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すでに我々の「血液」の中にも「マイクロプラスチック」が:その影響は

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 直径5ミリメートル未満のプラスチックの粒子や欠片のことを一般的にマイクロプラスチックというが、人類がこれまで環境中へ投棄してきたマイクロプラスチックは南極からチョモランマ(エベレスト)山頂、深海といったように地球上のほぼあらゆる場所で観察されている。人間の血液中からも発見され、懸念されているが、マイクロプラスチックを取り込んだらどんな影響があるのだろうか。

新型コロナで増えたマイクロプラスチック汚染

 マイクロプラスチックは、もともとレジ袋、エレクトロニクス製品、ペットボトル、包装容器、化学繊維、タバコ製品、漁業用製品など、石油などを化学合成して人為的に作り出されたゴミだ。こうしたプラスチック汚染への対策は、環境中へこれ以上、汚染物質を出さないことが重要で、自然環境で無害な状態で分解される素材でプラスチック製品を作ることも進められている。

 ただ、新型コロナのパンデミック以後は、よりプラスチック汚染が進んだという報告もある(※1)。ロックダウンなどによって食料包装などに使い捨てのプラスチック製品の需要が増え、マスクや手袋などの感染保護用具なども多く使われるようになったからだ。

 そもそもプラスチック自体、内分泌撹乱などを引き起こすとされるビスフェノールA(BPA)、ジクロロジフェニルジクロロエチレン(DDE)、発がん性のあるポリ塩化ビフェニル(PCB)などを発生させる。プラスチック製品の製造時に添加されるフタル酸エステル類が影響し、それが内分泌撹乱物質、いわゆる環境ホルモンになるのではないかと危惧する研究者も多い。最近の調査研究では、海洋生態系の上位にいるイルカからフタル酸系の化合物が検出されている(※2)。

 スチレン(Styrene)から作られるポリスチレン(Polystyrene)は、プラスチック製品やゴム製品の原料となり、どちらも発がん性が危惧される物資だ。スチレンを使用する仕事に就いていた人を対象にした追跡調査では、より詳細な研究が求められるものの、スチレンの暴露によりリンパ性がんや白血病、副鼻腔線がんのリスクが上がる危険性を示唆している(※3)。

 また、炭化水素のエチレンから作られるポリエチレン(Polyethylene)はレジ袋などの原料だが、有害な可塑剤や添加剤が含まれない限り、ポリエチレンの有害性は確認されていない。だが、プラスチックのゴミは、紫外線や風雨によって細かく砕かれ、数mmからμm(マイクロメートル)、nm(ナノメートル)にまで微細化される。

人間の体内へ侵入するマイクロプラスチック

 細かく砕かれたプラスチック素材は、人間が環境中へ放出したビスフェノールA、ジクロロジフェニルジクロロエチレン、ポリ塩化ビフェニルなどの有害物質を吸着する性質がある(※4)。マイクロプラスチックの表面積が大きく、静電作用などによって表面に吸着されると考えられているからだ。そのため、あらゆるマイクロプラスチックに毒性があるという研究者も多い。

 ナノサイズのプラスチックは、海洋のプランクトンやサンゴも食べることができることが知られている(※5)。有害物質を吸着したマイクロプラスチックを微生物が食べ、その微生物を小魚が食べ、より大きな魚介類から生態系の上位へと取り込まれ、有害物質が体内に蓄積する危険性が指摘されている。さらに、こうしたサイズのプラスチックは細胞膜も通過し、生物の組織の内部へも侵入する(※6)。

 最近、オランダ、アムステルダム自由大学などの研究グループによる研究報告によれば、人間の血液中にもマイクロプラスチックが発見されたという(※7)。同研究グループによれば、オランダの健康な成人22人の血液を外部からプラスチック製品などが混入しないように入念に調べたところ、17人の血液にポリスチレンのマイクロプラスチックが検出され、血液1ミリリットルあたり平均1.6マイクログラムのマイクロプラスチックがあった。

 マイクロプラスチックの種類では、PET、ポリスチレン、ポリエチレン、アクリル樹脂(PMMA)の順に多かった。参加人数が少なく、検出方法もまだはっきりと確立されていないが、少なくとも人間の血液中にマイクロプラスチックが入り込んでいることは明らかだ。

 同研究グループによれば、マイクロプラスチックがナノサイズだとしても皮膚から入り込んだ可能性は低く、口や鼻から食物や飲料、空気などを取り込んだ後に粘膜から入り込んだ可能性があるという。また、50ナノメートルから240ナノメ ートルのポリスチレンやマイクロサイズのポリプロピレンは人間の胎盤を透過し、ラットの肺を使った実験では20ナノメートルのポリスチレンが入り込んだことが実証されている。

 マイクロプラスチックがPCBなどを吸着するように、ほかの微生物が表面で繁殖し、マイクロプラスチックが運び屋となって感染症の新たな感染源になる危険性も指摘されている(※8)。これは特に発展途上国や被災地などで問題になりそうで要注意だ。

 ナノサイズのマイクロプラスチックは、血液脳関門を透過して人間の脳へも入り込む危険性があるが、どれくらい体内に滞留し、どのように代謝されるのか、まだよくわかっていない。また、その健康への影響もこれからの研究が急務だが、プラスチックに毒性があるものが多く、マイクロプラスチックがPCBなどを吸着しやすいということから何も問題がないということはないだろう。

※1:Ana L. Patricio Silva, et al., "Increased plastic pollution due to COVID-19 pandemic: Challenges and recommendations" Chemical Engineering Journal, Vol.405, 1, February, 2021

※2:Leslie B. Hart, et al., "Urinary Phthalate Metabolites in Common Bottlenose Dolphins (Tursiops truncatus) from Sarasota Bay, FL, USA." GeoHealth, doi.org/10.1029/2018GH000146, 2018

※3-1:James Huff, Peter F. Infante, "Styrene exposure and risk of cancer" Mutagenesis, Vol.26(5), 583-584, 1. July, 2011

※3-2:Mette Schou Nissen, et al., "Sinonasal adenocarcinoma following styrene exposure in the reinforced plastics industry" BMJ, Occupational & Environmental Medicine, Vol.75, Issue6, 14.March, 2018

※3-3:Mette Skovgaard Christensen, et al., "Styrene Exposure and Risk of Lymphohematopoietic Malignancies in 73,036 Reinforced Plastics Workers." Epidemiology, Vol.29(3), 342-351, 2018

※3-4:Robert Douglas Daniels, Stephen J. Bertke, "Exposure-response assessment of cancer mortality in Styrene-exposed boatbuilders" BMJ, Occupational & Environmental Medicine, Vol.77, Issue10, 29, May, 2020

※4-1:Yukie Mato, et al., "Plastic Resin Pellets as a Transport Medium for Toxic Chemials in the Marine Environment" Environmental Science & Technology, Vol.35, Issue2, 318-324, 2001

※4-2:Andrew Wirnkor Verla, et al., "Microplastic-toxic chemical interaction: a review study on quantified levels, mechanism and implication" SN Applied Science, 1, 1400, 15, October, 2019

※5-1:Matthew Cole, et al., "The Impact of Polystyrene Microplastics on Feeding, Function and Fecundity in the Marine Copepod Calanus helgolandicus." Environmental Science & Technology, Vol.49(2), 1130-1137, 2015

※5-2:N M. Hall, et al., "Microplastic ingestion by scleractinian corals." Marine Biology, Vol.162, Issue3, 725-732, 2015

※6-1:Giulia Rossi, et al., "Polystyrene Nanoparticles Perturb Lipid Membranes." The Journal of Physical Chemistry Letters, Vol.5(1), 241-246, 2014

※6-2:Amy Lusher, "Microplastics in the Marine Environment: Distribution, Interactions and Effects." Marine Anthropogenic Litter, 245-307, 2015

※6-3:Kinga Kik, et al., "Polystyrene nanoparticles: Sources, occurrence in the environment, distribution in tissues, accumulation and toxicity to various organisms" Environmental Pollution, Vol.262, 2, March, 2020

※7:Heather A. Leslie, et al., "Discovery and quantification of plastic particle pollution in human blood" Environment International, Vol.163, 19, 2022

※8:A Dick Vethaak, Heather A. Leslie, " Environmental Science & Technology, Vol.50, Issue13, 6825-6826, 22, June, 2016

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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