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【新型コロナ】なぜ「正しい知識」伝授だけでデマは防げないのか?

石戸諭記者 / ノンフィクションライター
(写真:ロイター/アフロ)

 人はなぜ間違った情報―デマ、誤情報、流言、陰謀論……―に振り回されてしまうのか。トランプ政権誕生以降、アメリカの科学メディアは多くの特集を組んできた。彼らの蓄積は、新型コロナウイルスを巡る情報に日々直面している、今の日本にこそ必要なものだ。

正しい知識を教えるだけで解決しない問題

 「科学否定の根底にあるもの」(別冊日経サイエンス『心と行動の科学』)の中で、テキサス工科大のK・ヘイホーは人々が科学を拒否するのは知識が欠如しているからであり、単に事実―あるいは知識―を教えれば良いとする「欠如モデル」を否定する。なぜなら「全員が政治的に中立でない限り公共論議においては機能しない」からだ。

 科学の土俵で議論してくれたら、と考える科学者は多いが、気候変動問題を専門とするヘイホーはそのような時代はやってくることはなく、不完全な社会の中で議論して、答えを出さないといけないという。

 やはり間違った情報を「正しい知識」を教えれば解決する、という考えでは立ち向かうことができない。新型コロナウイルス問題で起きた、紙製品の買い占めも「みんなが買ってしまい、無くなりそうだから買っておこう」と考えるのはある意味で合理的だ。紙製品が無くなるのはデマであり、補充されるということはわかっていても、目の前で無くなりそうならば買ってしまうと考えることは誰にでもあり得ることだ。

陰謀論が機能する理由

 陰謀論については、アメリカを代表するポピュラーサイエンス誌「サイエンティフィック・アメリカ」のM.W.モイヤーが「陰謀論が広がる理由」(前掲書)について、取材を重ねている。英アングリア・ラスキン大学のV .スワミ(社会心理学)らの研究によれば、ストレスを感じている人は陰謀論を信じやすく、人々の不安を強めれば、陰謀論的な思考は強まる。

疎外感、「拒絶された」、政権支持・不支持、社会の危機

 モイヤーが紹介しているプリンストン大の心理学チームの研究によると、自分が疎外されている、自分の考えが「拒絶された」と感じる人々も陰謀論を強める。加えて、社会の危機も陰謀論的思考を強める方向に作用する。

 さらに政治の影響も示唆されている。マイアミ大学のJ.ウスチンスキらの研究は「そのときの政権与党を嫌っている人は与党支持者に比べ、より陰謀論的な考え方をする」傾向を示したという。

 コロナウイルス感染の拡大が続いているという不安、うっかり信じてしまったことを「拒絶」されていると感じている人々、そして文字通りの意味で社会が危機にあること、支持率が低下し、支持・不支持を二分している安倍政権……。

 恐怖に直面すると、人々は他人に合わせる傾向が強くなる。日本社会に陰謀論が広まりやすくなる傾向はいくつも見いだすことができる。

間違った情報に対処するために

 では、これらの間違った情報にどう対処すればいいのか。

 決定的に重要なのは、陰謀論にせよデマにせよ、これらは「科学的な正しさ」の強さだけで解決する問題ではないということだ。

 正しさだけでジャッジすれば、論理的かつエビデンスに基づく科学的な情報はいずれ広がっていく。だが、そうはならない。人は世界観や人格に関わるものを攻撃されたと感じる時、指摘が正しいかどうかは関係なく、むしろ意固地になる傾向があるという。

 カリフォルニア大学アーバイン校のC.オコナーとJ.O.ウェザオールは、ワクチン懐疑派に関する研究の中で、「社会的信頼」と「大勢順応主義」に着目するように呼びかけている(「デマ拡散のメカニズム」前掲書)。

 反ワクチン派の中ではアメリカ疾病対策センター(CDC)のエビデンスより、自分たちのコミュニティで回ってくる情報を信頼する。CDCへの不信感は過去に自分たちが経験してきた医師との不愉快な経験に由来するものもある。

 彼らが大勢に順応する事例として挙げているのは、ニューヨーク・ブルックリンの正統派ユダヤ教徒のコミュニティだ。ワクチン接種率は低く、彼らは麻疹の大流行が起きたという。オコナーらはこうした懐疑派にアプローチするには、「コミュニティのメンバーとして十分に考えを共有していて信頼を築いている個人」―彼らはユダヤ教の指導者や、有名な女優を例に挙げているーを巻き込む必要があると指摘する。

 新しいエビデンスを懐疑派に突きつけるだけでは、信頼が得られていないため、うまくいかない。いきなり自らが説得するのではなく、中間にクッションとなるような人を介してコミュニティにアプローチせよという考えだ。不特定多数とのコミュニケーションよりも、信頼を得ているインフルエンサーとのコミュニケーションがより重要になるのかもしれない。

個人でできること

 個人での対処法として、モイヤーはペンシルベニア州立大の教育心理学者K.モイヤーが提案する、陰謀論をチェックするための3つのポイントを紹介している。1:その根拠は何か?2:その根拠の出所はどこか?3:その根拠と主張を結びつける論法は何か?――を問うことだ。

 人は「なぜそうなってしまったのか」を考える。「間違った情報」もそうした問いの末にたどり着くものの一つだ。正しい知識を教える、あるいは啓発するだけで解決する問題ではない。全て防ぐことは不可能だが、アプローチを変えることで間違った情報に踊らされず、救われる人は間違いなく増える。

記者 / ノンフィクションライター

1984年、東京都生まれ。2006年に立命館大学法学部を卒業し、同年に毎日新聞社に入社。岡山支局、大阪社会部。デジタル報道センターを経て、2016年1月にBuzzFeed Japanに移籍。2018年4月に独立し、フリーランスの記者、ノンフィクションライターとして活躍している。2011年3月11日からの歴史を生きる「個人」を記した著書『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)を出版する。デビュー作でありながら読売新聞「2017年の3冊」に選出されるなど各メディアで高い評価を得る。

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