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安倍首相の会見、「辞任を受け入れざるを得ない」と思わせる練られた言葉とは?

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

8月28日、安倍総理が突然、辞任表明をする記者会見を開きました。健康不安説は流れていましたが、多くの人は驚きをもってこの辞任会見を見たのではないでしょうか。総理の入念な準備、珍しい質問、手厳しい質問、上から目線の質問や非礼な服装、そして報道官の配慮など見どころが多くありました。

直前まで推敲重ねた練られた言葉

28日の昼すぎには、辞任会見になることが広まり、17時からの会見に集まった報道陣は辞任会見であることがわかっている状態でした。会場を見て最初にあれっと思ったことは、プロンプターがなかったことです。いつもと違うことが感じ取れました。そして、会見全体の時間は1時間。総理の最初の言葉は10分ほどで、いつもよりは少なく、多くの時間を質疑応答にあてた形での配分でした。つまり、十分質問に回答する時間を作ろうとする方針があったことがわかります。内閣報道官も「あと数問で」「あと2問で」「あと1問で」と時間の細かいアナウンス。配慮があり、穏やかに終えたいという気持ちが出ていたように思います。

さて、内容ですが、前半はコロナ対策に取り組む人達への感謝、亡くなった方への哀悼、医療従事者への感謝に続き、新型コロナウイルスの現状説明。「社会経済活動との両立は可能」「40代以下の致死率は0.1%以下、亡くなった方の半分以上が80代以上」「重症化リスク対策に重点を置く」と方針を述べました。重症化リスク対策は繰り返してきた言葉ですが、「0.1%以下」「80代以上」といった数字の出し方に、むやみに恐れるな、日本を担う世代は経済活動せよ、といったメッセージがあったように思います。そして、新型コロナウイルスをSARSやMERSといった2類感染症以上の扱いから、運用を見直すと明言。経済活動シフトを明確にしたといえます。

次に安全保障に言及し、北朝鮮の弾道ミサイルの脅威と置かれている厳しい環境を述べ、ご自身の健康と辞任の理由に話をつなげました。概要は次の通り。

潰瘍性大腸炎の持病があり、13年前にその持病が原因で1年で辞任し国民の皆様にご迷惑をかけた。その後新しい薬が効いて、再就任してからのこの8年近くの間は問題なく全力投球できた。しかし、今年6月から兆候があり、8月に再発してしまった。任期までのあと1年何とかできないかと1か月悩みぬいたが、政治判断を誤ってはいけない、7月から感染拡大が減少に転じた、冬に実施すべき対策がまとまった、新体制移行の前のこのタイミングしかないと判断して辞任を決意。

「任期まであと1年、まだ1年を残し」と繰り返した部分に無念な思いが見て取れました。総理だけでなく、私を含め多くの国民が共有した気持ちであろうと思います。「体調が万全ではないという苦痛の中、大切な政治判断を誤ること、結果を出せないことがあってはならない」「国民の負託に自信をもって応えられる状態でなくなった以上、総理大臣の職にあり続けるべきではないと判断」は、受け入れざるを得ない判断だろうと思います。よく練られた言葉です。

その理由は、記者からの珍しい質問で明らかになりました。「なぜ、今日はプロンプターがないのか」。回答は「ぎりぎりまで原稿が決まっていなかった。自分も推敲していたから」。つまり、今回は総理ご自身が直前まで言葉を練り、思いを込めた内容であったということです。プロンプターはイベントではよいのですが、直前まで内容を練るような記者会見には不向きなのです。このような質問はめったにありませんが、やはり報道陣も違和感をもっていたのでしょう。

報道陣の上から目線の質問、カジュアルな服装に違和感

報道陣の質問は、過去の評価と課題として残ったこと、引き継ぎに集中しました。違和感を持ったのは質問の仕方と内容。2月の新型コロナウイルス会見からずっとそうなのですが、これまでの「反省」は?こうしておけばよかったという「後悔」は?そして同じような質問ばかり。そもそも「反省」「後悔」を促す言葉は上から目線です。批判する際でも相手に対する尊重心は必要だと感じていたところ、ジャーナリストの江川紹子さんが「原因」という言葉を使いました。

「新型コロナの感染者情報を集約するデータベースで発症日とか職業などのデータを把握できないというようなことが起きているというニュースがありました。・・・・このコロナ禍で日本がいかにIT後進国であるかということが露呈してしまったわけです。安倍政権では、2013年に新IT戦略を立てられて、今年までに、2020年までに世界最高水準のIT活用社会を実現するということを目標にして、首相自身も世界の後塵(こうじん)を拝してはならないと宣言されました。ところが、今、正に世界の後塵を拝しているのは明らかで、安倍さんも本当に非常に不本意だというふうには思うのですけれども、こうなってしまった原因はどこにあると考えておられるか・・・・」

質問は手厳しい内容でしたが、聞いていて嫌な感じがしませんでした。総理も唯一「江川さん」と名前を呼び、自ら「反省点である」と言いました。このように、自分で反省という言葉を使う方が自然です。ジャケットを着用し丁寧な態度で厳しく質問する。受ける側は謙虚に反省。見ていて気持ちがよいと思いました。

報道陣の服装も気になりました。赤シャツ、カジュアルすぎる服装で質問マイクの前に立つ姿に相手への敬意が感じられませんでした。国民の声を背負う特別の立場であるなら、それ相応の緊張感ある服装で立ってほしいと思います。総理大臣がネクタイとスーツであれば、報道陣もせめてジャケットを着用するといったマナーがあってもよいのではないでしょうか。

このタイミングでの辞任会見、さまざまな意見があるでしょうが、日本にとって良い決断であったと評価します。最初に辞任表明の話が流れた時には、「またか」と思いましたが、記者会見を見て納得しました。これでコロナ一辺倒の報道が次の総理に向かい、それが経済再生の道筋になるのではないかと予測が立ったからです。通常の会見であったのなら、国民が混乱しているこの時期にはもっと頻繁に記者会見をすべき、とコメントする予定でしたが、辞任は全てをかき消すほどのインパクト。安倍総理は無念でしょうが、この1年留まってもコロナ問題が重く総理がやりたかった拉致問題、日露平和条約、憲法改正の取り組みはできないでしょう。今は落ち込んだ経済を立て直す時期であり、エネルギッシュな新しいリーダーが日本には必要です。今回、このタイミングでの辞任表明は英断です。

【参考サイト】

総理官邸 

https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2020/0828kaiken.html

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長

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