吉野家バイト奨学金は牛丼と同じくヒットするか~企業奨学金の現状、飲食業の人員確保策と今後
30日付けの日本経済新聞1面に登場
本日(2017年3月30日)の日本経済新聞1面に出ていたのが、吉野家の奨学金制度です。
奨学金問題についてはこれまでに何度も記事にしてきましたし、企業側が採用時点で奨学金返済制度を設ける事例も記事にしてきました。
今回の吉野家ホールディングスの奨学金制度は、奨学金問題に加えてアルバイト確保という企業側の課題、それから新卒採用という3点をまとめて解決しようとする妙策です。
同社の牛丼にたとえれば、うまい、安い、早いと3拍子揃った方策となりそうです。
ハードルはやや高い?
吉野家ホールディングスの奨学金制度について、日本経済新聞記事ならびに同社広報への取材を元にまとめます。
・対象は4月以降に大学に入学したアルバイト
→記事では「4月に大学入学予定の高校生アルバイト」とある。広報(グループ企画室)に取材したところ、新入学生も対象とのこと。ただし、大学2年次以降で新規にアルバイトを始めた学生、短大・専門学校・大学院生が対象となるかどうかは不明
・対象は年間10人が上限。勤務態度や学業成績などを元に選ぶ
→たとえば1度、選ばれたらそれがずっと続くのか、1年限定か、などは不明
・貸与額は入学金や毎年かかる学費全額
・在学中、週3時間以上働く
・卒業後、同社に入社して4年間以上の勤務で全額免除
・卒業後、日本フードサービス協会加盟の同業他社に勤務の場合は半額免除
記事をよく読むと、曖昧な部分が多数あります。
日経の1面に出たので、記者会見予定かプレスリリースが出るかと思えば特になし。
詳細を電話で取材しましたが、直接の担当ではない方ということもあってか、正直、まだ固めきれていない段階で日経1面に出てしまったのかな、との印象を持ちました。
そもそも、吉野家ホールディングスは、牛丼の吉野家やはなまるうどんなど、国内だけでも約2400店舗(海外を入れると3081店舗)を擁する巨大な飲食チェーンです。
2400店舗に高校生・大学生のアルバイトが5人いたとして(フェルミ推定)、それだけで1.2万人。
そのうち、奨学金利用者が半数で0.6万人。全員が申し込んだとしても、対象となる確率は0.17%。
もうちょっとどうにかならないですか?吉野家さん。
まあ、制度が固めきれていないということは、逆に言えば制度が拡充していく可能性もあります。
できればそうなってほしいと考える次第です。
企業の奨学金返済支援制度は拡大中
吉野家ホールディングスの奨学金制度は、制度として固めきれていない段階での日経1面掲載となりました。
が、吉野家という知名度がきわめて高い飲食チェーンの方策が日経1面に出た意味を考えれば相当重いものがあります。
と言うのも、制度がまだ未確定の時点での日経1面です。これが契機となって、導入する企業が増えていく可能性があります。
すでに、新卒採用時点で奨学金返済を肩代わりする制度(奨学金返済支援制度)は導入企業が増えています。
私が2017年3月30日現在、確認した企業の奨学金(企業独自のものとして導入/自治体のものなどは割愛)は12社ありました。
・入社1年目の冬のボーナス時点で、最高100万円まで支給
・人数制限なし。
https://www.odsaiyou.com/system/ オンデーズ(眼鏡販売チェーン)
・社内試験合格者が対象
・月々の返済額について、給与に上乗せして支給
・月々の返済額について、給与に上乗せして完済するまで支給
・2015年8月以降、エンジニアか営業職として入社した社員が対象
・新卒だけでなく中途入社も対象
・勤続5年目・10年目の社員が対象
・上限はそれぞれ100万円。2回合計で200万円が上限
・毎月の奨学金返済額の約50%を、奨学金支援手当として5年間支給
・同社サイトにあるプレスリリースによると、「月額6000~1万5000円」とあるので上限ある可能性も?
・若手社員(入社5年以内)にも適用
・月3万円を3年間支給(最大で108万円)
・新入社員が対象
・「条件を満たした」とあるので選考・条件などあり?
・返済金額の一部を補助(金額・総額などは不明)
・全職種の新入社員、入社5年目以内の若手社員が対象
・最大で月2.5万円を補助
・月上限1万円を最大5年間支給(60万円)
・月返済額を完済または退職まで上乗せして支給
・実家通勤でない者
ニフコ(化学メーカー・自動車用ファスナーなどが主力・東証1部上場)
・新入社員
・対象10人を論文で選考
・最大6年間、毎月上乗せして支給(上限100万円)
・新入社員または30歳未満の中途入社が対象
・月5000円、1万円、2万円のコースを選択、指定期間内にそれぞれ給与に上乗せして支給
・指定期間内に退職した場合は一括返還
このうち、クロスキャットなど7社については、2016年11月、拙著『キレイゴトぬきの就活論』を執筆時に把握、同書にリストの一部として掲載しました。
その後、導入を決めた企業や、2016年以前に導入していたものの、全く話題になっていなかった企業などもあるようです。
たとえば、電設工事の準大手である六興電気。従業員規模は約780人。長江洋一社長は飛行機好きの写真家でもあり、企業自体も保守的な建設業界にあってはユニークです。
以前、NHK番組でご一緒した縁があり、先日、久々にお会いして情報交換をしました。そこで、この奨学金返済支援制度が話題になると、
「実はうちもやっている」
「え?すみません、不勉強でした。ところで、マスコミ各社にプレスリリースを送るとか、採用サイトに大きく出すとか、宣伝はしましたか?」
「いや、していない」
えー、もったいない。してくださいよ。
今回、当記事を執筆するにあたり、改めて検索すると、自動車用ファスナーで有名、従業員規模が単独でも約1200人と大規模な化学メーカーのニフコから、神戸の飲食店経営の情熱ダイニングまで、5社、見つかりました。
探せば、もっと出てきそうですし、今回の吉野家ホールディングスの一件で導入が相次ぐものとみられます。
アルバイト不足の飲食、対策は入社式に就職支援
飲食チェーンはアルバイトや社員が慢性的に不足しています。
これに対して、各飲食チェーンが無策、というわけではありません。
丸亀製麺などを運営するトリドールは、2016年卒から海外での入社式を実施。2016年卒はハワイで実施、2017年卒は台湾で実施予定です。当然ながら、かかる費用は全て会社負担。
合同説明会でも目立ちますし、海外のチェーン展開先を見学・調査というのは悪くはありません。
ただ、これが人手不足解消にまでつながるかはやや疑問の残るところです。
人手不足解消、特に学生のアルバイトつなぎとめに効力を発揮しているのが、アルバイト学生への就職支援です。
このうち、APカンパニーは、就職支援セミナーだけでなくAPカンパニーの理念を共有できる企業を集めた合同説明会を同社会議室で実施。
こうした就職支援セミナーは一般企業が1日インターンの一環として導入する事例は増えています。
が、飲食チェーンが自社のアルバイト学生に対して実施するのはまだそこまで広がっていません。
今後、奨学金支援制度を導入する飲食チェーンの中には、この就職支援セミナーも合わせて導入する企業が出てくる可能性があります。
こっそり奨学金も実は多い?
今回、吉野家ホールディングスが導入する奨学金返済支援制度ですが、似たような制度は前述の企業12社に限りません。
めぼしい大手メーカーは大体が導入している可能性があります。ただ、それを大々的に公表していないだけ。
私は勝手に「こっそり奨学金」と命名しています。
たとえば、
東京大学大学院理学系研究科 化学専攻「企業による奨学金情報」のサイトをこの記事執筆時(3月30日14時)に見ると、「平成28年11月24日更新」の情報で、古河電工、クラレ、東レ、旭化成、JSR、富士フィルムなどが掲載されています。時期が違えばもっと掲載されていたかもしれません。
このうちの一社、古河電工について、検索してみると、
他大学の別の年の情報を検索することができました。
これによると、学部生は月5万円、院生は月8万円。応募の年(この年は11月)から卒業・終了まで支給とあります。
修士課程1年の学生が応募、採用されて翌々年3月まで支給を受けると136万円。学部3年生だと85万円の支給です。
そして同社に入社、3年で返済義務がなくなる。もし、他社に入社するか、3年以内で退社した場合は10年以内に返済です。
考えてみれば、古くは病院を経営する医師会や医療法人が看護師を確保するために学費を免除(代わりに最低5年は勤務など)したり、新聞社各社が販売店のアルバイトを確保するために新聞奨学生制度を作るなどしてきました。
吉野家ホールディングスの奨学金支援制度は、飲食チェーンで人手不足解消のため、とも言えます。
が、古河電工などの大手メーカーも似たようなことをやっているわけです。
おそらく、吉野家に対して、
「奨学金を餌にするなんて」
などの批判が出ることも予想されます。
が、それを言うなら吉野家に限らず、古河電工など大手メーカーも含めてどこも同じです。
そもそも新卒採用の人員確保という観点から言えば、新卒採用にかかるコストは内定者研修なども含めれば1人あたり500万円から800万円かかる、と言われています。
入社後の定着も課題ですし、それを考えれば、奨学金の肩代わりが100万円どころか、300万円でも安い買い物、と考える企業幹部や経営コンサルタントは相当います。
しかも、奨学金利用者は増えているわけでそう考えると、奨学金返済支援制度は拡大していくとみるべきでしょう。
懸念材料は「営業成績」「シフト入れ」の先鋭化
奨学金返済支援制度に、懸念材料があるとしたら、アルバイト確保・奨学金返済支援という2つの課題に、企業側のもう1つの課題を重ねることです。
それは「営業成績」。
近年、コンビニエンスストアや飲食チェーンなどで商品の過酷な販売ノルマを課したり、自爆営業(アルバイト学生が一部買い取ることを実質強要)などの事例が出ています。
大学生のブラックバイト おでんやコーヒー券がノルマ! コンビニ、カフェのチェーン店は特にどす黒い(水島宏明 Yahoo!個人 2013年8月9日記事)
それから、社会問題化までは至っていませんが、大学教員や学生支援部署の職員から、懸念材料としてずっと出ているのがアルバイトの無理なシフト入れです。
人手不足から気の弱い学生に無理な勤務を押し付け、結果として学業は二の次、三の次。
比較的、余裕のある文系学部はもちろんのこと、実験・実習で忙しいはずの理工系・栄養系学部でも単位が取れず留年。最悪の場合、中退に追い込まれる、という事例が増えています。
A大学のA君はなぜ大学を退学したのか(山本啓一 BLOGOS 2014年2月1日記事)
同記事は北陸大学の山本啓一・学長補佐(記事執筆時は九州国際大学)が執筆。大学中退問題が奨学金返済やアルバイトのシフト入れ、学業へのモチベーションなど複雑に絡み合っていることをまとめた秀逸な記事です。
奨学金返済支援制度にアルバイトのシフト入れを重視するようになると、大学中退リスクが高まる可能性が高くなるでしょう。
誰のための奨学金返済支援制度か
シフト入れ、それから、商品買取ノルマなどの営業成績を強く結び付けすぎる企業が出てくることも十分予想されます。
もちろん、企業からすれば、1人あたり数十万円から数百万円以上もの費用を支出するわけで、支出に対してのリターンを求めるのは当然です。
が、本来、奨学金は大学の学費等に充てられ、学生のアルバイトは生活費、学費または遊興費に充てるものです。
そして、奨学金返済支援制度は企業イメージの向上と飲食チェーンなどにとってはアルバイト不足の解消が目的のはず。
それが、無理なシフト入れや商品買取ノルマなど企業側の論理が優先すると、それは本末転倒になってしまいます。
すでに商品買取ノルマはネガティブな反応が出ています。
そこに奨学金返済を絡めると、
「ノルマやシフトと引き換えに学生生活を犠牲させる『人買い』も同然」
との批判が出ることは明らかです。
そうなれば、企業の人手不足解消やイメージ向上を狙ったはずの奨学金返済支援制度がイメージ下落の方策になってしまいます。
これから奨学金支援制度を導入しようとする企業の担当者はこの点も留意しながら制度設計していく必要があるでしょう。
アルバイト不足に奨学金返済支援を絡める方策自体はいいアイデアです。
今後、導入企業が増えるでしょうし、その成り行きに注目です。
(石渡嶺司)
追記
記事公開後、六興電気・長江洋一社長から「制度は当初は技術職のみだったが、現在は全職種が対象とした。全社員の約1割にあたる60人が対象」とのご指摘をいただきましたので、修正しました。