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実録・「謝ったら死ぬ病」パワハラ上司との戦い

石戸諭記者 / ノンフィクションライター
ハラスメントのイメージ写真(写真:アフロ)

 日大アメフト部から昨今の体操協会、早稲田大教授(隠蔽したとされる人も含む)、財務省前事務次官といったハラスメント体質の上司とどう戦えばいいのか。ハラスメント問題について当事者、関係者の取材からポイントを4つにまとめた。

ハラスメント上司は厄介である

 第一に彼らはすぐに「事実」を認めず、最後まで謝罪を拒む。俗に言う「謝ったら死ぬ病」が多い。

 第二にすぐに「隠蔽」をはかろうとする。

 第三に被害を受けた側の攻撃を試みる。

 被害を訴える側が彼らと戦うことは徒労感だけが募ることになり、結果として泣き寝入りは後を絶たない。では、どうしたらいいのか。

1:まず事実を集める

iphoneの録音機能(筆者撮影)
iphoneの録音機能(筆者撮影)

 ハラスメント上司との戦う上で必須なのは事実を集めることだ。彼らは簡単には事実を認めない。日大アメフト部に象徴されるように、彼らは決定的な証拠を突きつけられても、まずは言い逃れようとする。

 言い逃れをできない事実を手元に持っておくことが重要だ。

 こんなケースから考えてみたい。

 とある重要なプロジェクトをやり遂げた社員は、いきなり会社から呼び出され、上司、法務担当者らが同席したミーティングがセットされた。

 プロジェクト自体は後日、大きな社会的な評価を得ることになり、会社の評価を高めることにもなるのだが、彼らにとって成果は関係ないことだった。

 上司はそこで唐突に「退職をすすめる」「(プロジェクトで)社に対してとても迷惑をかけたわけね」「(プロジェクトは)非常に悪い前例」などと発言した。法務担当者も同席し、上司の主張を肯定し続けた。

 上司は1時間半以上にわたって、「会社に迷惑」論が繰り返された。

 この社員はとっさにスマホで録音をはじめた。会議室の録音程度ならiPhoneのボイスメモ機能で十分に対応できるからだ。

 後日、社員は退職を前に一連の発言に問題があったのではないかと主張したところ、上司は「退職勧奨にあたる一連の発言をしていない」「そのような趣旨で言ってない」などと事実そのものから否定をはじめた。

 会社側も事実を否定する上司の姿勢を支持した。録音があると言っても、簡単には認めない。現実に権力関係は存在し、会社側は社員の主張より上司の主張を全面的に採用した。

 テープ起こしを作ったり、第三者の弁護士、それも労働問題に精通した弁護士に録音を確認してもらったりして、録音が事実として残っていると証明されてから上司や会社の反論は初めてトーンダウンする。

 「これら発言をしたが趣旨が違うので退職勧奨には当たらない」となり、「趣旨」を示す根拠は録音にはないと強調したところで会社側の姿勢は「発言は事実としてあった」に変化した。

 この段階でやっと発言そのものの問題を考えるという認識が示された。もっとも、こうしたタイプは簡単には折れない。最後は究極的な開き直りとも言える「この問題で謝罪はしない」というスタンスに切り替えたという。

 会社と上司に残ったのは、あったはずことを「無い」と強弁し続けたという新たな事実だけだった。

 ある男性は酒を飲んだ上司から深夜11時に呼び出され、終電が無くってもなお社内で叱責を受けた。

 男性の仕事は連日、多忙を極め深夜まで作業が続いていた。そこで仕上げた成果物について酒を飲んだ上司から「下手」「問題をわかってない」を連発され、反論すら許されなかった。

 仕事の欠点を認識させるという名目で深夜の「指導」が続いた。男性は発言のすべてを録音した。上司と会社の対応によっては、その全貌を明らかにすることもありえるという。

 録音という事実は強い。とはいえ、簡単に録音ができないというケースもあるだろう。そこで大事なのは文書だ。

2:文書も絶対保存

メモのイメージ(筆者撮影)
メモのイメージ(筆者撮影)

 文書を取っておくことも重要だ。メールはすべて保存が鉄則。ハラスメント上司が送ってくるメールは削除したくもなるが、消さずに持っておく。

 普段、使うのとは別に専用アドレスをつくって、そこに転送しておくのも手だ。必要以上に見なくてすむ。

 ハラスメントの被害者で「メモは証拠にならない」と思っている人の声を聞くが、これは誤った認識だ。

 朝日新聞に掲載された弁護士の角田有紀子さんのインタビューによると、セクハラ案件でも起きたことを詳細に、つまり「いつ、どこで、誰に、何をされたのか」を記録して自分宛にメールをする、ノートなどに書き込むことも十分な証拠になるという。

 文書の保存について、こんな事例から考えてみよう。

 ある社員は会社と交わした覚書に定められた正当な業務として講演活動を申請したら、なぜか「有給休暇取得」を命じられ、会社の業務命令で有給を取得させられ、講演をすることになった。

 これは不当な有給休暇取得にあたるのではないか。

 問題だと言うために、どうしたらいいか。以下のような事実を集めておけばいい。

  • 当該講演は業務であるとする覚書
  • 有給休暇申請の社内文書
  • 「有給休暇取得」を命じられたメール
  • 口頭で「有給取得」を命じられた場合は録音、もしくは「何日、何時に、どこで、誰に、どのような言葉で命じられたのか」を記録したメモを残す。
  • 勤怠記録などに「〜〜に関する講演活動のため有給休暇を取得した」と事実を書き残す。

 有給休暇取得を命じたのが社内のチャットなら、それもスクリーンショットなどで保存する。LINE、DM等々のやりとりも証拠になりそうなものはスクリーンショットや画面を印刷して保存をしておく。

 ハラスメントの被害を受けていると心身を病む。苦しいかもしれないが、理不尽な思いをした事実を残しておくことだけはお勧めしたい。

 証拠さえあれば体調を整えたあとでも戦えるからだ。

3:弁護士に相談しよう

 いざ戦うと決めた場合、弁護士を雇うのはとても効果的だ。弁護士にも得意分野があるので、この場合は労働問題に強い人に頼む方がいい。ブラック企業が社会問題化しているので、労働問題を扱う弁護士も見つけやすいだろう。

 法務に相談すればいいと考えている人も多いだろうが、ハラスメント上司がいる企業の場合、社内の法務はどこまで頼りになるかはわからない。

 こんな事例がある。

 あるメディア企業に勤務する弁護士資格を有した法務担当者は、ハラスメント被害を訴える側が弁護士を雇って交渉すると、「退職後も有効な機密保持を定めた合意書がある。それによると録音を保持することは認められていない」「合意書によると(この会社の)関係者の名誉を毀損する可能性のある情報の伝達は禁止されている」などとするメールを被害を訴える側に送った。

 外部に知られたら「ハラスメント問題を精力的に報じている」メディアイメージが悪化するからだろう。こうしたメールを送ることで「口封じ」を狙ったのだと推測できる。

 法務担当者の発言を厳密に守れば、弁護士への相談すら「合意書違反」になる。彼らも会社に雇われている以上、どちらの主張がより妥当かではなく、雇われている組織を守り、組織の論理を優先するのは当然のことだ。

 言論活動を大事にしなければいけないはずのメディア企業ですらこうなのだから、別分野の企業ならもっとひどいのではないだろうか。

 もちろん、被害を訴える側は「口封じ」に屈するどころか、反応する必要すらない。

 適切な証拠をもってハラスメント行為を弁護士に相談するのは正当なことであり、なんら問題はないからだ。

 疑問に思えば、弁護士に対応を聞いてみるといい。大抵の弁護士はこうしたメールを一笑に伏すはずだ。口封じにまともに反応して、証拠をみすみす消すことだけは避けたい。

4:現実は苦しい。だから「パーティ」で戦う

 だが、問題はここからだ。1でみたようなシンプルな事実を認めさせるだけで数ヶ月以上の時間を要する。さらに言えば、事実があったか否かは交渉の第一段階にすぎない。

 事実を元に、社員側が要求することを会社がすんなり飲むなんてことはほとんどなく、また過酷な交渉が待っている。

 すべてを終えるのに年単位の時間がかかるというケースも少なくない。

 会社に問題がある、と声をあげたところで「声をあげているほうにも問題がある」という同僚も出てくる。「いじめられる側にも問題がある」「どっちもどっちでしょ」という論理だ。

 彼らとて組織の人間であり、組織に与するほうにインセンティブは働く。

 事実は強いが、ハラスメント上司も企業も簡単には認めない。彼らにとって大事なのは事実ではなく、自分たちの「思い」だ。事実があっても、思いが違うから問題ではないという論理を最後まで貫く。

 その土俵に乗ってはいけない。相手の土俵に乗ると、ハラスメントは受けているのに、さらに理不尽な反論をくらって、なんで戦っているのかがわからなくなってしまうからだ。

 僕が言えるのは、ただ一つ。ハラスメントには一人で挑むのではなく、自分でパーティを組んで戦う方が効果的である。

 これに尽きる。

 弁護士を雇って論理と法の力を補強する、同じような思いをした人に相談することで一人ではないと思う、信頼できる人たちに辛い思いを打ち明ける、心身のコンディションを整えるために医師の力を借りる、職場を変えるために相談するーー。

 一人ではどうしようもできないことをパーティの力で乗り切っていく。

 ハラスメント上司は厄介だ。ここまでしても謝らない人がほとんどである。

 第一に彼らはすぐに「事実」を認めない。謝罪しない。だからこそ、徹底して「事実」で争い、謝罪を求める。

 第二に「隠蔽」をはかろうとする。だからこそ、「口封じ」に屈せず隠し事はさせないと言い続ける。

 第三に被害を受けた側への攻撃を試みる。だからこそ、相手の土俵に乗らずにパーティで戦う。

 「被害を受け止めよう」「ハラスメントに屈せずに戦おう」という綺麗な言葉で終わらせない。

 沈黙せずに実践的に戦うためのメソッドを積み上げ、言語化しておく。これも立派な戦い方だ。ハラスメントの被害者は決して一人ではないのだから。

記者 / ノンフィクションライター

1984年、東京都生まれ。2006年に立命館大学法学部を卒業し、同年に毎日新聞社に入社。岡山支局、大阪社会部。デジタル報道センターを経て、2016年1月にBuzzFeed Japanに移籍。2018年4月に独立し、フリーランスの記者、ノンフィクションライターとして活躍している。2011年3月11日からの歴史を生きる「個人」を記した著書『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)を出版する。デビュー作でありながら読売新聞「2017年の3冊」に選出されるなど各メディアで高い評価を得る。

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