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沢尻エリカさん逮捕と「陰謀論」 何が問題なのか?科学の知見が警鐘を鳴らす理由

石戸諭記者 / ノンフィクションライター
(写真:西村尚己/アフロ)

 政権が問題を起こし、マスメディアで取り上げられるようになると、芸能人が逮捕されるーー。著名人を発信源にした説がネット上を飛び交っている。沢尻エリカ容疑者が警視庁に逮捕されたのも、安倍政権が税金を投入した「桜を見る会」で公職選挙法違反の可能性が取り沙汰されている時期と重なっているというのだ。

本当に逮捕されているのか?

 私自身の立場を明らかにしておくと、「桜を見る会」については税金の私物化という大きな問題がある。まずは国会で首相自身が答えるべき案件だ。出方によっては、政権の打撃になるだろう。マスコミ各社も続報を狙っており、今後も新聞なら一面級の報道が続く可能性がある。およそ幕引きができているとは言えない状況である。

 さて、問題は芸能人の逮捕だ。逮捕者リストがあるのではないか、政権がピンチになると誰かがゴーサインを出すのだと指摘する著名人もいる。この手の話は、確たる証拠(リストの現物ないし、複数の関係者による相互矛盾がない証言)がない限り確かなものとは言えない。

 芸能人の逮捕時期と、政権にとって問題が起きる時期が重なることはある(現政権は、元からかなり問題の数自体が多いとも言える)。だが、本当に因果関係があるのか、単にたまたまそう見えるだけなのかは大きな違いだ。

 私自身も全国紙で事件記者経験があるが、各地の県警で件のリストが出回っているという話は聞いたこともない。知人の警視庁担当記者に聞いても、一笑に付されて終わった。仮にリストがあったところで、ゴーサインを出し、捜査をし、逮捕に至るまで、どれだけの人々が大がかなりな「秘密」を共有しなければならないのか。

そもそもの疑問

 薬物関連の著名人の逮捕は、厚労省麻薬取締部と警視庁組織対策犯罪部で競い合うように続いており、ライバルとも言われている。いったい2つの組織でどのようなリストが共有されているのか。どのような命令系統になっており、誰がゴーサインを出すのか。

 「桜を見る会」の出席者名簿すら管理できない政権で、なぜ芸能人の逮捕リストを管理できるのか。そもそも、本当に政権がピンチのときに、芸能人を逮捕しているのか。

 政権交代が起きる直前、麻生政権末期は誰が逮捕されていたのか。麻生氏自身がワイドショーの主役になるような事案もあり、支持率も低下していた。民主党政権時代はどうだったのか。

 かなりの芸能人が逮捕されていないとおかしい気がするが、それらしい事案はない。

 「いや、安倍政権の特徴なのだ」という反論もあるだろう。安倍政権にとって、最初にして最大のピンチは2015年6月〜7月にかけてだった。安保法制に対する批判が強まり、各社の世論調査で初めて支持率と不支持率が逆転した時期だ。では、この時期に政権のピンチを挽回するような、大物芸能人の逮捕はあったのか。

 2018年前半の国会で、森友・加計問題が大きく取り上げられ、支持率が一気に低迷した時期も政権にとって大きな打撃だった。一つの事実として、元TOKIOの山口達也さんがこの年の4月に書類送検されている。それも政権が絡んでいると主張することはできるが、「逮捕」事案ではないし、以降も芸能人の逮捕は続いていない。なにより山口さんクラスの大物芸能人が刑事事件を起こしたとしても、政権への疑義は深まり、支持率はしばらくの間「不支持」が上回ったままだった。

 それでも安倍政権が維持できたのは、根本的には自民党内に有力な競争相手がおらず、かつ野党が多弱であり疑惑を追求しきれなかったことに大きな要因がある。その後も低投票率の選挙戦を許し、無党派層の発掘ができなかった。これでは自公ブロックで票を固める与党に勝てるわけもなく、安倍政権は選挙で勝ち続けるため政権は維持できる。

陰謀論の問題点

 「芸能人の逮捕と政権の不祥事」がつながっていると言うならば、確たる証拠が求められる。証拠がないままの主張は陰謀論と言わざるを得ない。

 日経サイエンス2014年2月号に掲載された「陰謀論をなぜ信じるか」によると、陰謀論の本質的な問題は「政治的な重要な問題への一般市民の関心をそぎ、妨げてしまう恐れ」にあるという。

 いくつかの研究を簡単にまとめれば、陰謀論の基本は「根本的な帰属の誤り」と呼ばれる認知バイアスにある。これは「他者の行動の背景に意図を過大に感じ取る習性」だ。これが働き出すと、人は複雑な政治問題や、多くの人が関与するような問題であっても、単純な説明で世界を理解するようになる。

 ネトウヨがちょっとした言動から「在日」認定し、日本のあらゆる問題を在日コリアンによるものと主張する様を思い出すといい。

 もう一つの大きな要因は「権威・権力」への不信だ。権力は基本的に信用できないという信念を持っていれば、いくつかの主張に矛盾があったとしても、「権力への懐疑」さえ共有されていれば、もっともらしさを感じることができる。

社会問題への関心を低下させる

 陰謀論の決定的な問題は、社会問題について、人々の関心を低下させることにある。英ケント大の研究によると、地球温暖化について、陰謀論を支持する見解を被験者に読ませたところ、彼らは政治的問題に関与する気が薄れ、身近な温暖化対策にも消極的になった。

 陰謀論はあまりにわかりやすく、安直なストーリーであるがゆえに、同じ価値観を有する人々の間では盛り上がるが、異なる価値観との間では議論が成立しにくい。

 安倍政権に批判的であること、政権の説明を疑うこと自体はまったく問題ないし、私もまた批判すべき点が大いにあると思っていることは冒頭に書いた。大事なのは、批判や疑いが確かな根拠に基づいているかだ。関連が薄そうな問題をセンセーショナルにつなげて、証拠もないままに陰謀論を展開することは、結果として政治への関心の低下を導くのではないか。

 今が、科学の知見から学ぶ時だろう。

記者 / ノンフィクションライター

1984年、東京都生まれ。2006年に立命館大学法学部を卒業し、同年に毎日新聞社に入社。岡山支局、大阪社会部。デジタル報道センターを経て、2016年1月にBuzzFeed Japanに移籍。2018年4月に独立し、フリーランスの記者、ノンフィクションライターとして活躍している。2011年3月11日からの歴史を生きる「個人」を記した著書『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)を出版する。デビュー作でありながら読売新聞「2017年の3冊」に選出されるなど各メディアで高い評価を得る。

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