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北朝鮮水害の死者は数千名か 金政権が過少発表の疑い 「農村丸ごと消滅」で他地域の貧困住民を大量移住

石丸次郎アジアプレス大阪事務所代表
金政権は犠牲者数を過少発表か。咸鏡北道の被災地で9月国際赤十字赤新月社撮影

今年8月末に北朝鮮北東部で発生した大水害。国際赤十字・赤新月社などの国際機関は、9月中旬に被害現場を視察し、「咸鏡北道の洪水被害で138人が死亡し、400人が行方不明になった」との北朝鮮当局から伝えられた情報を公表した。11月に入り、北朝鮮国営メディアは、復旧作業が急ピッチで終わり、家を失った人々向けの復興住宅が完成したことを大々的に宣伝している。

(関連ページ:北朝鮮の宣伝媒体「ネナラ」日本語版 被災地に建てられた新しい街

さて、水害被災地の実際の状況はどうなのだろうか? 被害の深刻だった豆満江沿いには、筆者の北朝鮮内部の取材パートナーが数人住んでいる。また他地域に住む協力者で、深刻な被害を受けた地区の復旧作業に動員された人もいて、現地の状況については頻繁に報告が入る。

(関連写真を見る:水害被災地復旧で住宅より脱北監視施設を優先 二階建ての警備哨所の再建を確認) 

11月後半になって届いた情報に驚いた。被災地の一つ茂山(ムサン)郡に住む協力者が次のよう伝えてきたのだ。

「今回の水害で延社(ヨンサ)郡、茂山郡、会寧(フェニョン)市、南陽(ナミャン)労働者区などで大勢の人が死んで、あちこちの協同農場の運営に支障が出ている。とりわけ延社郡がひどく、里が丸ごと流されて消滅し、協同農場が成り立なくなった所まである。人がいなくなったのだ。そのため、他地域から人を移住させて被災地の農場に配置することになった。(自身が住む)茂山郡にも500人以上が移住してくることが決まった」

里とは、地方の行政単位で、いわば「村」にあたり、ほとんどの場合、住民は協同農場に勤める。農場員は少ないところで数百人、大きい所は1000人を超える。被災地は豆満江沿い2-3百キロの地域に広がる。他地域からの移住が必要なほどの被害が出ているとすると、死者・行方不明者は、北朝鮮当局が発表した五百数十人どころでは済まないのは間違いなさそうだ。

では、被災地の協同農場という悪条件に、当局は、どこの誰を移住させようというのだろうか? 前出の茂山在住の協力者は、次のように伝えてきた。

「同じ咸鏡北道の吉州(キルジュ)郡、金策(キムチェク)市、両江道の恵山(ヘサン)市などで選抜しているそうだ。対象は各地の保安(警察)署が「コチェビ」(浮浪者)や極貧層、居住登録せずに暮らしている人を選抜して送ることになった。彼らが住む住宅は、水害で死んだ農場員を補充する人員を移住させるために追加で建設された」。

恵山市に住む別の取材協力者に調査を依頼したところ、「水害被災地に移住させるために、市内の貧困層を対象に選抜が始まっている。『コチェビ』も送り出すことになった」

とのことだった。

移住者の規模は数千人になると思われるが、それは北朝鮮当局が死亡、行方不明者を過少に発表していることを意味する。その理由について、脱北者のペク・チャンリョン氏は次のように解説する。

「毎年のように発生する自然災害に無為無策であったことを世界から隠し、膨大な犠牲者が出た責任について、批判と不満の矛先が指導者金正恩氏と政権に向かないようにするためだろう」。

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水害被災地関連地図
水害被災地関連地図
アジアプレス大阪事務所代表

1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。

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