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コロナ禍に響く荒木飛呂彦さんの言葉、「真実に向かおうとする意思」

石戸諭記者 / ノンフィクションライター
荒木飛呂彦さん(写真:アフロ)

 さる6月7日、荒木飛呂彦さんが還暦を迎えたというニュースがネット上を駆け巡った。そのニュースを読みながら、過去に2度、荒木さんのインタビューをしたことを思い出した。そこで聞いた言葉はまさに今の時代にぴったりとはまるものだったように思う。

荒木作品の哲学

 私は小学生の頃から、荒木さんの代表作『ジョジョの奇妙な冒険』(集英社)の大ファンだった。当時は週刊少年ジャンプで、今は月刊誌に舞台を移していまだに連載は続いている長寿作である。

 テレビ番組の影響で、多くの人がファンを公言するようになった作品だが、私が10代の頃は作品もファンも「異端」扱いされていた。例えていうなら、クラスの中心でみんなが話題にしているのは王道のジャンプ大ヒット作ばかり。各クラスに一人いるかいないかのジョジョファンは、昼休みの廊下にひっそりと集まり、「今週もジョジョ、すごかったな」と話すような漫画だったと思う。

 10代の頃に連載していたのは、イタリアのギャング、ジョルノ・ジョバァーナを主人公に据えた第5部だ。今にして思えば、いかにもジョジョらしい哲学が随所に現れていた。その一つが、敗れかただ。象徴的なシーンがある。主人公ジョルノらのチームがギャング団を裏切り、街で麻薬を売りさばくボスとの抗争に挑む。

真実に向かうとする意志

 その過程の中で、過去を再現する能力を持ったジョルノの仲間アバッキオがボスに倒される場面が描かれる。過去から自らの正体が発覚することを恐れたボスは、アバッキオが1人になった瞬間を狙い、一撃で倒すことに成功する。アバッキオは死ぬ間際にボスの顔について重要な手がかりを仲間に残し、ある夢をみる。その夢に出てきた人物はアバッキオにこんな言葉を投げかける。

 「私は『結果』だけを求めてはいない 『結果』だけを求めていると人は近道をしたがるものだ……近道した時真実を見失うかもしれない」「大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている」「おまえの真実に『向かおうとする意志』はあとの者たちが感じとってくれているさ 大切なのは……そこなんだからな……」(『ジョジョの奇妙な冒険』第59巻より)

 初めてのインタビューの時、あの場面が好きなのだ、と僕が告げると、荒木さんはこんなことを語ってくれた。

「敗れはしても、決して負けていないと描いています。僕が描きたいのは勝利のカタルシスでは無いんです。そのほうがウケがいいのかもしれないけど、僕が描きたいものからはずれてくる。戦う過程のなかで、その人間が何を選択するのかに僕は興味がある。人は死んで終わりではない。残された人に意志を残し、受け継がれていくというのが『ジョジョ』のもう一つのテーマなのです。敗北したとしても、誰かが意志を継いでいく。僕はそれを人間の美しさだと思っています」

 新型コロナウイルス問題でも思う。メディアも含めて大事なのは、安直な正解や決めつけをすることではない。わからないことも多いのだから安易に「正解」を決めつけず、状況を見渡しながら、少しずつでも「真実に向かおうとする意志」ではないか、と。ジョジョの言葉は、今だからこそ、より大切なものになっている。

記者 / ノンフィクションライター

1984年、東京都生まれ。2006年に立命館大学法学部を卒業し、同年に毎日新聞社に入社。岡山支局、大阪社会部。デジタル報道センターを経て、2016年1月にBuzzFeed Japanに移籍。2018年4月に独立し、フリーランスの記者、ノンフィクションライターとして活躍している。2011年3月11日からの歴史を生きる「個人」を記した著書『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)を出版する。デビュー作でありながら読売新聞「2017年の3冊」に選出されるなど各メディアで高い評価を得る。

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