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社長が「驚いた」と言っている場合ではない 現場の声と苦情が届かなかったかんぽ生命

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
筆者撮影

 2019年7月から開始されたかんぽ生命の不適正販売に関する調査について3月26日に追加報告書が発表されました。今回の追加報告書では、「不適正募集の実態把握が遅れた理由や背景に関わる事実経過等を明らかにし、不適正募集の実態等についての経営陣の認識なども可能な限り明らかにするよう努めた」とのことでしたが、問題の本質に迫ることができたのでしょうか。経営陣の認識、現場との乖離の原因、改善策を記述している第7編から9編に着目します。

いつ知ったかではなく、いつ知りえたか

 経営陣の認識についての記述は、経営陣の認識「概要」と「社長」個人についてまとめてあるだけで、何とも物足りない内容でした。何ができなかったのか、どうすべきであったのかといった責任が明記されていなかったからです。2018年のスルガ銀行の調査報告書と比較すると一目瞭然です。比較しながら解説します。

 かんぽ生命の経営陣全体の認識として「概要」に記載されているのは次のことです。

・ごく少数の募集人だけが不適切な販売をしていたと思っていた

・経済合理性のない乗換契約であっても、契約書類に顧客の署名・押印があるからそれは顧客ニーズであると思っていた

・法令違反をしているとは思っていなかった

・不祥事件の数も特に増えていなかったから、不適正募集も減っていくだろうと思っていた

植平社長の認識もほぼ同様で、「顧客に不利益を生じさせるような募集を行っている郵便局員が相当数存在するとは全く思っていなかった」という本人のコメントが掲載されているだけです。

 日本郵便についての経営陣全体の認識「概要」は次の通りです。

・不祥事件等に該当する募集人が相当な数に上ることを知って驚いた

・郵便局における不適正募集の正確な実態を把握していなかった

横山社長の認識も同様で「驚いている」というコメントのみ。

 そして、日本郵政にいたっては「概要」「長門社長」の項目もなく、「長門社長及び鈴木上級副社長は、今般の不適正募集問題が発覚する以前の時点では、郵便局における不適正募集の実態を把握する機会がほとんどなかった」という記載。記者会見で雄弁に説明していたのは長門社長でしたが、ここでの記載が簡素すぎて違和感がありました。

 一方、2018年に公表されたスルガ銀行の調査報告書では、「第5編 関係者の法的責任・経営責任の有無」として、「当委員会としては、直接不正行為等を知りうるかどうかという視点に加えて、いかなる兆候があれば、直ちに不正行為は知りえないとしても、適切な調査を開始すべき義務が生じるかという観点を取り入れている。また管掌取締役については、いくつかの現象が積み重なることで総合的に見て調査義務を発生させるという考え方も採用した」(P245)と明記。そして、会長、社長、取締役、監査役に至るまで一人ずつ、どの会議でどう発言し、どこで知りえて、どう行動すべき責任があったのかといった視点で記述されており、調査に対する責任感に溢れています。

2017年7月15日に開催された第4回サクト会議では、上述の経過に鑑み、シェアハウスのリスクや問題が判明したとみられる。そうである以上、取締役としては、そのリスクを詳細に調査、分析の上、リスクの回避、低減措置を講じる義務を善管注意義務の一環として負っていたと考えられるにも拘わらず、実際には、執行会議、経営会議、取締役会のいずれにも速やかに上程されることなく、立ち消えになってしまっている。米山社長としても、会社に著しい損害を与えるおそれがある重大な問題が発生していることを、遅くともこの時点で認知したのであるから、調査や対応策の策定を指示し、取締役会を開催して報告・附議し、監査役には直ちに伝達する必要があった(会社法357条)と考えられる。その点は、それをしなかったことについて、善管注意義務違反及び法令違反に該当するものと思料する。(P250)

 上記のように非常に厳しく、いつ何をすべきだったと明記して責任を追及していますが、下記のように努力を評価する人間的記述もあり、報告書でありながら、引き込まれて読み込んでしまいます。

まずは、米山社長につき、法的責任を問うことが難しいことについては、会長と同旨である。一方で、2016年6月以降は代表取締役であり、また2017年4月以降は最高執行責任者(COO)であるから、就任後の経営に関し一定の経営責任は免れない。但し、米山社長は、2016年に、それまで経営者としての経験がなかったにも拘わらず代表取締役に就任しており、また、以後数年間米山社長の後見役を務めるはずだった故・岡野副社長が就任直後に急逝してしまったという事情がある。米山社長はそのような中で、まず経営実態を知るため、就任後最初の1年間で取引先百社以上を回り、また支店全店を回ったという。2年目からは営業を知るため執行会議にオブザーバーで出席し始めたところであった。このような事情を鑑みると、取締役への就任時期、従前の担当職務などに照らして、米山社長は「本件の構図」の構築には関与しておらず、またそれを放置・黙認したということもできないから、経営責任が重いというのは酷であると考えられる。(P251)

 本人がいつ知ったと言っているのかではなく、いつ知りえたのか、の視点で調査を進めること、経営者がどこでどう判断を間違ったのかを明記することこそが教訓につながります。「全く思っていなかった」「驚いている」「機会がなかった」の言葉を列記するだけでは参考にすらなりません。せめてどの時点でどうゆう認識を持ち、どう行動する責任があったのか、そこを明記する必要があったのではないでしょうか。

顧客に関心がなかったのは経営陣

 第8編は、経営陣が実態を把握できなかった原因について主に3つの視点で分析、記述しています。

・不祥事を起こした本人が否定すると不祥事としてカウントされない仕組みであったこと

・問題があって販売実績が上がれば不適切な行為は黙認されるという風潮であったこと

・経営会議では、数字のみの報告であり、苦情の分析がなかったこと

 最も驚いたのは、数字のみの報告で、苦情の分析をしていなかったことです。顧客に関心があれば、苦情の内容にも関心を持つはずです。顧客の視点に立っていなかったのは、現場ではなく、経営陣だったのではないかと感じます。「不適正募集の実態把握につながる現場の声も経営層に届かない組織風土であった」(P116)とありますが、組織風土の責任にしてしまうと誰に責任があるのか曖昧になります。ネガティブ情報が流通する組織風土を作る、そのように変革するのが経営者の責任である、と明記するこが求められました。例えば、私の経験を記載すると、学校の教育委員になって間もない時のことですが、他の書類はあるのになぜか事故情報は口頭のみの報告でした。驚いて理由を聞くと「あ、そういえばそうですね、なぜでしょう。。。。これまでそうだったから」との回答でした。さらに現場の事故情報シート現物を見せてもらうと、そこには、事故情報の詳細と対策のみを記載する形式でした。「原因が明記されないとその場しのぎの対策となり、本当の意味での再発防止につながらない」と指摘し、その後は原因も対策も含めて書類で報告する形に変えてもらいました。事務局に悪意はなく、ただ単に慣例的な事務処理をしていたために事故情報が正確に把握できていなかったのです。長年の悪しき慣習を変えるのが経営者の責任ではないでしょうか。

 第9編は、改善の提言です。下記の記述がありました。

1、説明現場の録音録画

2、不適正募集感知のシステム化

3、新規に偏った営業手当や人事評価制度の見直し

4、不適正募集人への厳しい処分

5、通報者が特定されない適切な内部通報制度の設置

6、外部専門家による定期的なチェック

 

 憤りを感じたのは、不正の告発をしても、誰なのかが翌日には特定されてしまう通報制度だったことです。公益通報者保護法では、通報者に不利益をもたらしてはならない、と明記されていますが、告発者を守らないということは顧客を守る仕組みではなかったということです。通報制度を機能させることは組織のリスクマネジメントにおいて要になります。ここを見過ごした経営者の責任は重い。

 その他の改善として記述されたことは下記でした。

1、顧客本位の業務運営に必要なこととして、経営層のメッセージを全国津々浦々の郵便局に伝わるようにすること、顧客の声が経営層に届くようにすること、研修では顧客や消費者団体の関係者を講師として招聘すること

2、旧態依然とした営業手法から脱却し、販売に必要な基本動作を習得させ営業スキルを向上させること

3、営業実力に見合った営業目標の設定と配算方法の見直し

4、顧客本位の理念を反映させた研修の充実

 経営者はこれらをせずに何をしていたのかと疑問が増幅しました。長門社長は、記者会見で会議は活発であったと説明していますが、現場を見ず、数字だけを見て、利益を出すための机上の空論を活発に議論をしていたのでしょうか。見たい数字のみを追いかける経営には未来がありません。営業数字達成のためにお年寄りを犠牲にした罪は重い。現場の声は待っていても来ません、自ら求めていく必要があります。経営陣はどこでどう行動すべきであったのかを明記してほしかった。

 報告書の結語では、改善策にメディアや世間の関心が寄せられなかったことを残念に思う、とありますが、正直、改善策を見ても希望を持つことはできませんでした。それは、経営責任について明確ではないからです。真正面から向き合う厳しい姿勢の報告書であれば、むしろそこから出発するのだという希望が持てます。

 営業現場の変革プロフェッショナルで30年以上人財開発の経験がある株式会社アイマムの嶋谷光洋さんは次のように述べています。「郵便局の研修事業の入札に参加したことがあり、当時いろいろ調べました。日本郵便の仕組みを築いた人は前島密さんです。近代日本郵便の父とも言われている人で、全国に郵便を届けたいという熱い思いのある人でしたが、彼がどのような思いで郵便局の仕組みを作ったのか人事担当者も局長も知りませんでした。こちらの説明に驚きや関心すらありませんでした。ここの共有が欠けていたことがこの組織における一番の問題点ではないでしょうか。経営層自らが、創業者の思いを語り継ぎ、顧客の幸せに関心を持ち、社員が幸せに働く環境を作れば、人も会社も必ず成長します」。

 経営陣を変えて改善策を行っても何のために働くのか、何を大切にするのか、どうしたら幸せになれるのか、といった視点が欠ければ絵に描いた餅です。新経営陣には、血の通った改革を進めてほしい。

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長

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