関東大震災と朝鮮人虐殺「なかった」ことにしたい集会、誰が参加するのか?

「その風」の集会(石戸諭撮影)

「関東大震災で6000人の朝鮮人虐殺はなかった」という論理

 「そよ風」という新興右派団体がある。彼らはここ数年、9月1日に「関東大震災の真実」を伝えるという名目で、横網町公園で集会を開いている。彼らの主張する「真実」というのは、日本人の自警団によって「六千余人」が殺害されたという碑は間違いであり、日本人は本当に悪かったのか、いや悪くないのだというものだ。

彼らが主催した昨年の集会では、参加者から「不逞在日朝鮮人たちによって(日本人は)身内を殺され……」などと発言があり、都によってヘイトスピーチに認定されている。彼らは今年も集会を予告し、そして実行した。いったいどのような人々が参加し、支持しているのか。

 今年の集会は例年のそれと異なり、大型のスピーカーなどは置かない形で開かれた。周辺は都職員や警察官が囲み、彼らの主張に反対する市民団体も公園に集い、反対の声をあげた。彼らの集会ではスピーチなどもあったが、外に漏れてくるのは一部だけで、メディアはかなり距離をとったところからしか様子を伺うことはできかなった。

集会の参加者は語る

 「地元(横網町公園周辺の)墨田区・石原周辺の犠牲者を追悼する式典と聞いて、やってきたがそのような式典ではなかった」と語ったのは、「そよ風」の集会に参加した30代男性だ。確かに名称には「真実の関東大震災石原町犠牲者慰霊祭」と掲げられている。しかし、会場のなかで強調されていたのは「東京都は朝鮮人6000人大虐殺の証拠を示せるのか!」「日本人を貶める都立横網町公園朝鮮人追悼碑を許すな」といった主張で、横断幕まで掲げられていた。

 「六千人の嘘に友好なし謝罪不要」「我々の先祖へのヘイトスピーチやめろ」という看板もあった。「集会では繰り返し、こうした主張が繰り返され、コミンテルンがどうこうとか、6000人は嘘で日本人へのヘイトにあたるというスピーチが続き、だいたい40人〜50人くらいの参加者は大きく頷いていました。ヘイトスピーチ団体と呼ばれてしまった、という話も出ていました」(前出男性)

 彼はさらに続ける。「記憶している限り、『不逞在日朝鮮人』といった言葉はなく、かなり気をつけているのかな。とにかく主張は、6000人はありえない、だから慰霊碑を無くしたいということなのでしょう」という。

「そよ風」を支持する人の声

 会場に入ることができず、外から集会を見て、時折「そよ風」の主張に拍手を送っていたのは愛知県からやってきたという50歳の女性だ。参加は今年初めてという。インターネットは情報を収集するだけで、発信はほぼしない。

 生まれ育ちは横網町周辺の両国で、20年近く韓国系の教会(キリスト教)に通っていたこともあり、若い時は「日本人が悪いことをやった。関東大震災で6000人の在日朝鮮人を殺害しており、それは謝罪しなければならないことだと思い込んでいた。もし関東大震災から100年で記念館を作ることになったら、寄付をしようと思っていたし、在日朝鮮人の殺害も伝えなければならないと思っていた」

桜井誠の存在

 彼女の考えが変化したのは、2010年ごろ、たまたまインターネットで「朝鮮人 差別」と検索したときにヒットした在特会初代会長・桜井誠の動画だ。桜井の動画をみて「今まで聞いていたことまったく違うことを聞いたうまい説明で、歴史を紐解いてくれた」。彼の動画を「1000時間くらい」見続ける中で、徐々に彼の考えは正しいと思うようになった。さらに「そよ風」の存在も知った。彼がヘイトスピーチと認定されたのも「言論の自由が侵害されている。宗教と言論は大事だ」と思う。

 裁判でも敗訴を重ね、ヘイトスピーチを連発してきた桜井がここではキーパーソンになる。

「日本人が自警団を結成して、朝鮮人の虐殺があったことは事実だと思います。自警団によって日本人も殺害されたのも事実だと思います。日本が悪かったことは確かにあったので、認めるところは認めて日本も謝ったほうがいいと思いますが、犠牲者の数が6000人は多いですよね。そして事件の背景には、朝鮮人のほうにも事件を起こすかもと疑われるだけのことはあったのではないか」

小池都知事が語らないこと

 こうした主張は、彼らだけが繰り広げているものではない。確実に政治の場に浸透している。今年3月に亡くなった自民党・古賀俊昭都議(当時)は小池百合子都知事にこんな質問をした。

「追悼碑には、誤った策動と流言飛語のため六千余名に上る朝鮮人がとうとい生命を奪われましたと記されています」

 ここで、古賀が問題視するのは「そよ風」と同じ「六千余名」という数字だ。彼は数字に根拠がないと言う。数の問題を前振りに使い、古賀はおそらく本当に主張したかったことを述べる。

「流言飛語に関しても、当時の我が国の治安状況を知るべきであり、震災の四年前に朝鮮半島で勃発した三・一独立運動に関与した朝鮮人活動家が多数日本に来て、ソビエトや日本人無政府主義者の支援を受けて頻繁に事件を起こしていたことは、現存する当時の新聞記事からも確認できるのであります。(中略)こうした世相と治安状況の中で、日本人自警団が過敏になり、無関係の朝鮮人まで巻き添えになって殺害された旨の文言こそ、公平、中立な立場を保つべき東京都の姿勢ではないでしょうか」

 右派のテンプレートのような古賀の質問に対し、小池は一切の反論をしないまま追悼文を送るかどうかを「適切に判断したい」と短く回答している。その結果、追悼式典で、歴代都知事がーあの右派的歴史観が強い石原慎太郎もー送っていたメッセージを一切取りやめた。そして、再選を果たした今年も見送っている。

最新の研究が示すこと

 関東大震災でなにが起きたのか。歴史的な事実だけをあらためて記しておこう。1923年9月1日の発生を受けて、2日夜に政府は緊急勅令による戒厳令を宣告し、「朝鮮人が暴動を起こした」「井戸に毒を投げ入れた」などとデマが飛び交い、これにより日本に暮らす多くの朝鮮人や中国人が、当局だけでなく、住民による「自警団」によって殺害された。これは歴史的事実であり、横網町公園内にある東京都復興記念館にもそれを示す展示物がある。

 確かに、正確な犠牲者数は不明だが内閣府中央防災会議の報告書は首都圏の死者約10万人のうち「殺傷事件による犠牲者の正確な数は掴めないが、震災による死者数の1~数パーセントにあたり、人的損失の原因として軽視できない」という言葉でまとめている。

 ここ数年の研究動向は藤野裕子による力作『民衆暴力―一揆・暴動・虐殺』(中公新書)にまとまっている。藤野は、まず誤情報を率先して流した人々に注目する。それは警察、日本政府だ。警察もこの手の誤情報を流し、民衆に警戒を呼びかけ、内務省は「朝鮮人が暴動を起こした」という電報を現在の各府県知事クラスに流していた。

 そして、民衆による自警団だけでなく軍や警察が自警団結成を促し、朝鮮人への暴力を肯定していたという事実も残る。

 ここで、こうした反論も予想できる。「実際に朝鮮人による犯罪は起きており、日本人の民衆は治安を守るために行動した」

 藤野はこうした点についても最新の研究をまとめている。朝鮮人による窃盗などの犯行も確かに事実として存在はしていたが、日本人のそれははるかに多くあった。震災3カ月で東京市に限っても窃盗だけで4400件あったが、朝鮮人は15件だ。朝鮮人が暴動を起こすというのはデマ以外の何物でもないというのが彼女の結論だ。

 被害者の数が正確にわからないのも、殺害の証拠が多く隠蔽され、遺体の数を数えることすらできていないからだ。公権力によって、暴力が肯定されるとき民衆は「国家に貢献したい」という思い、あるいは日常的な偏見から暴力へと走った。

 「関東大震災時には、暴力の正当性を独占していたはずの国家が、民衆にその正当性を委譲しようとして「天下晴れての人殺し」の許される状態がつくり出された。この時、民衆からは朝鮮人に対する蔑視や敵意に加え、男らしさというジェンダー規範、国家に貢献することの誇り、人を殺すことへの残虐な好奇心などが湧き上がった。殺害のあとには、復讐されることの不安に駆られ、虐殺はいっそう徹底的なものになった」(『民衆暴力』)

 今必要なのは、「6000人虐殺は証明されていない」と数の問題に還元するのではなく、人数の証明を困難にしてしまったメカニズムに目を向けること、そして誰が誤情報を流したかを見極めることだ。「虐殺は証明されていない」から得られる教訓は何もない。