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北朝鮮に飢饉の兆候 コロナ防疫最優先で経済止まる 伝染病より収入減が切実な脅威に

石丸次郎アジアプレス大阪事務所代表
ミレーの「落穂拾い」とトウモロコシの落穂を探す北朝鮮の農婦(撮影アジアプレス)

◆万策尽きた都市住民が農村で落穂拾い

フランスの画家ミレーの代表作の一つに、刈り取りの終わった麦畑で農婦たちが腰を折って落穂を拾う姿を描いた絵がある。一見のどかな田園風景だが、19世紀のフランス農民がいかに貧しかったか、現代人に想像することを突きつける。    

ミレーの「落穂拾い」と同じ光景を、私は秋の朝中国境で何度も目撃している。国境河川の豆満江、鴨緑江を挟んですぐ目の前に広がる北朝鮮の田畑には、口の大きな袋を前掛けエプロンのように付けた農婦たちが、前屈みになってコメやトウモロコシの穂を探す姿があった。

平壌郊外の農村で落穂を拾う農婦たち。ミレーの絵と同じような口の大きな袋の前掛けを付けている。2008年9月に撮影アジアプレス。
平壌郊外の農村で落穂を拾う農婦たち。ミレーの絵と同じような口の大きな袋の前掛けを付けている。2008年9月に撮影アジアプレス。

「今年は様相が違います」

北朝鮮北部に住む取材協力者が11月終わりに電話で伝えてきた。田畑で落穂拾いをしているのは主に都市住民で、農村に遠征に行っているという。「子供から年寄りまで、毎朝ぞろぞろ農村に向かっています」という。飢える都市住民の追い詰められた行動だ。

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別の協力者が、都市住民の「落穂拾い遠征」の具体例を次のように伝えてきた。

「知りあいの鉱山労働者の家は小学生の男の子がいる3人家族。勤めている鉱山の稼働が止まり、奥さんが家で焼酎を密造して売っていたが取締りが厳しくなって断念。80日戦闘が始まってから、夫は給料も配給も出ずやる仕事もない職場に毎日出勤させられている。それで奥さんが、近隣の農村に毎日行って落穂拾いしている。あの一家はコチェビ(ホームレス)直前状態だ」

◆国境封鎖で劇的に経済悪化

北朝鮮国内が、いよいよ深刻な事態になっている。新型コロナウイルス流入を阻むために国境を封鎖して10カ月。貿易と観光が止まり、その余波で輸出品の生産と物流など、多くの仕事が蒸発してしまった。

市場の商売も不振を極め、皆が現金収入を激減させた。老人世帯など都市の脆弱層(ぜいじゃく)に栄養失調や病気で死亡する人が増えていると、各地から報告が続々届いている。

11月23日、中国税関当局が10月の朝中貿易統計を発表した。その数値は衝撃的だった。一カ月間の輸出入総額はわずか165万9000米ドル(約1億7400万円)、北朝鮮の輸入は25万3000ドル(約2650万円)しかなかった。ともに昨年比で99%減、壊滅状態である。国境封鎖で3月以降の対中貿易は大幅減が続いていたが、8月以降、外貨不足で輸入がままならなくなったためだと筆者は見ている。

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中国税関当局公表の朝中間の貿易統計。1~10月の輸出入累計額では前年比でマイナス76.2%だった。1-2月は合計額のみが発表。アジアプレス作成
中国税関当局公表の朝中間の貿易統計。1~10月の輸出入累計額では前年比でマイナス76.2%だった。1-2月は合計額のみが発表。アジアプレス作成

◆市場には十分なコメ 食糧にアクセスするお金がない

一方で朝中間には統計に出て来ない物流もある。6月以降、大量の食糧とコロナ防疫装備品が中国から支援された模様だ。朝日新聞は食糧50万~60万トンと肥料55万トン、韓国の中央日報は食糧80万トンが、水面下で支援されたと報じている。

事実なら、おそらく軍や警察、党、政府機関、軍需産業など、政権にとって重要度の高い組織や建設動員などに優先供給され、一部が市場に流入しているのだろう。

北朝鮮内の取材協力者によれば、どこの市場でもコメやトウモロコシなどの食糧は十分に売られており、当局の統制もあって価格は安定している。つまり、飢えて死ぬ人が発生しているといっても、食糧不足のためではなくお金がなくて食べ物にアクセスできないことが原因なのだ。

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◆「韓国がコロナをまき散らそうとしている」と宣伝

北朝鮮の人々が人道危機に直面しているのは間違いないだろう。厄介なのはやはりコロナだ。金正恩政権は、人の行き来と物資の搬入がコロナ流入を招くとして、貿易だけでなく人道支援の受け入れも制限している。

韓国の支援提案に、北朝鮮は無反応を貫いているが、国内では「敵どもが我が国に悪性コロナウイルスをまき散らそうとしている」と、自国民に荒唐無稽な反韓宣伝を続けている。

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徹底した閉鎖と隔離、移動統制でコロナの蔓延は防げているとしても、住民が飢えや病気で命を落としたのでは元も子もない。金正恩氏は、韓国と国際機関からの支援と人員受け入れを決断しなければならない。

※12月10日15時に都市住民の「落穂拾い遠征」の具体例を加筆しました。

※12月1日付けの毎日新聞大阪版に掲載されたコラムに加筆修正した記事です。

アジアプレス大阪事務所代表

1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。

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