遅まきながら身を切って責任を示した、ということでブランド低下を防げます。日本大学の教職員、学生にとっては一番いいパターンでしょう。

ただし、可能性が相当低いシナリオでもあります。

現在の田中英壽理事長は2008年に就任。2012年から2013年にかけて会員雑誌『FACTA』が黒い人脈について特集記事を掲載。大物ヤクザとの交際についても2014年に週刊文春、2015年に海外サイトがそれぞれ報じています。2013年には読売新聞が建設会社からの資金提供疑惑を掲載。

いずれか1つでも理事長を辞任していてもおかしくない案件です。が、なぜか、田中理事長はいずれも乗り切り、現在もなお、その地位にあります。そして内田監督・常務理事はこの田中理事長の側近中の側近としても知られています。

そういえば、羽田空港でのマスコミ対応でも常務理事の辞任について「それは別」と話していました。

おそらく、内田監督が常務理事を辞任すると、反田中派が勢いづきます。そして、「田中理事長も辞任を」と言われかねません。内田監督の雲隠れはこうした事情もある、と思われます。それを考えると田中理事長以下、経営幹部の総辞職、というシナリオは今のところ可能性は相当低そうです。

シナリオ2~内田監督の常務理事解任

2番目に考えられるのは、内田監督の常務理事辞任ないし解任です。今までの対応を見ていると、どうも、なあなあで済まそうとして、さらに宮川選手にその責任を押し付けようとしている節がありました。そうでなければ「乖離」なんて言葉が出るわけがありません。

常務理事辞任、となれば、経営幹部の総辞職ほどでないにしろ、世論は収束する可能性はあります。

ただ、この場合、コーチ陣をどうするか、という問題があります。もし、コーチ陣がそのままだと、監督や常務理事を辞任していても内田監督が実質的な指導者として残る可能性が高いでしょう。いわゆる、院政というものですね。

ひと昔ならまだしも、ネット社会の現在でそれが認められるわけがありません。

このシナリオでも、日大のブランド力がずっと落ち続ける可能性が高いです。

シナリオ3・井上コーチをスケープゴートに

宮川選手の記者会見では、井上奨コーチ(鈴木孝昌コーチも)という名前が新たに挙がってきました。

そこで、「内田監督は悪くない。コーチが内田監督の真意をねじ曲げて宮川に伝えた」と責任転嫁。井上・鈴木両コーチの辞任で事態を収束させよう、というシナリオです。

これまでの内田監督の言動や日大広報部の対応を見る限りでは、このシナリオを取る可能性は高そうです。

ただし、このシナリオを日大の経営幹部や内田監督が選択した場合、日大のブランドイメージは今後、さらに低下し続けます。

あの悪質タックルがあり得ないものであることはすでに関西学院大学側の記者会見や、アメフト専門家によるコメント、宮川選手の記者会見で明らかになっています。「指示の乖離」「コーチ陣の忖度」などで言い逃れできる状況ではありません。

まして、被害者の選手の親は、被害届を取り下げるどころか、刑事告訴も検討中とのこと。相当期間、この問題はくすぶるどころか、燃え続けます。そして、傷つくのは日大のブランドです。

どう転んでも受験生減は避けられない

日本大学が今後、どのようなシナリオを描いているか、そこは不明です。

どの選択にしろ、はっきりしているのは受験生の減少でしょう。

ここまでイメージが落ちて、一般受験生がわざわざ受験したいか、と言えば疑問です。これまで日大は、学部・キャンパスの多さから「カラーがわかりにくい大学」と言われていました。ところが今は悪質タックルのネガティブなイメージがはっきり付いてしまっています。

体育会系の高校生も同様です。スポーツ関連の学部や体育会系部活は他大学にいくらでもあります。

まして宮川選手ほど才能と機微のある選手を退部にまで追い込んでいます。才能があってもダメ、なくてもダメ。どちらにしても自分がつぶされる可能性ある大学に進学したい、と考える受験生は多くありません。

これまで日大は数多くのスポーツ選手を輩出してきました。そうした大学で悪質タックル事件は起きてしまったのです。今後、日大がどのような選択をするか不明です。が、大学のブランドイメージを守る、という点ではどのような選択が適切か、すでに答えは明らかです。果たしてスポーツの日大は今後、どこに行こうとするのでしょうか。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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