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【ドーベルマン窃盗事件】は珍しいのか。劣悪な環境で飼育されていた犬の救出の裏技とは?

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
イメージ写真(写真:イメージマート)

千葉県木更津市で4月22日に親子を含む4匹の大型犬のドーベルマンが逃げ出し救出され、再び1カ月も経たない5月8日から、同じ飼い主の2匹の親子(逃げた2匹子犬はすでに譲渡されています)のドーベルマンがいなくなったとニュースになっていました。そのドーベルマン2匹を窃盗した疑いで男女3人が逮捕されました。

今回の窃盗事件では、飼い主が劣悪な環境下で飼育していたのか断定はできませんが、そういった環境で飼育されている犬がいた場合、どうすればいいのか考えてみましょう。

なぜ、このような事件が起こったのか?

なぜ、このようなドーベルマンの窃盗事件が起こったのかを見ていきましょう。テレ朝ニュースによりますと、

逮捕前番組の取材に応じる岡島愛容疑者:「飼育環境もひどいし…糞尿(ふんにょう)もそのままだし」

 飼い主に対する不満を口にしていました。

 一方、飼い主の男性は「『劣悪な環境から救ってあげた』と言っているが、いかなる理由があっても盗むことは許されない」と話しています。

つまり、容疑者たちは、劣悪な環境で飼育されているドーベルマン親子がかわいそうで窃盗したと主張しています。

筆者は実際に、ドーベルマンがどのような環境で飼育されていたかは見ていません。それは、警察の捜査に任せることにします。

いくら劣悪な環境でも無断で人の家に侵入してドーベルマンを窃盗する行為は、許されることでない犯罪行為です。

ドーベルマンの飼い主にすれば、かわいがっているつもりだったのかもしれません(4月に保護されたときは、おとなしく人懐っこい性格だったという報道でした)。

飼い主によって、犬の飼い方には大きな差があります。日刊スポーツによれば、ドーベルマンの飼い主は軽トラに乗せようとしたけれど、容疑者は自分の車に乗せて飼い主宅まで連れて行ったそうです。

劣悪な環境というのは、人によって違って定義は難しいので、飼い主はそう簡単に飼育環境改善や手放すことに応じないかもしれません。

容疑者たちは、もしも実際に劣悪な環境下だとしても飼い主にどこが問題点かを根気よく時間をかけて説得する必要があったのではないでしょうか。

この窃盗事件ではなく、一般的な劣悪な環境から、犬を救い出したいというケースは、筆者の動物病院でもありました。それでは、実際にあった救出作戦をご紹介します。

子犬と一緒に放浪していたトイプードル

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イメージ写真写真:イメージマート

数年前、親子2匹のトイプードルが保護されて筆者の動物病院に来ました。発見者は「道で2匹が歩いていたので、車が危ないから連れてきました」と言っていました。発見者は「なにか嫌なニオイがするので見てほしい」と訴えました。

そのトイプードルの母犬は、被毛は白なのですが、汚れて被毛には葉っぱなどが巻きついています。トイプードルは、トリミングが必要な犬なのですが、被毛が絡みついてから時間が経っていたようで、真綿で締め付けたような状態になり皮膚が壊死して筋肉まで化膿していました。

まずは患部の被毛を刈って洗浄して抗生剤の投与をしました。母犬は、そこを気にして舐めるのでエリザベスカラーをしました。栄養状態もよくないので、高栄養の処方食も出しました。このような状態だと1回の治療では治りません。

発見者は、犬が逃げていた辺りを聞き回り、飼い主を見つけました。発見者は「こんなに寒いのに、犬のいたところは電気が止まっているし、暗くてよく見えないけれど、とても衛生的ではないです。私が引き取ろうか、と思っています」と診察中に話していました。

だれが見てもネグレクト状態ですが、それでもトイプードルの飼い主は、譲渡するのは嫌がったそうです。発見者は、傷の治療に連日、通いました。

トイプードルの飼い主に変化が

そんなことが続いたある日、トイプードルの飼い主と一緒に発見者が治療に来ました。筆者は、血液検査の結果を見せて総合たんぱく質が低値なので高栄養の食事がいることと白血球が増加しているので抗生剤による治療の継続などが必要と説明しました。筆者は獣医師なので、医学的なアプローチでこの母犬がどれだけ具合が悪いのかを説明しました。しかし、発見者に譲渡したらという提案はしませんでした。周りの人に飼い方について責められてると推測したので筆者まで言うことで、トイプードルの飼い主が余計に人の言うことに耳を貸さなくなると困るのであえて言いませんでした。

ただ、発見者が数千円の治療費を払っているのを見て、トイプードルの飼い主は払えないと思ったようです。

それから数日が経って、発見者は「この子たちをもらいました。治療が必要なことがわかって、納得してくれました」と明るい顔で言いました。

つまり、発見者に劣悪な環境で飼育していると責められると、トイプードルの飼い主自身もある程度は自覚があるけれど、素直に認めたくなかったようです。そのうえ、お金を出してペットショップで購入しているし、犬は好きなので手放したくないのでしょう。でも実際問題、完治するまでの治療費もいるし、発見者の熱意も伝わり手放すことになりました。

ネグレクト状態にする飼い主に、ペットの飼育環境の改善を提案しても、すぐに動いてくれることは少ないです。しかし、筆者が経験した例のように、説明して第三者が入ると流れが変わることもあります。

飼い主の意識の格差が広がる

写真:イメージマート

コロナ禍で「孤独を感じる」「温もりがほしい」などと思い悩む人が多くなってきました。心の支えや癒やしがほしいからか、ペットを新しく飼育し始める人もコロナ禍前より増えています。

よりペットを大切に飼いたい人と、昔のように番犬で飼っている人との間では、飼い主の意識の格差が広がっていくでしょう。

どのような環境でペットを飼うかは、飼い主次第のところもあります。室内飼いで温度はいつも24度前後に設定して空気清浄機を24時間つけている人もいます。そんな人から見ると、外で飼うことだけでも許せないかもしれません。

同じ犬種は親戚のような感覚

バーニーズマウンテンドッグのイメージ写真
バーニーズマウンテンドッグのイメージ写真写真:イメージマート

今回も容疑者はドーベルマンを飼育していました。自分の飼っているのと同じ犬種に対しては親戚のような感覚を持つ人も多くいます。たとえば、筆者の動物病院でもバーニーズマウンテンドッグを飼っている人は、他のバーニーズマウンテンドッグを見ると非常にその子の状態が気になるという感じです。

動物愛護法の観点から見ても適切な飼育環境で飼われることは、望ましいですが、法律の範囲内で、行政などいろいろな人も相談して犬や猫の保護してもらいたいです。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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