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「タバコ会社」はなぜ「SDGs」押しなのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
WHO "NO TOBACCO DAY"パンフレットより

 タバコのポイ捨てや受動喫煙の害などが社会問題になっているが、タバコ会社は総じて環境保全やSDGsに積極的だ。しかし、タバコを作る過程においてもタバコ産業は地球環境に甚大な被害を及ぼしている。

ポイ捨てタバコからも有害物質が

WHOが2022年5月31日に発表したアナウンスによれば、タバコ栽培のために世界で毎年約350万ヘクタールの土地が破壊され、約20万ヘクタールの森林破壊や土壌の悪化の原因になっているという。350万ヘクタールというのは、日本の国土総面積の約10分の1でかなり広大な土地ということだ。

 紙巻きタバコは文字通り、紙でタバコ葉を巻いて作るが、そのために伐採される木材が毎年6億本、タバコ製品を作るために消費される水は毎年220億リットル、タバコ製品の製造と消費で発生する二酸化炭素は小国1国分にあたる毎年8400万トンとなっている。タバコ産業がいかに多くの地球資源を収奪し、温暖化を悪化させているのかよくわかるだろう。

 我々がごく日常、路上にポイ捨てされているのを目にする吸い殻は、世界で毎年約4兆5000本が環境へ投棄され、そこからニコチン、ヒ素、鉛、銅、クロム、カドミウム、発がん性物質を含む多環芳香族炭化水素などの毒性の高い物質が毎年約77万トンも発生するという。吸い殻は小さく軽く水に浮き、環境中へ拡散するが、吸い殻から発生した有害物質は特にプランクトンなど生態系のベースをなす水生生物へ悪影響があると考えられている(※1)。

 さらに、加熱式タバコや電子タバコのような新型タバコの喫煙者が増え、こうした電気的・電子的なデバイスによる環境への悪影響も懸念されている。当然、こうした製品にはバッテリーを含め、重金属、プラスチックなどが使われ、それが投棄された際には紙巻きタバコとは別の問題が起きるだろう。

タバコ産業の「グリーンウォッシュ」とは

 世界的にSDGs(持続的な開発目標)の実践が提唱されているが、タバコ産業も街の美化や海岸の清掃などSDGsへの貢献を積極的にうったえ、自らが行っている「反SDGs的な企業活動」の免罪符にしようとしている。タバコ産業はSDGsやCSRなどで環境保全活動に寄与しているポーズをとっているが、その背景には自らが起こし続けている環境汚染を糊塗する意図があるのだろう。

 これをWHOは、社会や消費者に対して誤解を与える「グリーンウォッシュ」として批判し、あたかも環境に配慮しているように見せかける欺瞞としている。実際、タバコ産業の企業活動はその全てがSDGsに反するものだ。

 途上国で行われているタバコ栽培では環境破壊のみならず、例えば児童労働が問題になっている。持続可能な商品作物への転換を阻害し、これらの児童は貧困の連鎖から抜け出せずに格差が固定し、若年層労働者に過酷な労働やタバコ葉による健康被害などが起きているという指摘が多くある(※2)。

 そもそも、喫煙自体、世界で毎年800万人以上の命を奪っている。日本ではこれが12万人から13万人で、これは新型コロナウイルス感染症による死者の約10倍となる。

 タバコ産業は各国政府に対して激しいロビー活動を行い、行政へ影響力を強めようとしているが、日本でもJT(日本たばこ産業)が連携協定などで地方自治体へ浸透し、スポーツ施設などへPMJ(フィリップ・モリス・ジャパン)の働きかけが目立つ。一見、良さげなような活動と思えても、前述したようなタバコ産業がやっているSDGsに反する行為に目を向け、安易にタッグを組んではいけないと立ち止まって考えてみることが必要だ。

※1:Sina Dobaradaran, et al., "Environmental fate of cigarette butts and their toxicity in aquatic organisms: A comprehensive systematic review" Environmental Research, Vol.195, 2021

※2-1:Athena K. Ramos, ”Child Labor in Global Tobacco Production: A Human Rights Approach to an Enduring Dilemma” Health and Human Rights Jornal, Vol.20(2), 235-248, 2018

※2-2:Julia Smith, Kelley Lee, "From colonisation to globalisation: a history of state capture by the tobacco industry in Malawi" Review of African Political Economy, Vol.45, Issue156, 2018

※2-3:Ethel Alderete, et al., "Youth working in tobacco farming: effects on smoking behavior and association with health status" BMC Public Health, 20, Article number: 84, 2020

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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