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電車内でのナイフ切り付け事件に遭遇したら 警察OBが語る対策と自分を守る広報のあり方

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(提供:ロイター/アフロ)

昨年は8月6日に小田急線、10月31日に京王線列車内で20代男性がナイフで乗客を切りつける事件が立て続けに起こりました。官房長官や国土交通大臣の定例記者会見でのコメントはありましたが、鉄道会社による記者会見動画やプレスリリースが見当たりません。国、事業者、個人ができる対策をもっと国民全体で考える必要があるのに、なぜないのか、憤りすら感じます。そこで、元機動隊で現在は要人警護サービスを提供している株式会社誠・シークレット・サービス・コンサルティング代表取締役社長の田丸誠さんにリスクマネジメントの観点から訓練方法について話をお聞きしました。

自分で自分の身を守る意識とスキルを

石川:そもそもなぜ列車内切り付けのような重大事件についてじっくり考える記者会見をどこも開かないのか不思議で仕方ありません。出てくるのは、一方通行のアナウンスだけです。例えば、国土交通省は、12月3日に車中の防犯カメラ義務付けの方針を決定しました。そのほか、見回り強化、あるいは凶器を持った犯罪者と格闘する訓練動画も流しています。この対策が本当に有効なのか疑問です。間に合わないのではないかと思うからです。警察が入ってきて取り押さえるにしても、来るまではどうしたらいいのか、です。国や事業者ができること、個人でできることをディスカッションして社会全体で犯罪抑止のあり方を考える機運を高めることがリスクマネジメントにつながると思います。

田丸さん(以下、敬称略):カメラの義務付けの方針についてはスリや痴漢といったものには抑止力になります。しかし、今回のような社会全体を恨み、無差別に人を殺してやろう、といった人に対して抑止力が弱いだろうと思います。カメラがあってもなくても、やってやろうと思って電車に乗っているわけですから。

石川:今までカメラがなかったことの方が実は驚きでした。リスクマネジメントとしての体制が不十分だった、といえます。

田丸:見回りの方が抑止力はあります。鉄道警察の強化がよいでしょう。警備会社は、基本的に武器は持てないし、持てたとしても、警察に申請して許認可が取れたものしか装着できないのです。

石川:鉄道警察とは?

田丸:鉄道警察隊とは、都道府県警察本部に設置されていて、鉄道利用者の安全を守ることを任務としています。具体的には、痴漢、スリといった犯罪の予防、踏切事故といった鉄道事故の防止、事故捜査や調査も行います。駅構内にあったり駅前交番がそれに当たります。シンガポールなどだと、自動小銃を携帯した警察官などが電車の中をうろうろしています。シンガポールなどは、日本と比べても遜色ないくらい治安がいいと言われている所なのですが、武器を持って見回りしているのです。

石川:シンガポールの鉄道警察が自動小銃を持って車内を見回るということは、電車は危険な場所だと認識しているからなのでしょうか。

田丸:テロの可能性があるということです。わが国日本で起きた、地下鉄サリン事件を海外では教訓にしています。あれを契機に、グローバルでは、電車の中も危ない、テロが起きる、バイオテロというか、ケミカルテロのリスクを認識したのです。そのわりに日本は呑気です。日本では電車の中でサラリーマンが疲れて寝ている。でも、海外では、電車の中で寝ている人などいない、危険な場所だと認識しているからです。

石川:自分で自分の身を守るといった発想をもっと持たないといけませんね。列車に警察の人が乗っていてくれればかなり心強いですが、全部の車両に警察官を配備するのは無理です。私も電車に乗ったら、観察するようになりました。1車両に必ずSOSのボタンと消火器があります。乗車したら必ず確認するようになりました。鉄道会社が記者会見を開いて今回の事件について説明する必要があったのではないでしょうか。それが注意喚起にもつながったはず。飛行機に乗ると必ず救命具の使い方が流れますよね。同じことをしてもよいのでないかと感じています。そういった声がもっと上がってもいいはずでは。

田丸:おっしゃる通りもっと国民全体で考える機会にすべきでしょう。私の会社でも「リスコンちゃんねる」動画を始めたので、列車に限らず自分の身の守り方について順次公開していく予定です。

石川:それは頼もしい。

田丸:今、少しやってみましょうか。消火器は火が起きた時はもちろん、暴れる不逞の輩に対して、一時的に自分の身をあるいは皆さんの身を守るツールにはなります。それ以外に皆さん荷物を持っていますよね。それを盾代わりにして体を守ることができます。今日、私は傘を持ってきていますが、傘だって武器になるわけです。傘でも、竹刀代わり、木刀代わりにできます。相手との距離を取ることも、突くこともできるし、はたき落とすこともできます。

石川:ぜひ、ご指導ください。犯罪者に後ろを見せて逃げたら危ないのはわかりきったこと。京王線も小田急線も日常的に使っているので、実際目の前で起きたらどうしようかと、私は何度も自分で動き方についてイメージ訓練をしました。

石川:こうやって立ってやってみると、リアルに恐怖を感じました。同時に、動けば感覚がつかめる。普段からさっとコートを脱ぐ、身構える、カバンを持ち替える、といった動きをやってみようと思います。そういえば、私自身も危機管理訓練の一環で迷彩服を着用して野山を駆け巡るサバゲ―(サバイバルゲーム)に数回参加したことがあります。最初はビービー弾が怖くて体が動きませんでした。回数を重ねると体が動くようになりました。でも、定期的にしていないと忘れますがね。

田丸:ほー、石川さんがサバゲ―ですか。最後は自分の身は自分で守らないといけない、まずはこの意識を広めたいですね。

石川:列車の中で逃げ惑う動画を見ていても恐怖しか湧き起こらない。何の学びにもなりません。友人のお嬢さんが、動画を見すぎて気持ち悪くなったそうです。かといって私達には警察が訓練する動画は、「ああやってるな、当然でしょ」程度で自分を守るスキル向上には役立たない。

被害を食い止めのために「5,6人で」一斉に取り押さえる発想も

田丸:逃げ場がない時に皆が逃げたら全員がナイフを振り上げる犯罪者の犠牲者になります。逃げずに立ち向かう人も必要。屈強な男性が5,6人で取り押さえる発想も大切です。一人ではなく、複数で立ち向かう。声を掛け合って。力の弱い子どもや女性を守るためにも最後は「取り押さえる」「立ち向かう」も選択の中に入れてほしい。

石川:「立ち向かう」ですか。それは新鮮。京王線では注意をした男性が刺されてしまいました。注意するにしても複数で行えばいい?

田丸:それはちょっと違って、要注意人物には、基本的には近づかない、相手の動きは注意しつつも、目は合わせない、距離を置く、です。でも、相手が近づいてきて逃げ場がなければまずは身の回りのものでかわす。相手がナイフを振り回したら、屈強な男どもで力を合わせ複数人で一斉に取り押さえる。それと散弾銃乱射のような場面であれば、逃げるとターゲットになる可能性がありますから、うつ伏せに倒れて頭を両手で押さえる姿勢が「隠れる」ことになります。

石川:自分で自分の身を守る、といった発想を持て、といった広報が必要だろうと感じます。どこが「自分を守る」広報をするとよいのか。国がやると国民から「無責任だ、国民の命を守れ」と言われそうです。その観点からするとNPOがいいのかもしれません。もう少し企業ができることについて考えてみたいと思います。アイディアありますか。

田丸:企業が体験訓練会をイベントとして開催するのは有効だろうと思います。先ほど申し上げたように身近なもので自分を守る体験会です。見るだけではなく、実際に行うと一番身につきます。そして、体験したことを、みんなに伝える、といったことで広がっていきます。

石川:確かに、体験すると伝えたくなります。体験会の事前広報や体験後のレポート、SNS発信ですね。私も今日は体験動画を発信しました。

田丸:研修として実施することもできます。要人警護である家庭を警備していた時のことです。家族全員にどうしたら警察が動いてくれるのかといったレクチャーを行いました。そして暴漢が来た時の逃げ方、隠れ方、隠れ場所にはどこがいいのかを考えてもらったり。トイレ、押し入れ、ガレージいろいろあります。パニックルームを設置することもあります。

石川:確かに、企業研修はもっと増えてもいいでしょう。ところで、パニックルームとは?

田丸:緊急避難用の密室のことです。自分達が逃げ込んでもいいし、あるいは暴漢をそこに閉じ込めるといった使い方もできます。その上で、実際に私が暴漢になって襲ってみて計画通り皆が動けたかどうかを検証します。まあ、平たく言うと鬼ごっこみたいなもんですよね(笑)。このように知識と体験を通して身につける発想は有効です。

石川:列車の中で逃げ惑う人々を繰り返し見るよりずっと役立つと思います。身近な小物で身を守る、立ち向かうといった新しい視点をいただきました。自分の身の守り方や体験訓練の重要性を広報することがリスクマネジメントにつながるのだと実感しました。企業や社長がターゲットになった場合のケースは別の機会にお聞きしたいと思います。本日はありがとうございました。

【田丸誠氏プロフィール】

株式会社誠・シークレット・サービス・コンサルティング 代表取締役

東京都目黒区出身。千葉県警察官拝命後、交番・パトカー・重要防護施設警備警護・空港関係者警護・機動隊等を経験。機動隊時代は、成田空港暫定滑走路供用開始と日韓サッカーワールドカップ共催等の警備警護に従事。

警察退官後は、千葉県警本部警備部参事官の推薦をうけ、警察OB主体の大手危機管理会社にて、東証一部上場企業会長・社長等の身辺警護や危機管理対策に従事。

2013年、株式会社誠・シークレット・サービス・コンサルティングを創業。法人様から個人様まで、要人の警護や危機管理セミナーやコンサルティングをしながら、現在に至る。

「リスコンちゃんねる」を運営

https://www.youtube.com/channel/UCNDU7YzND71oSiZw3_WvtnQ/featured

<参考動画>

広報リスクマネジメント研究会(RMCAチャンネル提供)

石川慶子が主査する研究会

11月勉強会「怪しい人の見抜き方」

https://www.youtube.com/watch?v=72HRoTntZtc&t=13s

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長

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