新型コロナウィルス対策で問われる国家体制と先端技術力

新型コロナウィルスで封鎖された武漢市(写真:ロイター/アフロ)

感染症対策の基本は隔離

 昨年末に中国武漢で発生した新型コロナウィルスは既に地域を越えて世界中に伝搬してしまいました。初期の段階で適切な対応を取らなかった中国政府は異例の謝罪をしています。このような隠蔽体質は独裁体制のマイナス面と言われていますが、その後のウィルス感染の封じ込めに関しては武漢市はじめ湖北省を封鎖するなど恐ろしいほどの徹底ぶりを示しています。

 初期の対応のまずさはさておき、感染症の専門家の間では現在中国が行っている対策への評価が高いようです。つまり国民の人権を無視した徹底した隔離政策が感染症対策の1番の基本なのです。

感染症対策は民主主義体制には不利?

 日本では皆さんご存知のように習近平国家主席の来日を控え、初期の段階で中国からの来日を完全にシャットダウンできなかったことが裏目に出ているように思います。またクルーズ船の対応や武漢からの帰国者への対応などを見ているとかなりゆるいと感じる人も少なくないでしょう。

 安倍首相はここにきて一斉休校の要請や中国・韓国からの入国制限を発表していますがやや手遅れの感があります。多分このような手ぬるい対応は日本が自由な民主主義体制であるが所以かもしれません。

 中国の場合は新型コロナウィルス感染が発生する前からかなり厳しい個人管理が行われています。その対策が今回は功を奏したのです。つまり国家体制の違いが感染症対策に大きく反映されてるともいえます。

最先端技術でさらに強固な管理体制

 一方、独裁体制に近いイランでも新型コロナウィルスは猛威をふるっていますが、政府要人まで感染が及ぶなど中国のように感染の制御がうまくできていないように感じられます。もっとも独裁体制においては都合の良いデータしか開示しない傾向がありますのでどこまで信用していいのかわかりませんが、報道で見る限り中国とイランの差はおそらく最先端技術による徹底した人民の管理ができているかどうかでしょう。

 5Gの最先端を行く中国と比較すると、イランは明らかな差があるように思います。いくら独裁体制とは言え最先端技術が普及していなければ完全な感染症対策は難しいと思われます。

災いまでもプラスにしようとする隣国のたくましさ

 今回の騒動で私が驚いたのは、感染拡大後の湖北省・武漢市の対応です。まず千人規模の収容施設を10日前後で完成させてしまったことです。報道を見ると無数の重機を投入し、満足できるものでないにしろ、それなりの隔離施設を完成させています。

 さらに武漢市や湖北省を事実上封鎖してしまったことです。武漢市の人口は約1000万人、湖北省の人口が約6000万人ですから、東京を中心とした関東を封鎖したに等しいのです。

 封鎖に伴って医療施設の整備はもちろんのこと、健康な市民の最低限の生活を保障する必要があります。ライフラインは当然のこととして、1000万人の食糧や生活物資を確保するのは容易なことではないでしょう。市民には多くの不満があるようですが、餓死者が出たとか、暴動が起きたという報道は表面上ありません。

 市民生活の報道をテレビやネットのニュースで見ると、市民はネットで買い物をし、デリバリーで受け取っているようです。個々の配達は人間が行っているようですが、閑散とした街には無人の貨物車が走り回っている様子が映し出されていました。

 そして、春節が終わっても北京や上海の町は閑散としています。多くの人が自宅待機をしているようですが、何もしていないわけではなさそうです。多くの企業がテレワークを本格的に導入し始めているようです。独裁体制の長所と言えば良くも悪くも「意思決定の速さ」です。今や中国は新型コロナウィルスの惨事さえも、ビッグなビジネス試験場として乗り越えようとしているように思えます。

参考にしたい台湾の対応

 感染防御に関しては民意や人権に配慮する民主主義体制は不利なように思います。台湾では新型コロナウィルスが流行する頃に総統選挙が行われ、中国に強硬姿勢をとっている民進党政権が継続することになりました。この背景にあったのは香港の民主化運動だと言われていますが、そんな選挙中から台湾の衛生当局は先手を打っていたというから驚きです。

 そして中国依存を少なくする政策が幸いして今回の新型コロナウィルスの早期対策ができたのだと思います。さらに最も民衆の評価が高いのは政府高官の適切で素早い対応でしょう。感染症やITに実績のある政治家が直接指揮をとっていたことが、その後の感染症の流行を最小限にしていると言われています。

平和な日本に突き付けられた課題

 感染症対策において民主主義体制は独裁体制より不利だと考えられますが、その差を埋めるのは政治力だと思われます。自由や人権を放棄してまで独裁性の強い国家を求めるのか?それとも自由や人権を守りつつ、感染症のような危機に強くなる国家を求めるか?は我々の判断でしょう。

 政府の対策に不満がある方は少なくないと思いますが、選んだのは我々です。もっと感染力や致死率が高い感染症に襲われた時に、後悔しないために我々一人一人が非常事態にも強い適格な政治家を選ぶことが必要ではないでしょうか?