“やってしまった”という後悔を理解しない長谷川豊氏

(写真:アフロ)

実は医療費よりも深刻な年金問題:健康長寿は負担が少ないという妄想

医療費高騰を憂えた発言ではあるけれど

暴飲暴食で糖尿病を発症し、その後も医師の指導も守らずに自堕落な生活を送った挙句、腎不全を併発し透析治療を受けている患者さんに対して、自己責任と決めつけ国民の医療費を無駄遣いしていることを厳しい言葉で糾弾したアナウンサーの処遇が大きな話題となっている。患者団体からの非難が相次ぎ、ついには番組のMCも降板させられたようだ。彼の発言自体は過激で、不快な思いをされた方も多いと思うが、最近の急激な医療費の高騰に危機感を覚えたことが事の発端らしい。このまま無制限に医療費の負担が増え、本当に困っている患者さんを救えないのではないかと危惧したうえでの発言であろう。その真意を理解して擁護する発言も少なくはないが、少し内容が過激すぎたようだ。長谷川氏のいう本当の困った患者さんとは先天的な病気のように個人の努力ではどうしようもない病を想定しているのだろう。それに対して、注意すれば発症を防げるような生活習慣病のような病気は医師の指導も聞かずに自堕落な生活をした結果の自己責任という理解だろう。

糖尿病はサイレントキラー

生活習慣病の中でも糖尿病は腎不全、失明、神経障害、血管障害、心臓病、脳卒中などの費用のかかる合併症を併発するのでやり玉にあがりやすい。医師として糖尿病患者さんを指導していても、“いい加減にしてよ!将来どうなるか責任取れないよ!”と切れそうになる時があるくらい多くの患者さんはお気楽だ。糖尿病はサイレントキラーと呼ばれ初期は血糖が高いだけでほとんど症状はない。血糖降下剤を服用すると、いったんは血糖が下がるので、それに満足して積極的にダイエットする気にもならない。本来はこの時期に生活習慣を改めることが必要なのだが、症状がないので危機感はない。そのうち体中が痒くなったと思えば腎機能がかなり低下している。同じ時期に手足がしびれる、視力が落ちるなどの症状が立て続けに起こってくるが後の祭りである。アッという間に腎不全は進行し、透析が必要となるどころか視力が低下するので介護も必要となる。毎日しびれる、痒い、だるいと言った症状に苛まれるのである。

多くの患者さんはその時ようやく糖尿病の恐ろしさに気付き、「やってしまった」と後悔するのである。我々医師は多くの患者さんと接してその辛さを感じているので、リカバリー可能な時期に一生懸命指導するのであるが、どうも当の本人に危機感は生まれないようだ。そんな経緯を知っている医師でも、暴飲暴食で糖尿病を患っている人も少なくはない。タバコの健康被害をよく知っている呼吸器や循環器の医師にも禁煙できない人もいる。お酒を浴びるように飲んで食道がんになったときに「やってしまった」と後悔する医師もいる。私自身も歯の手入れがおろそかで、痛みを感じた時に「やってしまった」と必死に歯磨きをするのだが、痛みは治まらず、たまりかねて歯科医院を受診すると「手入れしていました?」と怒られる。

医療費よりも深刻な年金問題

多くの人間が「やってしまった」時に後悔するのである。そんなおろかな人間を皆で助け合おうというのが社会保障制度である。確かに今の社会保障制度は破たん寸前で若者の負担は増すばかりである。長谷川氏が透析患者さんを目の敵にして訴えたい気持ちの一部は理解できる。しかし、彼は大きな問題を見落としている。自堕落な生活をせずに健康に気を付けている人は社会保障費を遣わない優等生であると勘違いしているのである。実は医療費より深刻なのは年金問題である。平成25年の社会保障給付費は約110兆円、そのうちの約50%は「年金」、約30%は「医療」、約20%。は「介護」である。年金や医療給付は毎年1兆円程度増え続けている。65歳以上の医療費は全体の約55%と多いが、協会けんぽの平成22年のデータでは人工透析医療費の対医療費総額割合は3.4%、年間1,750億円程度と推計されている(脚注)。つまり人工透析の医療費は高く、患者さんが増えているといっても、高血圧症ほど患者さんが多くはないので総額はそれほど高くないのだ。

長寿がまねく年金負担

健康人、病人にかかわらず全ての高齢者に必要なのが年金で、その額は医療費の比ではない。人にもよるが人工透析を開始後の平均余命は、健康な一般人のおよそ半分といわれているので、60歳で導入した人の寿命は70歳くらいである。たとえ医療費がかかろうと、透析患者さんの年金は健康な人よりかなり少ない。透析患者さんの生涯医療費と年金などの社会保障費を詳しく検討したデータはまだないようだが、喫煙者の医療費に関しては多くのデータがある。それによると喫煙者の短期の医療費は確かに高いが、生涯医療費は変わらない、もしくは低いという。喫煙者にはたいへん失礼ではあるが、非喫煙者より寿命が約10年短いので、年金まで含めた社会保障費はむしろ少ないのではないかと考えられている。長谷川氏は健康に留意すれば社会保障費は少ないと勘違いしているだろうが、健康に留意しても病気の発症が遅れるだけで超高齢になるとほとんどの人が医療のお世話になる。しかも80歳を超えると認知症の発症が極めて高くなるので介護も必要になる。高齢化社会の問題は病気、健康にかかわらず、年金が大きな問題である。“健康=社会に貢献している”という妄想は捨てたほうが良い。

長谷川氏もやってしまった一人

単純に自堕落な生活で病気になった人が社会的に問題であると考え、過激な提言をした長谷川氏もまた「やってしまった」一人なのである。世の中から病気、もめ事、犯罪がなくなればすばらしいことであるが、そんな社会になれば医師、弁護士や警官、自衛隊は失業してしまうだろう。「やってしまった」人間の愚かさを理解しながら、継続可能な社会保障システムを考えるのが現実的だ。長谷川氏もしばらくゆっくりして再起を図ってほしい。それを許さないのは透析患者さんに“死ね”といっているのに等しい。寛容な社会には費用が掛かることを国民全体が理解する必要があるだろう。

脚注:協会けんぽ内のデータで、国民全体では毎月の透析費40-50万円、患者数 約32万人 年間費用は1兆5000億円程度と試算される。ちなみにC型肝炎の新しい治療薬は治癒まで約500万円、患者数150-200万人、 年間50万人が新薬を使うと約2兆円必要。肺がんの新しい治療薬は月約260万円、年間5万人が使うと1年で約1兆7500億円必要。その他高額な新薬が次々と開発されている。C型肝炎の場合は治癒率96%と高いが、肺がんの場合は1年生存率を従来の薬の39%から51%にやや改善しているくらいである。しかし、患者さん本人にとっては少しでも効果のあるものを求めるのは当然だろう。透析患者さんの増加は鈍化し、今はこのような高額新薬をどうするかの方が大きな議論となっている。