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「スマホ料金値下げ」を1年で実現した菅首相が退陣。5G普及への悪影響、将来的な値上げの可能性も

石川温ケータイ/スマホジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 菅義偉首相が自民党総裁選の出馬を断念した。

 菅首相と言えば「携帯電話料金の値下げ」を目玉政策に掲げてきた。実際、この1年、菅首相と武田良太総務大臣に通信業界は苦しめられてきた。

 昨年、菅政権が誕生した当時、ある通信会社関係者は「今回の菅首相は本気だ。年内にも我々に結果を出せと圧力をかけてきた」とぼやいていた。

 菅首相は、官房長官だった2018年夏から「日本の携帯電話料金が世界に比べて高すぎる。4割値下げできる余地がある」と主張していた。

 そこで、KDDIとソフトバンクは2020年10月にUQモバイルとワイモバイルというサブブランドで安価なプランを発表。しかし、サブブランドでお茶を濁した両社に対して、武田総務相が「メインブランドで値下げしないと意味がない。誠意を見せろ」と激怒した。

 結果、12月にNTTドコモが「ahamo」、ソフトバンクがソフトバンク on LINE(当時、現LINEMO)、2021年1月にKDDIが「povo」を発表。オンライン専用プランを「メインブランド」と言い張り、キャリアショップなどの人件費を削ることで、20GBで3000円以下という料金体系を実現した。

 3キャリアのメインブランドでの値下げに追い込まれたのが楽天モバイルだった。

 そこで、当時、2980円でデータ通信が使い放題というプランを提供していたが、3キャリアのオンライン専用プランが出てきたことで、月間1GB未満ならゼロ円、使った分だけ支払い、20GB以上使っても3278円という新プランで対抗してきたのだった。 

 さらにワイモバイルやUQモバイルが「3GB月990円」という料金プランも投入してくるなど、過熱した料金競争は止まらない。

 

 菅政権から通信業界にかけた圧力により、結果として、日本の通信料金は世界で2番目に安い水準となった。菅政権に不満の声は多いが、携帯電話料金の値下げ政策に関しては高い評価をされるべきだろう。総務省では10年以上にわたって競争政策を実施してきたが、手ぬるい中身だったこともあり、何一つ、成果は出せていなかった。その点、菅首相になったことで、一気に通信業界の悪しき慣例や習慣が見直されたのだ。

 しかし、菅政権による荒療治により、通信業界は大きなダメージを受けている。今後、この影響が日本の通信業界、特に5Gの普及、発展に大きな悪影響を与えかねないと不安視されている。

 例えば、KDDIとソフトバンクは値下げのせいで年間600〜700億円の収益減を見込んでいる。さらにNTTドコモの減収は年間2500億円規模にもなるという。

 本来であれば、昨年3月にスタートした5Gにおいて、全国に基地局を設置するともに、5Gスマホを大々的に売り出し、広告宣伝も行い、5Gを普及させる計画であった。5Gスマホにより「データ通信が使い放題」という利便性を提供することで、インターネットサービスやアプリ業界が成長し、国民の生活が便利で快適になるという環境を目指すはずだった。

 だが、値下げ要請によって「スマホのデータ通信はケチケチ使う」というのが広まるようだと「国民生活のデジタル化」が進まなくなる可能性がある。

 菅政権では、デジタル庁を創設したが、5Gスマホの普及が遅れると国民や企業、官庁の「デジタルトランスフォーメーション」が停滞することになりかねない。

 「日本は5Gで世界から遅れている」と指摘されているが、値下げによってキャリアは体力を奪われ、さらに5Gで世界から取り残される可能性もあるのだ。

 特に3キャリアが値下げを実現しようと開始したオンライン専用プランが普及すると、街中の「キャリアショップ」が閉店に追い込まれるようになるだろう。NTTドコモやau、ソフトバンクの看板を掲げるキャリアショップは、シニアなどがスマホデビューするための「地域のIT拠点」としても機能している。

 地方などでキャリアショップが減れば、その地域のITに触れる拠点がなくなることを意味する。結果として、日本全体で、ITリテラシーがいつまで経っても向上しないということにもなりかねないのだ。

 また、これまで10年以上、総務省では料金値下げ競争を促進させようと、MVNO、いわゆる格安スマホを盛り上げてきた。しかし、3キャリアが値下げを実施したことで、わざわざMVNOを選ばなくてもいい状況になってしまった。MVNOという存在により「通信料金を安くできる」という選択肢が生まれたが、今後、MVNOが契約者を失い、撤退が相次ぐようだと、楽天モバイルを含む4キャリアしか残らないという状況にもなりかねない。

 結果として、通信業界の寡占化が進むことで、将来的に「料金の値上げ」につながることも考えられる。

 菅政権によって「携帯電話料金の値下げ」が実現したが、結果を急いだため、通信業界に様々な傷跡を残した。この傷が将来的に国民生活に悪影響を与えないか、今後、検証していく必要がありそうだ。

 

 

 

 

ケータイ/スマホジャーナリスト

日経ホーム出版社(現日経BP社)に入社後、日経TRENDY編集記者としてケータイ業界などを取材し、2003年に独立。現在は国内キャリアやメーカーだけでなく、グーグルやアップル、海外メーカーなども取材する。日経新聞電子版にて「モバイルの達人」を連載中。ニコニコチャンネルでメルマガ「スマホ業界新聞」を配信。近著に『これからの5Gビジネス』(エムディーエムコーポレーション刊)がある。

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