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ニュージーランドはなぜ「強力にタバコを禁止する」のか

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(写真:イメージマート)

 ニュージーランド(アオテアロア)政府が議会に提出した喫煙防止法案が話題になっている。これは2009年以降に生まれた子どもは、一生涯、タバコを吸うことを禁じるという法案だ。なぜ、ニュージーランドは喫煙に対し、このように厳しく臨むのだろうか。

先住民族の高い喫煙率と健康格差

 この法案の内容は、2009年以降に生まれた人に紙巻きタバコを販売した人は15万ニュージーランドドル(日本円で約1270万円)以下の罰金になる可能性があり、同じ年齢の人に無償で譲った場合は5万ニュージーランドドル(約424万円)以下の罰金になる可能性があるというもので、加熱式タバコと電子タバコなどは適用外になっている。

 同様に、デンマーク政府は、2010年以降に生まれた人へのタバコ製品の販売を禁じる法案を検討中とされ、マレーシア政府も2005年以降に生まれた人へタバコ製品の販売を禁じる措置を検討中とされている。

 ニュージーランド政府の今回の動きは、同政府が進める「Smokefree Aotearoa 2025」という健康推進計画によるものだ。このプランでは国民の喫煙率を2025年までに5%未満にし、タバコ販売店を現在の10%以下にするという目標を掲げている。同国では受動喫煙を含む喫煙により、毎年約5000人が死亡しているとされ、特に先住民族であるマオリや太平洋諸島の住民の健康被害が大きく、これを是正するために提案されたものだ。

 ニュージーランドの喫煙率は、マオリ、太平洋諸島の住民、白人、アジア人などで大きく異なっている。1980年代の調査ではマオリの肺がんの罹患率は世界で最も高く(※1)、1984年の調査によれば、マオリの喫煙率は12歳以上の男性で57%、女性で63%と女性の喫煙率のほうが高かったという(※2)。

 現在も同じ傾向が続き、毎日喫煙する人の割合は、マオリで22.3%、太平洋諸島の住民で16.4%、ヨーロッパ系などの住民で8.3%、アジア系住民で3.9%となっている。また、経済格差による健康格差の影響も大きく、最貧層地域の住民の喫煙率は最富裕層地域の住民の約6倍という試算もあるようだ(※3)。

 2010年に同国政府が行った調査でわかったのは、全体の喫煙率は減少しているが、マオリと太平洋諸島の住民の喫煙率は逆に高くなっていたことだ。特にマオリの女性の喫煙率は高く、肺がんの発生率も世界的に高い。同調査では、妊婦の喫煙による胎児への悪影響、子どもへの受動喫煙なども問題視され、マオリの伝統的な長老文化も破壊される危険性があると指摘された(※4)。

 こうした背景があり、ニュージーランド政府は、2020年8月11日に新型タバコを含む厳格なタバコ規制を新たに打ち出し(※5)、国民が参加した議論の末に上記「Smokefree Aotearoa 2025」プランを始めたのだという。今回、政府が議会へ提出した2009年以降に生まれた人に対する喫煙防止法案もこのプランの一環であり、法案を提出した同国保健省は「この施策がタバコ産業への強いメッセージになる」としている。

 以上をまとめれば、ニュージーランドでは先住民族や貧困層、女性などの弱者の喫煙率が高く、大きな健康問題になってきた。そのため、国民から政府に対して強いタバコ規制の要請が起き、世界でも初めての規制に踏み込んだというわけだ。日本政府も国民の健康を考えれば、同様の政策を考えるべきだろう。

 今回の法案は、自由至上主義を標榜するACT党以外の賛成を得て成立すると考えられているが、緑の党は過度なタバコ規制により闇市場が形成される懸念を表明し、世界で初めての試みに対する不安を示す議員もいるようだ。可決されても立法までに、国民も参加する専門家などを交えた委員会が設置され、さらなる議論を経て順調にいけば2023年に施行されるという。

※1-1:Matire Harwood, et al., "Lung cancer in Maori: a neglected priority" The New Zealand Medical Journal, Vol.118, No.1213, 2005

※1-2:Caroline Shaw, et al., "Varying evolution of the New Zealand lung cancer epidemic by ethnicity and socioeconomic position (1981-1999)" The New Zealand Medical Journal, Vol.118, No.1213, 2005

※2:Sanford Marvin Siegel, "Hydrogen sulfide and health in Rotorua, New Zealand : final report March 1984 - September 1985" Department of Botany, University of Hawaii ato Manoa

※3:New Zealand, Ministry of Health, "Annual Update of Key Results 2020/21: New Zealand Health Survey" 1, December, 2021

※4:Report of the Maori Affairs Committee, "Inquiry into the tobacco industry in Aotearoa and the consequences of tobacco use for Maori" 14, March, 2011

※5:New Zealand Legislation, "Smokefree Environments and Regulated Products (Vaping) Amendment Act 2020" 11, November, 2020

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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