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新型コロナのリスクを下げるための「鼻洗浄」:医師に聞くその方法と効果

石田雅彦サイエンスライター、編集者
(写真:PantherMedia/イメージマート)

 新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)は、接触感染とともに飛沫やエアロゾルなど空気中のウイルスを呼吸で吸い込むことにより感染することも指摘されている。呼吸の入り口は鼻と口だが、鼻洗浄、いわゆる「鼻うがい」が感染リスクを下げるために効果的という指摘が出ている(この記事は2021/09/03時点の情報をもとに書いています)。

ウイルスは口や鼻から侵入する

 新型コロナが感染するためには、我々の細胞上にあるACE2という受容体を足がかりにし、細胞上にあるTMPRSS2という酵素でウイルスのS(スパイク)タンパク質が切断されることが必要だ。パンデミックの当初から新型コロナの初期症状や後遺症の一つとして嗅覚異常があるが、ウイルスはACE2とTMPRSS2が両方とも発現している鼻腔などの呼吸器の表面の細胞(上皮細胞)から侵入し、増殖する場合があることがわかっている(※1)。

 ところで、ウイルス性の風邪(Upper Respiratory Tract Infections、URTIs)では生理食塩水による鼻洗浄での治療に一定の効果があり(※2)、副鼻腔炎やエビデンスの質は低いもののアレルギー性鼻炎の症状緩和にも生理食塩水による鼻洗浄の効果はあるようだ(※3)。こうした鼻洗浄は、不快感や鼻血など以外に有害事象がほとんどなく、リスクより効果のほうが期待される治療法とされている。

 一方、新型コロナでは、鼻腔や肺などで増殖したウイルスが、呼吸や発話、咳、くしゃみなどで排出され、感染を広げるリスクが指摘されている(※4)。最近、新型コロナの「空気感染」が話題になったが、こうした排出されたウイルス単体やウイルスを含む微小粒子は容易には落下せず長い間、空中を漂う。密を避けるのはもちろん、換気の重要性はここにある。

 では、鼻洗浄のように、鼻腔から入ってきたウイルスが細胞へ侵入する前に洗い流したり、洗い流すことによってウイルスの量を減らし、感染を予防したり感染拡大を軽減することは可能だろうか。これについてはパンデミックの初期から効果があるのでは、という論考が多く出されてきた(※5)。

鼻洗浄は感染や入院、重症化のリスクを下げる

 日本でも同じように新型コロナの感染予防や感染防止のため、鼻洗浄をすることを提唱している医師がいる。福岡県福岡市で新型コロナの後遺症外来の治療もする「みらいクリニック」を開業する今井一彰氏だ。今井氏に鼻洗浄の効果について話を聞いた。

──鼻洗浄にはどのような効果があるのでしょうか。

今井「まだプレプリントですが、最近、米国のジョージア州の医師らが出した論文(※6)では、PCR陽性になった参加者79人に14日間、10%のポピドンヨードか重曹(重炭酸ナトリウム)を加えた生理食塩水で1日2回、鼻洗浄してもらい、していなかった群と比べています。その結果、全国のPCR陽性患者より鼻洗浄した参加者のほうが約1/8、入院するリスクが下がったとしています」

──鼻洗浄でかなり効果があったと考えられますか。

今井「観察期間中、死亡された方もゼロだったそうです。先行研究でも明らかですが、生理食塩水やポビドンヨードで鼻洗浄することにより、新型コロナに感染したり重症化したりするリスクを下げることが期待できると思います」

──鼻洗浄はどのようにしたらいいのでしょうか。

今井「この論文では10%のポビドンヨードを使っていますが、入手しやすい濃度7%のうがい液の場合、3ml程度を200mlの生理食塩水に混ぜ、それで1日1回から2回、鼻洗浄するのがいいと思います。つまり、ポビドンヨードは0.1%の濃度で十分なのです」

──新型コロナの感染拡大を防ぐことにも効果があるのでしょうか。

今井「ワクチンを接種しても感染した場合には、鼻腔の中にかなりの量のウイルスが存在することも知られています。接種済みを含めて多くの方が鼻洗浄をすることで、排出するウイルス量が減り、その結果、感染が広がることを防ぐことになると思います。この論文のように入院を防ぐことができれば、医療インフラを守ることにもつながります」

──患者にも効果がありそうですか。

今井「現在、新型コロナにおびえている方、新型コロナにかかって自宅療養されている患者さんがたくさんいます。自宅療養者にポビドンヨードや界面活性剤が入ったマウスウォッシュ、鼻洗浄のキットを配ることを検討してもらえたらと思います」

 ただ、鼻洗浄で気をつけたいこともある。水道水や井戸水など完全に減菌や濾過されていない水を使った場合、細菌やアメーバなどによる感染症にかかる危険性がある。洗浄器具自体からウイルスが感染することを防ぐため、こまめに清掃するなどきちんと減菌しておくことが必要だ。また、鼻洗浄やうがいでウイルスが減少することにより、PCR検査の感度に影響を与えるリスクもあるので注意したい。

今井一彰(いまい・かずあき)

みらいクリニック院長、東洋医学会認定漢方専門医、NPO法人日本病巣疾患研究会副理事長。2021年2月からコロナ後遺症外来を設立し、診療に当たっている。近著に『世界一簡単な驚きの健康法マウステーピング』(幻冬舎)。

※1-1:Waradon Sungnak, et al., "SARS-CoV-2 entry factors are highly expressed in nasal epitlial cells together with innate immune genes" nature medicine, Vol.26, 681-687, April, 23, 2020

※1-2:Jane Y. Tong, et al., "The Prevalence of Olfactory and Gustatory Dysfunction in COVID-19 Patients: A Systematic Review and Meta-analysis" Otolaryngology-Head and Neck Surgery, doi.org/10.1177/0194599820926473, May, 5, 2020

※1-3:W. Joost Wiersing, et al., "Pathophysiology, Transmission, Diagnosis, and Treatment of Coronavirus Disease 2019(COVID-19)" JAMA, Vol.324(8). 782-793, July, 10, 2020

※2:Sandeep Ramalingam, et al., "A pilot, open labelled, randomised controlled trial of hypertonic saline nasal irrigation and gargling for the common cold" Scientific Reports, Vol.9, 1015, 2019

※3-1:Richard M. Rosenfeld, et al., "Clinical Practice Guideline (Update): Adult Sinusitis Executive Summary" Otolaryngology-Head and Neck Surgery, doi.org/10.1177/0194599815574247, 2015

※3-2:Karen Head, et al., "Saline irrigation for allergic rhinitis" Cochrane Library, doi.org/10.1002/14651858.CD012597.pub2, 2018

※4-1:Isabelle Gengler, et al., "Sinonasal Pathophysiology of SARS-CoV-2 and COVID-19: A Systematic review of the current evidence" Laryngoscope Investigative Otolaryngology, Vol.5, Issue3, 354-359, April, 10, 2020

※4-2:Oreste Gallo, et al., "The central role of the nasal microenvironment in the transmission, modulation, and clinical progression of SARS-CoV-2 infection" MucosalImmunology, Vol.14, 305-316, November, 26, 2020

※5-1:Sheetu Singh, et al., "Nasopharyngeal wash in preventing and treating upper respiratory tract infections: Could it prevent COVID-19?" Lung India, Vol.37(3), 246-251, May, 4, 2020

※5-2:Nyssa F. Farrell, et al., "Benefits and Safety of Nasal Saline Irrigations in a Pandemic − Washing COVID-19 Away" JAMA Otolaryngology-Head and Neck Surgery, Vol.146(9), 787-788, July, 23, 2020

※5-3:Manuele Casale, et al., "Could nasal irrigation and oral rinse reduce the risk for COVID-19 infection?" International Journal of Immunopathology and Pharmacology, doi.org/10.1177/2058738420941757, August, 15, 2020

※5-4:Thomas Radulesco, et al., "Safety and Impact of Nasal Lavages During Viral Infections Such as SARS-CoV-2" Ear, Nose & Throat Journal, Vol.100, Issue2, August, 27, 2020

※5-5:Suzy Huijghebaert, et al., "Essentials in saline pharmacology for nasal or respiratory hygiene in times of COVID-19" European Journal of Clinical Pharmacology, Vol.77, 1275-1293, March, 27, 2021

※5-6:Franz Tatzber, et al., "Coating with Hypertonic Saline Improves Virus Protection of Filtering Facepiece Manyfold—Benefit of Salt Impregnation in Times of Pandemic" Environmental Research and Public Health, Vol.18(14), doi.org/10.3390/ijerph18147406, July, 11, 2021

※6:Amy L. Baxter, et al., "Rapid initiation of nasal saline irrigation to reduce morbidity and mortality in COVID-19+ outpatients: a randomized clinical trial compared to a national dataset" medRxiv, doi.org/10.1101/2021.08.16.21262044, August, 25, 2021

サイエンスライター、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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