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新型コロナと「気温の上昇」との関係は

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、以下、新型コロナ感染症)の感染は、依然として収束の目処が立たない。新型コロナのウイルスは、気温や湿度、季節の影響を受けることが明らかになりつつある。日本での感染と今の季節との関係を考えてみた(この記事の内容は2021/04/20までの情報に基づいて書いています)。

呼吸器感染症は季節性を持つ

 新型コロナ感染症の感染拡大は、世界的にみると2021年1月に新規感染者数がこれまでのピークとなり、2月から4月にかけて第2波の大きな波になりつつある。日本も世界の感染者数の増減と同じ傾向を示し、このことから1月に発出された日本の緊急事態宣言が果たして奏功したのかどうか検証が必要だろう。

世界の新型コロナの新規感染者数の増減と日本のそれの比較。世界的にも2020年秋ごろから2021年1月にかけて増えているが日本でも同じだった。日本では2021年1月から3月にかけて2回目の緊急事態宣言が発出されていた。英国Global Change Data Labの「Our World in Data」より
世界の新型コロナの新規感染者数の増減と日本のそれの比較。世界的にも2020年秋ごろから2021年1月にかけて増えているが日本でも同じだった。日本では2021年1月から3月にかけて2回目の緊急事態宣言が発出されていた。英国Global Change Data Labの「Our World in Data」より

 ところで、4月第4週に入ってから日本列島は全国的に晴天が続き、夏日になる地域も出てきている。一般的に呼吸器感染症は、寒く乾燥した冬期に感染が広がる傾向にあり、例えばインフルエンザウイルスの場合、寒冷で乾燥した環境で増殖する(※1)。

 新型コロナウイルスと同じコロナウイルスであるSARS(サーズ、重症急性呼吸器症候群)ウイルスもMERS(マーズ、中東呼吸器症候群)ウイルスも感染に適した気温や湿度がある(※2)。

 2003年に流行したSARSのウイルスは、プラスチックなど表面のつるつるした物質上で22から25、40%から50%の湿度(相対湿度=実際の水蒸気量/空気中に存在できる最大の水蒸気量)の環境で5日以上、存在できた。だが、気温と湿度の上昇とともにSARSのウイルスが減ることがわかっている(※3)。

 2012年に流行したMERSのウイルスは、20、湿度40%のプラスチックの表面で60時間を超えて存在したが、高温高湿に弱く、30、湿度80%で24時間経つと消滅した(※4)。一方、砂漠地帯で龍羽こうしたMERSの場合、45でもウイルス症状が続いたという報告もある(※5)。

気温と湿度が高くなるとどうなるか

 では、新型コロナのウイルスはどうなのだろうか。上のグラフをみる限り、気温と感染状況に何か関係があるとは思えない。

 パンデミック初期には、新型コロナのウイルスには気温や湿度、季節性はないという研究が散見された。例えば、上海の復旦大学の研究グループが全国224都市の気温と湿度を調べたところ、新型コロナ感染症の感染との関係はみられず、日照時間が長くなることによる紫外線量の増加とも関係しなかったという(※6)。

 だが、新型コロナが世界へ広がるにつれ、各国から気温・湿度と感染との間に関係があるという研究が出され始める。

 米国のハーバード公衆衛生大学院の研究グループが、2020年5月に米国の科学雑誌『Science』で発表した論考は、新型コロナ感染症の感染拡大とその対策を季節や気温・湿度、そして免疫獲得など多角的に分析している(※7)。

 この中で同研究グループは、新型コロナウイルスは季節を問わず増殖できる可能性があるが、風邪症状を引き起こす他のコロナウイルスの例から、夏に感染が収まっても冬季に再発した際にはより大きな感染爆発を引き起こす危険性があると警告している。これは冒頭で示した世界と日本の新規感染者数にも合致する見解だ。

 中国、北京大学の公衆衛生部門の研究グループが2020年8月に出した論文(※8)によれば、独立した複数の変数を加味して説明できる精度の高い手法である一般化加法モデル(Generalized Additive Models、GAM)を使い、中国を除く166カ国の気象条件と新規感染者数、新規死者数との関係を調べてみた。

 すると、気温と相対湿度の両方が新規感染者数、新規死者数と負の関係、つまり気温と相対湿度が上がると感染者や死者が減ることがわかったという。同研究グループによると、気温が1上昇すると新規感染者数が3.08%、新規死者数が1.19%減少し、相対湿度が1%上昇すると新規感染者数が0.85%、新規死者数が0.51%減るのだという。

 同じ北京大学公衆衛生部門の研究グループが2021年3月に出した論文(※9)では、一般化加法モデル(GAM)と時系列の季節変動を分析する分布ラグモデルという統計予測の手法を組み合わせて用い、世界の2020年の気象条件と世界188カ国の新型コロナの症例数の関係を調べている。それによると、気温21.07、相対湿度66.83%よりも低い場合、気温、相対湿度、風速が高いほど新規感染者数が減少する傾向にあることがわかったという。

 この研究の新規性は風速が強いほど、新規感染者数が減ることが示唆された点だろう。飛沫(エアロゾル)感染防止のため、室内換気の重要性はよく指摘されるところだが、空気中に残存するウイルスと風速には何か関係があるのかもしれない。

やはり基本的な感染防止対策を

 このように、気温と湿度が高いほど新型コロナのウイルスによる感染が減衰するという研究は、最近になって多く出されている(※10)。新型コロナのウイルスは気温が上がるほど、その構造が不安定になるようだ(※11)。

 だが、気象は複雑系であり、使うべき変数が多過ぎ、感染症という人の行動に強く影響される事象との関係を簡単には明確化できないことにも注意が必要だ(※12)。つまり、気象と感染の関係は、政治経済的に恣意的に利用される危険性がある。

 また、前述した中国、北京大学の研究は、気温や湿度と新型コロナの感染状況との間には「関係はない」ことを証明しようとして、それが否定された帰無仮説に基づくものだ。ようするに、関係はないことは否定されたが、関係があることは証明されたわけではない。

 カナダのトロント大学などの研究グループが世界144地域の新型コロナの症例と気温・湿度の地理と季節要因、そして学校閉鎖、大規模集会の規制、ソーシャル・ディスタンシングの確保といった公衆衛生的な対策の関係を分析した論文(※13)によれば、緯度や気温と感染拡大にほとんど関係はなく、湿度に弱い逆相関が観察されたという。

 だが、公衆衛生的な対策には、感染拡大を抑えるという強い関係がみられた。例えば、感染拡大を抑える効果として大規模集会の規制35%減、学校閉鎖37%減、ソーシャル・ディスタンシング38%減であり、対策を組み合わせるほど効果が高いことがわかったという。

 気温が下がれば我々の免疫機能は減衰し、乾燥すれば喉などの粘膜のウイルスや細菌の除去機能も下がる(※14)。今の日本は気温は上昇しつつあるが、相対湿度はそれほど高くはない(4月の平均気温14.0、平均相対湿度68%)。

 北半球はこれから気温が上昇するが、新型コロナのウイルスは気温や湿度が高くなっても感染力が弱まらない危険性もある。気温が高くなっていくこれからも、手指衛生とマスク装着、ソーシャル・ディスタンシング、3密回避などの用心を続けることが必要なのは確かだ。

※1:Kari Jaakkola, et al., "Decline in temperature and humidity increases the occurrence of influenza in cold climate." Environmental Health, Vol.13: 22, 2014

※2:Lisa M. Casanova, et al., "Effects of Air Temperature and Relative Humidity on Coronavirus Survival on Surfaces." Applied and Environmental Microbiology, Vol.76, No.9, DOI: 10.1128/AEM.02291-09, 2010

※3:K H. Chan, et al., "The Effects of Temperature and Relative Humidity on the Viability of the SARS Coronavirus." Advances in Virology, doi:10.1155/2011/734690, 2011

※4:N van Doremalen, et al., "Stability of Middle East respiratory syndrome coronavirus(MERS-CoV) under different environmental conditions." Eurosurveillance, Vol.18, Issue38, 2013

※5:Abeer N. Alshukairi, et al., "High Prevalence of MERS-CoV Infection in Camel Workers in Sauidi Arabia." mBio, DOI: 10.1128/mBio.01985-18, 2018

※6:Ye Yao, et al., "No association of COVID-19 transmission with temperature or UV radiation in Chinese cities." EUROPEAN RESPIRATORY journal, Vol.55(5), 2000517, May, 7, 2020

※7:Stephen M. Kissler, et al., "Projecting the transmission dynamics of SARS-CoV-2 through the postpandemic period." Science, Vol.368, Issue6493, 860-868, May, 22, 2020

※8:Yu Wu, et al., "Effects of temperature and humidity on the daily new cases and new deaths of COVID-19 in 166 countries" Science of The Total Environment, Vol.729, 10, August, 2020

※9:Jie Yuan, et al., "Association between meteorological factors and daily new cases of COVID-19 in 188 countries: A time series analysis" Science of The Total Environment, Vol.780, 23, March, 2021

※10-1:Alessio Notari, "Temperature dependence of COVID-19 transmission" Science of The Total Environment, Vol.763, 13. December, 2020

※10-2:Eitan E. Asher, et al., "Optimal COVID-19 infection spread under low temperature, dry air, and low UV radiation" New Journal of Physics, Vol.23, March, 2021

※11:A. Sharma, et al., "Structural stability of SARS-CoV-2 virus like particles degrades with temperature" Biochemical and Biophysical Research Communications, Vol.534, 343-346, 28, November, 2020

※12:Gaige Hunter Kerr, et al., "Association between meteorology and COVID-19 in early studies: Inconsistencies, uncertainties, and recommendations" Our Health, Vol.12, 9. February, 2021

※13:Peter Juni, et al., "Impact of Climate and Public Health Interventions on the COVID-19 Pandemic: A Prospective Cohort Study." CMAJ, Vol.192(21), E566-E573, doi.org/10.1503/cmaj.200920, May 25, 2020

※14:Eriko Kudo, et al., "Low ambient humidity impairs barrier function and innate resistance against influenza infection." PNAS, Vol.116, No.22, 10905-10910, 2019

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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