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韓国がカネで取り上げた金剛山 「北朝鮮人民立ち入り禁止」でどこが「南北交流」?

石丸次郎アジアプレス大阪事務所代表
9月20日に共に白頭山に登頂した南北両首脳。肥満の金正恩氏は辛そうだ(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

私はまだ訪れたことがないのだが、北朝鮮の東南端にある金剛山の景色は、それはそれは、素晴らしいのだそうだ。天空に無数の奇岩が連なり、その間を清流が縫って流れる光景はまさに絶景だ、と訪れた人は口々に言う。金剛山は、白頭山とともに、韓国人なら死ぬまでに一度は訪れてみたい名勝であるに違いない。

平壌を訪問した韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、韓国人観光客射殺事件によって2008年7月から中断していた金剛山観光を、「条件が整い次第正常化させる」と「平壌共同宣言」に明記した。南北の交流と協力をより増大させるためだという。

韓国人の金剛山観光が始まったのは金大中(キム・デジュン)政権下の1998年11月。現代財閥総帥の鄭周永(チョン・ジュヨン)氏が平壌を訪れて金正日(キム・ジョンイル)氏から承認をもらって始まり、10年間で外国人も含めて累計200万近い人が訪れる韓国の人の人気観光地として定着していた。

金剛山観光は、金大中-盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権下で南北朝鮮の和解と協力の象徴と喧伝された。韓国側から陸路が整備され、料金は日帰り1万円から2泊3日で3万円ほどと手頃だった。ところが、2008年7月に観光客の50代の主婦パク・ワンジャさんが、早朝に海浜を散歩していて立ち入り禁止区域に入り込んだところを、北朝鮮の警備兵に背後から銃撃されて死亡する事件が発生し、中断された。

◆北の人々は金剛山を取り上げられた

金剛山に行ってきた韓国人の知人に感想を聞くとほぼ同じような答えが返ってきた。

「本当にすばらしい景色だった。ただ、有刺鉄線の向こうに遠目に見える貧しそうな農村と、みすぼらしい服の現地の人の姿に胸が傷んだ」

朝鮮随一の名勝と、その奥に広がる北の農村が見たくて、入域を拒否されることを心配しつつ、私は金剛山行を計画した。だが、北朝鮮に住む知人の一言が躊躇させた。

「我われ北朝鮮人は金剛山に行けなくなりました。もう、写真でしか見ることができない」

韓国人の観光が始まると、北朝鮮の人々の金剛山地区への立ち入りは禁止され近づくこともできなくなった。現地にはホテル、食堂、土産物屋が数多くできたが、ほぼすべての従業員は北朝鮮人ではなく、中国から連れてきた朝鮮族であった。韓国人が言葉を交わせる北朝鮮国民は当局者とガイドだけ。統制は徹底していた。「南北交流ができないよう」な仕組みになっていたのだ。

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結果的に、金剛山観光は南北交流どころか、北朝鮮人から朝鮮半島髄一の景勝地をカネで取り上げたのも同然だったのである。

観光客一人当たり40~80ドルが北朝鮮側に支払われた。その累計は、5000万ドルを超えた。それでも、その金が貧しい北の民衆の生活向上に役立っていれば素晴らしい。しかし、これは金正日政権がまったく自由に使える金だ。体制維持のために必要な経費や、核・ミサイル開発などに優先的に使われたと考えるべきだ。

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◆北朝鮮民衆排除して南北交流?

金剛山観光の再開には、国連安保理による経済制裁の緩和が必要である。観光事業そのものは制裁の対象ではないが、北朝鮮への多額の資金の移転が禁じられているからだ。非核化の進展が必要ということになってくる。

今年に入って南北朝鮮の対話は一気に進んだ。軍事通信の復旧、南北当局者が常駐する開城(ケソン)の連絡事務所の開所、荒廃した北朝鮮の山林復旧を中心とする環境協力、防疫および保健・医療分野の協力の合意など、いくつも成果があった。

文大統領は、「優先して再開させる」と平壌宣言に書き込んだ金剛山観光をどうするつもりなのだろうか。かつてと同様に、北朝鮮の人々が金剛山から排除される事業でよしとするなら、それは南北対話の成果とも、交流とも呼べない。金正恩(キム・ジョンウン)政権に入山料を払って韓国人だけが楽しむリゾート契約に過ぎない。「人権大統領」の誉れ高き文在寅さんが、そんな愚を繰り返さないと信じたい。

最後に一つ付言。9月20日に南北両首脳は白頭山に一緒に登頂したが、金正恩氏の狙いの一つは韓国人観光客の誘致である。白頭山も北朝鮮の人々は取り上げられることにならないか心配だ。

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※射殺事件その後

観光客射殺事件で事業が中断された後、現代グループのヒョン・ジョンウン会長が2009年8月に北朝鮮を訪問し、金正日当時国防委員長に会って観光再開などに合意したが、李明博(イ・ミョンバク)政権は、真相究明と再発防止策について、事業者である現代ではなく、南北当局者間で説明すべしとしたが、金正日政権はそれを拒否した。

2010年4月8日、業を煮やした北朝鮮側は、韓国政府所有の離散家族面会所をはじめとした韓国側所有の不動産資産の没収、凍結を発表し、韓国側管理要員を追放した。さらに北朝鮮独自で中国人などへの観光事業を始めた(韓国側施設は利用されていないようである)。9月の文在寅大統領の平壌訪問で、金正恩政権は金剛山地区に設置された離散家族面会所の没収措置の解除要請に同意した。

※朝鮮半島東端の交通不便な場所を観光地として最初に開発したのは、実は植民地支配者たる日本であった。現在は使われていないが鉄道も引かれ、スキー場も作られた。大正から昭和にかけて観光案内本だけで数十冊が発刊され、金剛山は「日本の名山」のひとつに謳われた。それほどの絶景なのである。

アジアプレス大阪事務所代表

1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。

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