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目論みは金一族支配の永続化だ 対外秘の最高綱領「10大原則」とは何か(1)

石丸次郎アジアプレス大阪事務所代表
金与正と金正恩が目指すのは金一族支配の永続化だ。2018年2月労働新聞より引用

5月25日に公開した拙稿、金ヨジョンは兄思いの愛妹か権力ナンバー2か 金正恩後継と一族支配の危機管理を考える に、読者からいくつも感想を頂いた。権力の継承を金一族で永遠に続けていくことが、最高綱領に明記されているとの筆者の指摘には、「知らなかった」「ショックだった」という反応があった。

前記事でも書いたが、北朝鮮の最高綱領は、憲法、労働党規約ではなく、「党の唯一的領導体系確立の10大原則」(以下「10大原則」)である。

そこに「我が党と革命の命脈を白頭の血統で永遠に保ち(中略)、その純潔性を徹底的に固守しなければならない」と書かれている。「白頭の血統」とは金一族のことだ。金日成が白頭山麓で抗日ゲリラ活動を行い、その渦中で金正日が誕生したという「革命神話」を基にしている。

連載の2回目  まるで宗教国家と明文化 対外秘の最高綱領「10大原則」とは何か(2) 祖父と父を神にした金正恩

■「10大原則」は北朝鮮社会縛る鉄鎖

北朝鮮に暮らす人ならば、「10大原則」を知らぬ者はない。労働党員は全文を完全暗記させられる…というより暗唱できないと党員になれない。

全ての国民は「10大原則」に基づいて、金正恩の領導(指導)を毎日の生活と行動の指針とすることが義務付けられ、所属する組織で毎週1回の「生活総和」という会議でチェックを受ける。

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「生活総和」で自己批判するために使う「生活手帳」の現物。自分の「10大原則」違反を記録しなければならない。縦16センチ横12センチ。2015年に入手した。撮影アジアプレス
「生活総和」で自己批判するために使う「生活手帳」の現物。自分の「10大原則」違反を記録しなければならない。縦16センチ横12センチ。2015年に入手した。撮影アジアプレス

「10大原則」は北朝鮮社会を縛る鉄鎖である。違反者は処罰の対象となる。その際たる例が2013年12月に、最大の実力者であった張成沢(チャン・ソンテク)の粛清・処刑だ。理由のひとつは「唯一的領導体系に反した」ことだった。

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たった一人の領導者だけが北朝鮮社会をあまねく指導し、あらゆる決定権限を持ち、全国民、全組織がそれに無条件に従わなければならない…この究極の独裁システムが「唯一的領導体系」だ。「10大原則」は、要約すると全国民・全組織が、ただ金正恩(党と表記)に対してのみ絶対忠誠、絶対服従せよということが延々と書かれている。

北朝鮮は社会主義を標榜しているが、最高綱領の「10大原則」の内容は、社会主義とも民主主義ともまったく無縁の、全体主義的、封建的、儒教的エッセンスが満ち満ちている。北朝鮮政権としても、さすがに恥ずかしいという自覚があるのだろうか、外部の眼から隠してきた。私の知る限り北朝鮮の国営メディアで言及されたことがない。

北朝鮮という独特な一人独裁体制の本質を知るためには、この「10大原則」の理解が絶対に欠かせない。しかし、日韓の研究者、ジャーナリスト、外交官などのウオッチャーの多くは、存在を知りながらも、北朝鮮社会における「10大原則」の重みと、実際の運用について理解が足りず、軽視してきた。

「10大原則」には「前身」がある。1974年に策定された「党の唯一思想体系確立の10大原則」(「旧10大原則」)である。金日成時代に作られたもので、これをベースに、金正恩時代に合わせて2013年6月に新たに策定されたのが「10大原則」だ。

アジアプレスでは、「10大原則」の原本を北朝鮮国内の取材パートナーに依頼して2014年に日本に持ち込んだ。ここで紹介するのは原資料に基づく日本語訳である。

長文の「10大原則」を分割して全文を掲載し、合わせて読者にわかりやすい解説を付していこうと思う。第一回目は「前文」である。文中の「党」が金正恩氏を表している。

北朝鮮国内から送ってもらった「10大原則」の原本。手のひらサイズの総56ページ。撮影アジアプレス
北朝鮮国内から送ってもらった「10大原則」の原本。手のひらサイズの総56ページ。撮影アジアプレス

■党の唯一的領導体系確立の10大原則 前文

我われは偉大な金日成同志と金正日同志を変わらず高く仰ぎ奉り、金日成-金正日主義の旗の下、主体革命の偉業、先軍革命の偉業を輝かしく継承・完成させていく歴史的時代に生き、闘争している。

我が人民が数千年の歴史の中で初めて迎え、高く頂いた偉大な金日成同志と金正日同志は、天才的な思想理論と卓越した領導で、自主の新時代を開拓し、革命と建設を勝利の道へと前進させ、主体革命偉業完成のための万年の礎を築かれた、我が党と人民にとって、永遠の首領であり、主体の太陽であられる。

偉大な金日成同志と金正日同志は、自主時代の指導思想を作られ輝かせた卓越した思想理論家であられる。

金日成同志は、人類の思想史において最も高く輝かしい位置にある、永世不滅の主体思想を創始され、人民大衆が自身を運命の主人として、自身の運命を自主的に、創造的に開拓していくという、革命の新たな道を切り拓かれた。

金正日同志は、精力的な思想理論活動で主体思想を全面的に体系化させ、主体思想と先軍思想を豊かに発展させ、自主時代の完成された指導思想として、威光を放つようにされた。

偉大な金日成同志と金正日同志は、巨大な革命的実践によって、祖国と革命、時代と歴史の前に不滅の業績を積み重ねた傑出した政治家であり、創造と建設の英才であられる。

金日成同志は、栄光ある朝鮮労働党と朝鮮民主主義人民共和国、不敗の朝鮮人民軍を創建され、主体革命の偉業の勝利的前進と完成のための、最も威力ある政治的武器を作られた。

偉大な金日成同志と金正日同志は、我が党と国家、軍隊を賢明に導かれ、自主時代の党建設と国家建設および革命武力建設の輝かしい模範を創造され、我が人民を自主的な人民として育て、革命の主体を大いに強化された。

偉大な金日成同志と金正日同志は、人民大衆中心の主体の社会主義を建設され、社会主義発展の最も正しい道を開拓し、我が祖国の尊厳と威力を満天下に轟かせた。

金日成同志と金正日同志は、二段階の社会革命を輝かしく遂行され、社会主義建設を進め、この地上に搾取と圧迫がなく、人民が全ての主人になり、全てが人民のために服務する、最も優れた我われ式社会主義を築き上げられ、世界的な政治的動乱の中でも、主体の社会主義を頼もしく守護し、さらに強化発展せしめられた。

偉大な首領様と将軍様の賢明な領導により、我が国は首領、党、大衆が一心団結し、核武力を中枢に据えた無敵の軍事力と、堅固な自立経済を持った社会主義強国として、威力を轟かせることとなった。

偉大な金日成同志と金正日同志は、銃をもって我われの革命を開拓され、百勝の道程に導かれた卓越した軍事戦略家であり、鋼鉄の霊将であられる。

金日成同志は、主体的な軍事思想と、飛びぬけた知略によって、強大な二つの帝国主義を打ち破り、我が祖国と人民の尊厳と栄誉を輝かせられ、金正日同志は独創的な先軍革命領導によって、人民軍隊を必勝不敗の革命武力として強化発展され、熾烈な反米対決戦においては、連戦連勝をもたらされた。

偉大な金日成同志と金正日同志は、祖国統一と人類の自主偉業に生涯を奉げた、祖国統一の救いの星であり、世界革命の卓越した領導者であられる。

偉大な首領様と将軍様は、精力的な活動で祖国統一の前途に明るい展望を開かれ、世界自主化偉業実現において不滅の貢献をされた。

偉大な金日成同志と金正日同志は、ひたすら祖国と革命、人民のために、自身の全てを捧げた絶世の愛国者、偉大な革命家、慈悲深い人民の親であられる。

偉大な金日成同志と金正日同志は、主体朝鮮の象徴として、永遠に我が人民と共にあられ、首領様と将軍様が積み重ねてこられた巨大な革命の業績は、歴史と共に永遠に不滅であろう。

偉大な金日成同志と金正日同志を変わることなく高く仰ぎ奉る時、我が国は永遠の太陽の国として、全世界に燦然たる光を放つであろうし、我が祖国の前途は限りなく明るく蒼々としているだろう。

我われは偉大な金日成同志と金正日同志を永遠に高く頂き忠誠を果たし、党の領導のもと、金日成-金正日主義の偉業を最後まで継承完成させるために、次のような党の唯一的領導体系確立の10大原則を徹底して守らなければならない。(続く)

アジアプレス大阪事務所代表

1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。

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